第十二話 失墜の前兆
【とある冒険者視点】
俺達は運が悪かった。
その日、その時、俺達は冒険者ギルドにいた。
いてしまった。
俺達がギルド併設の酒場で酒を飲んでいると、ギルドの扉が乱暴に開いた。
やってきたのはアンガスさん達、『光輝の剣』のメンバーだった。
アンガスさん達は全身汚れ、ボロボロな印象だ。
……見かけはボロボロな印象ではあるが、よくよく見てみると、誰も傷は負っていないようだ。
アンガスさん達があんなにボロボロなんて、一体何があったんだ?
そんな疑問を抱いたのは俺だけではない様子だった。
周りの奴らも皆ヒソヒソと話し合っている。
そんな俺らをアンガスさんが睨みつけた。こええ……オリハルコン級冒険者の圧やべぇって。
それにしても、なんでアンガスさん達がギルドに?
アンガスさん達は『導の煌星』が至上命題達成したって噂が周って来てからすぐにダンジョンに潜ってた。
それから式典をやるみたいな話になり、式典が終わったのが数日前。式典の準備にも時間は掛かってたから、大体アンガスさんたちがダンジョンに潜ってから今日で……十四日ってところか?
十四日だと、いくらアンガスさん達でも十階層にも辿り着けないのではないだろうか?
あんなにボロボロになっているんだし、恐らくかなり深い階層に行っているはず。
……新しいメンバー加入で調子良かったから、ダンジョン進行速度を上げすぎた結果、ペース配分ミスってやらかしたとかか?
アンガスさんはそのままギルド奥の素材窓口へと進んでいった。
……その間も、周りに殺気を振りまいている。
よほど嫌なことがあったのだろう。
アンガスさんにいつも命令されている魔法使いの嬢ちゃんが怯えているから、あの嬢ちゃんがなんかやらかしたのかねぇ?
アンガスさんたちが見えなくなると、一気に周りがざわめきだした。
……ボロボロのアンガスさんたちが珍しかったからか、ギルドの外にまで野次馬がいる。……冒険者以外のやつまで雪崩込んできても面倒だし、そっちは睨みつけつつ殺気を飛ばしておこう。……俺以外も何人かやってるな。ま、関係ないやつに首を突っ込まれるのが嫌ってのは、誰だってそうか。
……変に野次馬が増えると、アンガスさんが戻ってきたときにキレ散らかしそうだし。
……あの人、短気だからなぁ。その上、戦闘能力は高いから手に負えん。
この時、勘の良い奴らはギルドを去っていた。俺も、アンガスさんが短気なのは知っていたのだから、さっさと帰るべきだったのだ。
しばらくすると、アンガスさん達が奥から戻ってきた。
さっきより更に苛立っており、もはや殺気立っていると言っても過言ではない。
そんなアンガスさん達が外へ向かっていると、小さく嘲るような笑い声が聞こえた。
「おい、今笑ったのは誰だ?」
耳聡く音を拾ったアンガスさんが立ち止まり、振り向きながら問いかける。
果たして……その愚か者は自ら歩み出た。
「俺ですが、なにか?」
ニヤニヤしながらそう言ったのは、最近勢いのある冒険者だった。
等級は白金。最近白金に上がったばかりだが、昇格ペースが早く、調子に乗っていた。
「いい度胸だな、てめぇ」
「ははっ、そう凄まないでくださいよ。何かやらかしたんでしょ? 大丈夫ですよ先輩、人間、失敗はつきもの。たまにはそういうこともありますって」
そんな言葉を、声色にも顔にも嘲りの色を浮かべて言った。
マジで巫山戯るなよ? この馬鹿野郎。
明らかにアンガスさんはキレている。この人キレたら全く後先考えないんだぞ……!?
俺は仲間と顔を見合わせて、乗っているものをどけたテーブルを倒し、壁にすることにした。
アンガスさんの言葉は、俺達がテーブルを盾にした直後だった。
「ティーナ、殺さない程度に殺せ」
「え、でも」
「は? お前は俺に口答えするのか? やれ」
「は? あんたまさか、ギルドで──」
アンガスさんが嬢ちゃんにキレたところで、馬鹿はまだ状況のヤバさを理解していなかった。
そして、怯えを浮かべた嬢ちゃんが、馬鹿の言葉を無視してアンガスさんに頷く。
「は、はい! 《風撃》!」
凄まじい風が巻き起こった。
……マジで洒落になってない。限界突破無しの魔法でこの威力って、どうなってるんだ! ……限界突破までしていたら、あの馬鹿は間違いなく死んでいただろう。
テーブルを盾にした俺達も、結局テーブルが耐えられず吹き飛ばされる。
酒を飲んでいた他の連中も大体同じだ。
……風が強すぎたのか、カウンターにいた受付嬢までふっ飛ばされ、気絶。
……こりゃ、『光輝の剣』には処分が下るだろうな。
風が収まると、ボロボロになった俺達や、吹っ飛んで血だらけの馬鹿を見て、アンガスさんはちっとぐらいは溜飲を下げたらしい。
そのままギルドの外へ歩いていく。
「おい待てアンガス!」
「あ? ギルド長か。弁償ならする。今度請求書を……ティーナに取りに行かせる」
「……ティーナだけでなくお前も来い。今回は流石に看過できん」
「……チッ、わかったよ」
慌ててやってきたギルド長へ、アンガスさんは横柄な態度で応えて、そのまま出ていった。
魔法をぶっ放した嬢ちゃんだけが、一度こちらに頭を下げ、すぐにアンガスさん達を追いかけた。
アンガスさんが出ていったギルドが、再び動き出す。
とりあえず馬鹿の治療をするお人好しもいるようだ。
……くっそ痛ぇなぁ。……無駄に治療費が嵩むじゃねぇかよ。
アンガスさんにも勘弁してほしいぜ。
この辺り、やっぱ『導の煌星』のほうが付き合いやすいよなぁ。
※※※
【アンガス視点】
「クソがっ! なめやがって!」
「おい、アンガス……ああいう問題を起こすのはやめてくれないか? 俺の評判まで下がる」
「なんだと? おい、クラウス……お前、俺のやることに文句を言うつもりか?」
「文句ぐらい言うだろ。何ださっきのチンピラみたいな……いや、チンピラとしか思えない低能なやり取りは」
こいつ、死にたいのか?
死にたいんだろうな。殺してやろうか?
「お前も俺をなめてるようだな」
「なめてない。お前の実力は短い期間ながら、一緒に戦ってわかった。少なくとも純粋な戦闘能力は確かにオリハルコン級パーティのリーダーに相応しいだろう。……だが、その事実があっても、さっきの対応はおかしい。……いや、それだけじゃないな。ダンジョン内でのお前の采配は疑問符が付くものが多かった」
「……俺に面と向かってそういうことを言えるってことは、やっぱりなめてるだろ?」
「お前、会話する気無いのか?」
会話だぁ?
俺に口答えするようなやつと会話して何になるっていうんだ?
はぁ……今回のダンジョン探索が上手く行かなかったのは、やはりこいつのせいか?
ダンジョンにいる間、ずっとこいつは和を乱し続けたいたからな。
「ともかく、アンガス。少し頭を冷やせ」
「何が頭を冷やせだ。今回の失敗はお前のせいだろうが」
「はぁ? お前達が無茶ばかりするからだろう?」
「無茶じゃない。今までずっとアレでやってこれたんだ。新参者のお前が口出しするな」
「そうよ。アレはいつもの私達のやり方だった。それに対して文句を言って和を乱していたのは貴方よ」
人のせいにばかりするクラウスに、ヘレナから文句が飛んだ。
それはそうだろう。
いつも通りにやった俺達が上手く行かなかったのだ。それは、新しいメンバーが原因に違いない。
「わかったら、次回までにちゃんと俺達のやり方についていけるよう準備しておくんだな」
「……あくまで俺のせいと言うわけか。……良いだろう。次回はそっちのやり方に合わせた万全の準備をしてやる。だが、それでも上手く行かないようならこっちにも考えがあるからな?」
「お前の準備がちゃんと足りていたなら、話ぐらいは聞いてやる」
「ふん」
クラウスは不満そうに部屋を出ていった。本当に協調性がないな。
「ティーナ、お前は次回のダンジョン探索では、今回足りなかった物資をちゃんと準備しておけよ?」
「はい……わかりました」
輪を乱していたクラウスのせいであるのは確かだが、もう一つ問題があった。
ティーナに予備の食料を準備させていたが、それがクソ不味くて食えたものではなかったのだ。
今回のダンジョン探索中は妙に腹が減り、いつもより早いペースで食料を消費してしまった。
その後ティーナの準備したものを食べようとしたが……クソ固い上に塩気が強すぎる干し肉だとか、そういった不味い保存食ばかりだった。
そのせいで、こんな食生活は続けられないと、たかが八階層で引き返す羽目になったのだ。
ティーナの失態は重い。
「次も失敗するようなら……わかってるな?」
「はいっ! ちゃんと準備します! だから、捨てないでください」
ティーナの表情が怯えに染まるのをみて、多少は……たぶん癒やされた。
こういう小動物系? には心が癒やされると聞くが、こういう感覚のことを言うのだろう。
愚鈍なところはあるが、やはりこいつも使い道はあるな。今日も調子に乗っている馬鹿どもを叩き伏せるのに便利だったし。
……クラウスが目下一番の問題だが、あいつも実力的にはかなり有用だ。もう少し俺の手駒として馴らさないといけないな。
本当に……あいつのせいで今回のダンジョン探索は、今までの冒険者人生で最悪だった。
だが、あいつを今後上手く扱うためにも……思い出したくもないが、反省せねばな。
そう思い……俺は今回のダンジョン探索を思い返した。




