第二十話 第九階層
第九階層。
ここからは難易度がワンランク上がる。
九階層へ上がってすぐの野営部屋。
そこで休息していた夜、襲撃を受けた。
現れた魔物はリッチ、ヒュージスライム、レッサーデーモン、オルトロス。
問題の無い相手なので迎撃する。
私のやることは明確だ。
みんなが戦っている後ろで、リッチを見据える。
リッチは他三体の敵の奥で呪文を詠唱していた。
おそらくは闇魔法。
その詠唱が完成しそうになり、リッチが杖を振り上げて今にも魔法を使おうとした瞬間──
「【道具使用】」
リッチに対して〈聖水〉を使った。
その聖なる力を浴び、リッチが怯む。
アンデッドに対して〈聖水〉を使うと僅かにダメージを与え、更に大抵の場合はその相手を怯ませることができる。
リッチのような魔法系のアンデッドなら、魔法を発動する前に使うことで、その動作を中断させることができる。
魔法という力は繊細だ。そういった中断は、魔法の失敗や、威力の減衰に繋がる。
怯んだリッチは頭を振り、後方に下がって再度呪文の詠唱を始めた。
僅かに時間を稼げた。次はスライムだ。
ヒュージスライムには〈スライム殺し〉というそのまんまの名前の粉末を使用する。
「【道具使用】」
この粉は、振りかけるだけで対象の水分を奪い、発熱する。
残念ながら、この階層に現れるヒュージスライムスライムのような強力な個体を倒し切るほどの性能はない。
だが、それでも費用対効果で言えばかなり有用だ。
与えられるダメージ自体も有用だが……それ以上に、床に撒くことでヒュージスライムの移動を制限したり、誘導したりできる。それほどヒュージスライムはこの粉を嫌がる。
今も、レオンの側面へ回り込もうとしていたヒュージスライムが、私がスライム殺しを使用した場所に僅かに体が触れた瞬間、方向転換していた。
その動きで、敵の連携は崩れる。
引き換えしたヒュージスライムにオルトロスが激突。そのままヒュージスライムの体に突っ込んでしまう。
試練獣を除いて、このダンジョンの敵は災厄の力の一部。だからダンジョンの魔物同士は別種族であっても互いを味方として認識する。だから、ヒュージスライムに体を突っ込んだオルトロスが、スライムの酸で溶かされることはない。
だが、出てくるまでの僅かな時間、身動きが取れなくなるのは確かだ。
同時に、体の内側にオルトロスが入り込んで重くなったヒュージスライムも、動きが鈍る。
その間、レッサーデーモンは事実上の単独状態だ。
ほんの僅かな時間。
されど、その僅かな時間が、このレベルの戦闘においては命取り。
「【盾突撃Ⅲ】」
「【剣嵐Ⅴ】!」
「【貫通射撃Ⅴ】」
畳み掛ける攻撃スキル。それによって、レッサーデーモンの命は刈り取られた。
そのタイミングで、ようやくリッチが再度魔法を完成させようとしていたが、それも問題ない。
リッチの頭蓋が、背後からのナイフに貫かれ、絶命する。
「……【不意打ちⅤ】を乗せた【死人に口なしⅤ】だ」
密偵の数少ない攻撃スキル。口封じ用の高火力スキルだ。短剣もしくは素手で使用可能。
密偵の他スキルの効果で宣言不要で使えるこのスキルを、ザシャは頻繁に使用している。……宣言しない上にポーカーフェイスだから分かりづらいが、使ったときは歩調の乱れからスタミナ消費を察することができる。
ちなみに、密偵の攻撃スキルの中ではこれが最も高火力であり……ザシャの戦闘面はこのスキルによる火力一芸特化性能となっている。
「氷巨人の惨打」
一方でレティが魔法名を唱えると、氷でできた巨大な腕が出現し、ヒュージスライムとオルトロスを打ち据えた。
ようやくスライムから這い出そうとしていたオルトロスも、その場から動けないでいたヒュージスライムも、一瞬にして凍りつき、そのまま粉々に砕け散る。
「【道具即時取り出し☆】【道具使用】【道具使用】」
下級マナポーションを二つ取り出し、連続使用。消費されたレティの魔力を回復させる。
今のはそこそこ大技のはずだ。
「ありがとうアルマ」
「いえいえーこれが仕事だからね。二本で大丈夫?」
「ええ、十分回復した」
みんな頷きあって、手早く戦闘跡を片付ける。
休息途中での襲撃だったが、とりあえず問題はなかった。
……まだまだ眠いな。まだ時間はあるから休ませてもらおう。
あ、もちろん倒した敵から素材は回収している。【道具認識拡張☆】【道具即時収納☆】とのコンボなら、触れるだけで収納できるから大変便利。有用な素材だけ確保すれば、後は焼却処分できる。
……ちなみに、このダンジョンは炎を使っても全く問題ない。どこかで換気でもしているのだろうか? それとも空気自体を作り出しているとか?
そんなどうでもいいことを考えつつ、再び私は目を閉じた。
※※※
第九階層の探索も順調だ。
だが、この階層からは本当に油断できなくなってくる。
主に敵の種類の多さがその原因だ。
この階層ではトロールとその上位種、高位の魔獣系、高位のスライム系、高位のアンデッド系、悪魔系など様々な敵が現れる。
それらに適切に対応しないと、ここを抜けるのは難しい。
……とはいえ、私も他のメンバーも慣れたものだ。
様々な敵との遭遇をうまく対処し、サンプル取得もクリア、第九階層の一日目を終えた。
今回の休息中もまた、途中襲撃で起こされたが、このあたりの階層では茶飯事。仕方ない仕方ない。
……こういう短く浅い眠りを強いられる状況こそ、〈妖精の揺り籠〉が大活躍する。
「〈妖精の揺り籠〉のお陰でかなり調子がいいな」
「でしょ? これの有る無しの差は大きいよ」
翌朝は、途中起こされたとは思えないすっきり感。
これを見つけられるようになってから、本当に深層探索が捗るようになったんだよねー。
そんなこんなで第九階層も順調に進んでいく。
ただやはり、第八階層よりはだいぶ大変だ。
少しずつアイテムの消費量も増えてきた。
もちろん、増えた消費量も想定の範囲内。これまで節約できていた分も含め、まだまだたっぷり余裕がある。
そんな余裕を残して、第九階層の試練獣。
ここで出てくるのはキマイラだ。
キマイラにはいろんな種類がいるけれど……ここで出てくるキマイラは竜と獅子の頭を持っているタイプだ。
竜頭の方のブレスが厄介だ。獅子頭も、その強靭な顎で噛みつかれれば人間など容易く命を落とす。
なので、今回は一気に倒す方針だ。こいつは時間を掛ける方が無駄に消耗する。
「【氷魔法高速行使Ⅴ】【氷魔法限界突破Ⅴ】《氷獄》!!!」
初手からレティの大技。
元来かなり魔力を練らなければ発動できない大魔法が、【氷魔法高速行使Ⅴ】によって瞬時に発動する。……かなり疲れる上に魔力消費も増大するらしいが、強力なスキルだ。
吹き荒れる、ゾッとするほど凶悪な冷気の嵐。
一気にキマイラの全身が凍りつく。
だが、この程度では倒せない。
氷の中の竜頭の口から、炎が吹き出し、周囲の氷を解かし始めた。
そのまま、自身があぶられるのにも構わず、拘束する氷を炎のブレスで解かす。
そう、炎がこちらではなく、自らの拘束解除に向けられる。
竜頭が隙だらけの状態と言っていい。
「【閃光矢Ⅴ】【貫通射撃Ⅴ】!」
竜頭に風穴が空いた。
アウラの放った光の矢が、焦った様子で体を解かす竜頭を穿ったのだ。
竜頭が絶叫を上げ……項垂れ、動かなくなる。
とはいえ、氷もだいぶ溶かされた。
獅子頭の正面のレオンとヴェイセルは油断なく氷塊を見据える。
ミシリ、という音と共に、氷にヒビが入る。
そして、轟音と共に氷は砕け散って、中からキマイラが飛び出した。
飛び出した勢いのままレオンを攻撃するが──
「【要塞盾Ⅴ】!」
想定通りの攻撃に怯むことはない。
「【剣嵐Ⅴ】」
「【貫通射撃Ⅴ】!」
「《氷槍》」
雨あられと攻撃を浴びせると、キマイラは怒りを露わにし、再び飛びかかろうとする。
その、飛びかかろうとする予備動作。体を屈めた瞬間だった。
その背に、ザシャが着地した。
ザシャはそのまま、獅子頭側の首にナイフを突き立てる。……同時に、私も【隠密道具使用Ⅴ】で〈サイレントビーの猛毒〉を使用した。
【不意打ちⅤ】と【死人に口なしⅤ】による強力な一撃が、キマイラの強靭な皮を突き破り、貫く。
このサイズの魔獣は、ナイフ一本サイズの攻撃では、首を貫いても即座に致命傷にはならない。そのまま血を流し続ければ死ぬかも知れないが、しばらくは戦闘続行可能だ。普通なら……ただのナイフの一撃なら、キマイラはこの後も暴れまわるだろう。
だが、今回はそうはならなかった。
キマイラは直前の予備動作の姿勢から、溜めた力を発揮すること無く、そのまま泡を吹いて倒れた。
後はトドメを刺して終わり。
このレベルの相手にも効果覿面とは、恐ろしい毒だ。
今後も有効活用しよう。……それと、ミスリル以上ならこのレベルの毒が入手できるっていうことには注意しないといけないかな。




