第十九話 第八階層
第八階層に上がってすぐの野営部屋。
そこでダンジョンの激励……試練獣を倒して手に入れたアイテムを改めて確認する。
〈賢霊のペンダント〉……ね。
「この魔道具、通常手段で使用する場合は治癒術士のジョブじゃないとダメみたい。アイテム士が使う分には【魔道具励起Ⅰ】で使用可能。Ⅱ以上を要求されるわけじゃないから私でも使えるよ」
「そりゃいいな。……効果はどうなんだ? 通常は治癒術士用ってことは、回復系の効果か?」
レオンがご機嫌で問いかけてくる。
現在はご飯中。……栄養とカロリーの摂取には〈栄養棒〉があるから、食料の一部に嗜好品も用意した。今はそれを食べている……というか、飲んでいる。
〈スープキューブ〉というお湯に入れるだけでスープができる優れモノなのだが……お気に召したようだ。そこそこお高いので今まで買ったことはなかったが……今ぐらい準備費用があるならありだろう。
ちなみに、これは『光輝の剣』時代にティーナが飲んでいるのを見て存在を知った。
……ちなみに、【道具使用】だとスープ一杯分の栄養を取れるだけになってしまうので、間違っても【道具使用】で使ってはいけない。
美味しいなぁ、こんな物がダンジョン内で飲めるなんて贅沢だ。
おっと、それはそれとしてレオンの質問に答えないと。
「うん、そうだね。効果対象をしばらくの間持続的に回復させる効果を持っているよ。ついでに、効果時間中は毒が回ったりするのを遅らせることができるみたい」
「ほう、いいな。効果量はどのぐらいだ?」
質問への私の回答は、ヴェイセルの興味も引いたらしい。
「残念ながら効果量はさほどじゃないかな。〈下級ライフポーション〉よりは回復するけど〈中級ライフポーション〉には及ばないぐらい」
「なるほど。だが、無いよりはずっといいな」
「うん、魔道具は使い得だからね」
リスキーな行動の多い『光輝の剣』ならともかく、『導の煌星』でならかなり有用だ。
少し傷を負っても、そこから連続で被弾して一気に追い詰められるなんてことはそうそうないだろう。だから、持続回復の価値が高い。
……本当は、安価なアイテムの連続使用による回復も、『光輝の剣』より『導の煌星』の方がバリューが高い。『光輝の剣』は高価なアイテムによる回復のほうが向いている。緊急性の高い場面が多いのだ。
にも関わらず、安価なアイテムで頑張っていたのは……単純に準備費用が足りなかったからに他ならない。
「明日からは『光輝の剣』が引き返す事になった第八階層の探索だ。その前に便利なアイテムが手に入って助かったな」
ヴェイセルの言葉に頷く。
使いこなすには少し時間がかかるかも知れないが、ありがたいことには違いない。
……それにしても、第八階層。今回『光輝の剣』が引き返す事になった階層か。
ここまでダンジョンには特に異常がなかった。
第八階層にもなにもないといいけれど、果たしてどうだろう?
※※※
第八階層の探索も順調だった。
宝珠でのサンプル取得も問題なし。取得後の宝珠も特に変化はなかった。
そういうわけで第八階層中程の野営部屋。
トロール達との戦闘で疲れたので、みんなに〈妖精の揺り籠〉を使う。
「今日はそこそこ〈下級スタミナポーション〉を使ったな」
「疲れは身体能力と判断力を低下させる。スタミナ管理は重要だ。助かったよアルマ」
「これが私の仕事だからね。第八階層ともなると、流石にそれなりに時間の掛かる戦闘も増えるし、スタミナポーションを使うのは仕方ないこと。むしろどこかの誰か達に比べれば、かなり少ない消費に抑えられているよ」
「トロールはタフですからね。再生能力も厄介ですし、簡単には倒れてくれません」
アウラが言うように、トロールを倒すのは中々難しい。
そもそも皮膚が硬く、筋肉も強靭、骨も強固。ダメージを中々通せない。そこに驚異的な再生能力が合わさる。
トロールは第七階層から出現し始めるが、このあたりでつまずく冒険者は非情に多い。
ちなみに、『導の煌星』のメンバーなら、スキルを惜しみなく使えば瞬殺できる。
だが、スキルを惜しみなく使うというのはそれだけ疲れを溜めることになる。少しばかり戦闘に時間がかかったとしても、スキルの使用回数を絞ったほうが後々楽になる。
戦闘ジョブの攻撃系スキルは、肉体に大きな負荷を掛けるものか、大量の魔力を消費するものかのいずれかの場合が多い。
魔力消費を回復するのは当然マナポーション。そして、肉体に掛かった負荷の解消につかうのがスタミナポーション。……ちなみに、よほど負荷がかかりすぎて、肉体に目に見えるダメージが加わっているような場合はライフポーションも必要。
今のスタミナポーションの消費速度は許容範囲内。というかかなり余裕がある。このぐらいなら全く問題ない。
「アイテムの消費ペースが問題ないなら、明日もこの調子で行こう」
ヴェイセルの言葉に頷く。
明日は第八階層のボス戦だ。
……あちらの調子が悪かったのかも知れないが、ここを超えれば直近の『光輝の剣』の記録を超えることになる。……少しばかり、面白い気分になった。
※※※
第八階層の試練獣はトロールチャンピオン。
他のトロールと比較しても三割ほど大きい。しかもパワーが圧倒的。なおかつ、そのトロールチャンピオンのサイズに見合った大剣を持っており、その大剣の扱いも一角の戦士のそれ。
多くの挑戦者が苦戦する相手だ。
とはいえ、相手は一体。手はいくらでもある。
仲間がいないということは、助けてくれるものがいないということ。
眼の前のことに集中してしまえば、他が疎かになる。そして、それを誰もカバーしてくれない。
トロールチャンピオンは確かに強いが、『導の煌星』にとってはむしろ楽な相手だろう。
まずは、レオンだ。
トロールチャンピオンの大剣の攻撃は、仮に防御しきってもその圧倒的な質量による衝撃を受ける。体の内側にじわじわとダメージが溜まっていってしまう。
だから、使い所だ。
「【魔道具励起Ⅰ】!」
「お? 助かるぜアルマ!」
賢霊のペンダントの効果を受けたことに気付いたレオンが、礼を言いながら大剣の攻撃を防ぐ。
何度も何度も防ぐ。
そして、相手の攻撃が連打するうちに雑になったことを見抜いて……その大剣を大きく弾いた。
轟音が響く。
剣が弾かれ体勢が泳いだトロールチャンピオン。その隙を逃さず、ヴェイセルが踏み込んだ。
「【剣嵐Ⅴ】!」
攻撃スキルによる連撃は……トロールチャンピオンの大剣を持つ腕を細切れにした。
大剣がトロールチャンピオンの手からこぼれ落ちる。
だが、すぐにトロールチャンピオンの手は再生し、そのままヴェイセルに殴りかかった。
バックステップで問題なく回避するヴェイセルが。そして直後、トロールの片目に矢が飛んだ。
「オオオオオオオオ!!!!」
矢が突き刺さったトロールが叫ぶ。暴れまわる。
だが、技のないただ暴れまわるだけの攻撃は、レオンに簡単に凌がれた。
「《氷の神枷》!」
ボス部屋に入ってから、大量の魔力を操作していたレティの魔法が発動する。
かなり高位の氷属性拘束魔法だ。
鎖のような、縄のような氷が発生し、トロールチャンピオンの体を拘束した。
ここだ!
私は手元に準備しておいたアイテムを使う。
今回は敵に悟られないように、【隠密道具使用Ⅴ】による無言無気配での発動だ。みんなにはこれをやることは相談済み。
この攻撃チャンス、彼はそこにいるはずだ!
……そして、その通りだった。
いると確信して見ていなければ、気付くことが不可能なほど気配の薄いザシャ。彼が短剣を構え、トロールチャンピオンの首めがけて飛び掛かっている。
その手に持ったナイフを対象に、アイテムを使用した。
飛び掛かったザシャは一切気付かれることなく、そのナイフをトロールチャンピオンの首に突き刺した。
トロールチャンピオンの体が動きを止め、崩れ落ちる。
そして、崩れ落ちるトロールチャンピオンの首筋から、ザシャが飛び退いた。
「ほぉ、効果覿面だな」
トロールは首にナイフを刺したぐらいでは死なない。それどころか、このように倒れることすら普通はない。
トロールが倒れたのは、私の使ったアイテムの効果だ。
「〈サイレントビーの猛毒〉……想像以上の性能だな」
「私も今回初使用だったから、うまくいってよかったよ」
「アイテムを使用してから僅かな時間、極めて強力な効果を発揮する麻痺毒になるのでしたっけ?」
「うん。アイテム士以外が使う場合は、二つの薬品をその場で混合して、混合した薬をナイフに塗ったりする。この混合した薬品は空気中だとすぐに変性して無毒化ちゃうんだけど……無毒化前に生き物の体内に入ると、トロールすらも麻痺させることができるの。ご覧の通りにね」
サイレントビーという蜂型モンスターは、この毒のもとになる薬品を体内で分泌し、針を刺した相手の体内で混合されるようにしているらしい。
「……こんな危険な薬、普通に買えるのか?」
「ミスリル以上の冒険者には普通に売ってくれるよ」
「……アンガスでも買えるってことか、怖いな」
ヴェイセルの言葉に、私も少し不安になった。
〈サイレントビーの猛毒〉は正直使い勝手が悪いが……他にも厄介な毒はたくさんある。
それを使ってアンガスが妙なことをしないとも限らない。
「ま、今考えても仕方ないか。とりあえず、麻痺しているうちに試練獣にトドメを刺して、第九階層へ進もう」
リーダーがそう言って、剣を振りかぶった。
そうして、『光輝の剣』が引き返す事になった第八階層を、私達は何の問題もなく攻略した。




