第十三話 光輝を陰らす不和
【アンガス視点】
意気揚々と踏み込んだダンジョン。
軽くゴブリン達を蹴散らしながら進んでいた俺達だったが、最初から水を差される事となった。
「アンガス、そんなにスキルを連発して、スタミナを無駄遣いしてまでハイペースで進む必要無いんじゃないか?」
「はぁ……クラウス、お前は知らないだろうが、これが俺達のやり方なんだ。後から入ってきたお前が、俺達のやり方に慣れるのが筋だろう?」
「……そうか」
せっかく雑魚を蹴散らして気分が良かったところに、俺達のやり方を知らない新参者が口を挟んで来たことで、気分が悪くなった。
早いところ進んで、憂さ晴らしに魔物を殺したいものだ。
俺の願いを天が聞き届けたのか、すぐにゴブリン達を見つけ、再び蹂躙した。
クラウスが何か言いたげな様子だったが、飲み込んだらしい。
そう、それでいい。俺に文句を言う口は不要だ。
攻撃スキルをぶっ放して、ゴブリン達を殺し、先へ進む。
そうして初日で一気に二階層を駆け抜け、三階層へ到着したところで野営した。
これがいつもの俺達のペースだ。
……いつものペースなのだが、妙に体がダルい。
「……かなりきついな。本当に毎回このペースだったのか? 慣れているはずの他メンバーもきつそうだが?」
「ああ、間違いなくこのペースだった。少なくとも、オリハルコン級到達以降でこのペースを乱したこと無い」
「……そうか」
疑いの眼差しを向けてくるクラウスに、俺は強く断言した。
ふー、この程度のことで苛立つな、俺。俺は寛容な人間だ。
「明日も明後日もこのペースを維持するからな」
「……わかったよ」
不満な様子のクラウスだが、ひとまず俺に従うことにしたらしい。
それならいい。許してやろう。
冒険者がよく休憩に使う小部屋に入り、ティーナに魔物感知用の魔法を張らせ、俺達は眠った。
……この日もクラウスの態度に気分が悪くなった。
だが、本当に最悪だったのは翌日からだ。
「おい! ペース上げろ! いつもよりだいぶ時間掛かってるじゃねぇかよ!」
「そういうおめぇもいつもよりペースが遅ぇじゃねぇかよ」
「うるせぇぞヒューゴー! 人のこと気にしてる余裕があるならティーナを担いで歩け!」
俺達のペースは目に見えて落ちていた。
こんなことは今までなかったというのに……どういうことだ?
クラウスからの視線には、昨日より更に強い疑念の色が浮かんでいる。
ペースが落ちているのは疲労が原因だ。
明らかに普段よりも疲れている。それも異常な程に。
しかも、信じられないほど腹が減る。食事のときも、想定よりかなり多めに食べてしまっていた。
このままでは予定通りの探索ができないとわかっていたが、それでも食べずにいられなかった。
そして結局、二日目は四階層の途中まで、三日目が終わる頃にようやく六階層に到着するという体たらく。
「やはり無茶をした結果、余計に遅くなったんじゃないか?」
「無茶はしてねぇよ、いつだってこうだったんだ。今回がおかしいんだよ」
「そうか……」
クラウスとヒューゴーが苛立たしいやり取りをしている。
敵を蹴散らすのは簡単だ。スキルを使えば瞬殺できる。
だが、そのスキルを使うのが段々億劫になってきていた。
「ともかく、調子が悪いことも考慮して進むぞ」
腹立たしいが、これ以上「想定より低い結果」になるのは耐え難い。
だから、業腹ではあるが、普段のペースを忘れ、余裕を持ったペースで動くことに決めた。
……だが、その余裕を持ったペースでの行動すら上手く行かなかった。
たかだか六階層の時点で既に、用意していたスタミナポーションを飲み尽くした。今でも遅いのに、ここからペースは落ちる一方だろう。
……余裕を持たせるためにペースを落としたのに、疲労は回復するどころか貯まる一方。疲れ具合がおかしい。なぜこんなに疲れる? あれだけスタミナポーションも飲んでも気休めにしかならないのはどういうことだ?
四日目でなんとか七階層に辿り着いたが、五日目の間に八階層に到着することはできなかった。八階層にたどり着いたのは六日目も終わる頃。……そして、七日目の途中でそれは起こった。
「ティーナ、なにこれ? あんた私達にこんなの食えっていうの?」
「ご、ごめん……」
「ごめんじゃなくてさ、ちゃんと説明してくれる?」
俺達のパーティは、以前から自分の食料は自分で用意する決まりだ。
そのうえで、食料が足りなくなったときのために、かつてはアルマ、今はティーナに予備の食料を準備させていた。
……確か元々はヘレナが自分の食べるものは自分で用意すると言って、他メンバーも同調したのが始まりだったはずだ。みんな、アルマが準備するものを信用していなかった。
今回もそのように、俺達はそれぞれ自分の食料を用意していた。
だが、妙に腹が減りやすかったせいで、俺達は用意していた食事をすぐに消費してしまったのだ。
そのため、ティーナに用意させていた予備の食事に手を付けたのだが……これが、信じられないほど不味かった。
まぁ、〈栄養棒〉よりはマシだろう。貧民なら美味いといって食うかも知れない。
だが、オリハルコン級冒険者である俺達にとっては、口にいれるのを躊躇うような不味い保存食だった。
ヘレナに詰められているティーナは、ただただ謝るだけ。
言い訳も説明もしない。
まともに会話もせずに、ただ謝ってやり過ごそうとは、愚か者め。
「ティーナ、失敗した原因をちゃんと話せ。でないと今後どうすれば良いのかわからないだろ?」
「ぁぅ……ぅ」
「ほら、早く言えよ」
「……その、味見せずに買っちゃって……いつも予備の保存食にまで手を付けること無いし。……だから、保存期間が十分なもので、なおかつ安すぎないものを買ったの」
「なにそれ、つまりティーナが仕事サボったってことじゃん。ね、アンガス、こいつも捨てない?」
「ああそうだな……下手したらアルマよりも使えないかもな」
「ひっ! ごめんなさい! ごめんなさい! 許してください! 捨てないでください!」
「……次はないぞ?」
ヘレナの言う通りだな。こいつがこんなに仕事をサボるようなやつだったとは。今まで優しくしすぎたか?
今回の俺の対応も甘いかもしれんな。……なめた態度でいるようなら、地上で改めて教育したほうがいいやもしれん。
それにしても、本当にろくな保存食じゃなかった。
今はまだマシだが、もしこれがダンジョンの十三階層だったらどうなっていたことか。
第十三階層は俺達にとっても初めての階層だ。下手すると、初見の罠などですぐには脱出できないというような状況に陥っていたかも知れない。もしそうなっていれば、仕方なくこの保存食を食べることになった可能性もある。
そのとき、こんなまともに喉を通らないような不味い食事を出されたら……下手するとそれ以降まともに動けなくなっていたかも知れない。……本当に、どれだけ空腹でも、こんなに不味いと吐き出してしまうだろう。
……クラウスだけは保存食を口にしていたが、信じられない。よほど馬鹿舌なのだろう。
「チッ……業腹だが、今回はここで撤退する。ティーナ、お前のせいだ。地上に帰ったら覚悟していろよ」
「……はい」
「俺にはティーナ以外にも問題があるように思えたが?」
「クラウス。……お前との問答も地上に戻ってからだ。今はお前と話す気力も起きん」
そう言って食事もまともに取れずに出発。
その後、八階層から七階層に上がる手前で、トロール五体に遭遇した。
「クソが! おい、お前ら! トロール風情になに手こずってやがる!」
「まともにご飯も食べれてないから仕方ないでしょ! ティーナ! あんたの責任なんだから吹き飛ばしなさい!」
言われたティーナは魔法を発動しようとしたようだが……そのままふらつき、倒れかけてしまった。
慌ててクラウスが体を支える。
何やってるんだ、あの無能女!
「【螺旋槍Ⅴ】!」
カルロの一撃がトロールの頭蓋を捉えた。カルロはまだスキルが使えたか、素晴らしいスタミナだ。やはり頼れるのはあいつだな。
トロールは再生力が厄介な魔物だが、流石に頭を砕けば死ぬ。
これで残り四体だ。
「チッ……アンガス、残り四体、倒せはするだろうが……体力を無駄にするべきじゃねぇんじゃねぇか?」
「俺もヒューゴーと同意見だ。ティーナもあの調子だからな。スタミナを温存しつつ、早めに地上を目指すことを優先するべきだと考える」
「……ああ、そうだな」
腸が煮えくり返る。
最強の冒険者パーティである俺達『光輝の剣』が、まさかトロールごときを相手に逃げる選択を取ることになるとは。
……それもこれも、食料をまともに用意しなかったティーナのせいだ。
……いや、だが、ティーナの言葉にも一理ある部分があったな。……普段なら、そもそも八階層で予備の食料が必要なんてことにはならない。つまり、そんな状況になった原因が別にある。
……間違いない、クラウスだな。恐らく、あいつがいちいち不満そうにしていたり、文句を言ってきたりしたことで、俺達にストレスが掛かったのだ。それで、ペースを乱されてしまった。これが、今回の俺達の失敗の原因に違いない。
なにせ、俺達にとっては普段通りのペースだったのだ。それが上手く行かなかった原因は、パーティが変化したせいに違いない。
アルマは無能だが、流石に俺達とのダンジョン攻略には慣れていて、文句を言うことはなかったからな。
それに比べれば、今回はストレスに感じる場面がかなり多かった。そして、そのストレスの原因こそ、クラウスだ。
……もしかしたら、文句を言うやつがいない環境に慣れたせいで、俺達のストレス耐性が下がってしまっていたのかも知れない。これは反省点だ。
……一瞬、アルマが何かアイテムを使っていて、俺達を補助していたという可能性が思い浮かんだ。
だが、それはすぐに否定する。あの無能が、そんなに俺達に気を使って行動できるはずがない。
俺達は俺達の実力で、あのペースでの攻略を可能にしていたんだ。絶対に。
俺は、今回のダンジョン探索の原因を冷静に……そう、極めて冷静に分析し。今後どう対応すべきかを考えながら、地上への帰路を歩き続けた。
ひとまず、地上に戻ったらティーナとクラウスに、次回の冒険の準備をちゃんとするよう言いつけないといけないな。




