第20話
諸侯評議は、王宮の大広間で開かれた。
本来ならば、王家が諸侯を招き、その声を聞くための場である。
だが、その日だけは違った。
王座には国王が座り、その傍らには王妃がいる。
王太子と第二王子ルシアンも、王族の席に並んでいた。
しかし、諸侯の視線は王座ではなく、その先頭に立つエルヴァン公爵へ集まっていた。
「南の離宮について、追加の報告がございます」
宰相の一言に、王妃の目が細くなった。
「第二王子殿下の母君が療養されていた当時、離宮側から医師の派遣を求める報告が上げられております。ですが、その後、医師の出入りを控えるようにとの伝達があったと、当時離宮に仕えていた侍従が証言しております」
王妃の表情が強張った。
ルシアンの表情は動かなかったが、膝の上で組んだ指に、わずかに力が入った。
「それが、どうしたというのです」
王妃は宰相を見据えた。
「わたくしが命じたとでも、おっしゃりたいのですか」
「王妃陛下ご自身の御命令であったとは、申し上げておりません」
「ならば、その者が勝手にしたことでしょう。わたくしの名を用いた者を調べ、処分すれば済む話です」
「それで済む話ならば、よろしかったのですが」
エルヴァン公爵は、困ったように眉を下げて笑った。
「たとえ王妃陛下の御命令ではなかったとしても、王妃宮付きの者がそのような伝達を行った。その事実は残ります」
「王妃宮には多くの者が仕えております」
王妃は鋭い視線を、エルヴァン公爵へ向けた。
「その一人が勝手を働いたからといって、すべてをわたくしの責として扱うおつもりですか」
「すべてではございません」
公爵の笑みは崩れなかった。
「ただ、王妃宮に仕える者が王妃陛下の御名を用いた以上、宮を預かるお立場としての責任は免れますまい」
「公爵は、王妃宮の内情まで諸侯の議題になさるおつもりですか」
「王妃宮の内に留まる問題であれば、その必要もなかったのでしょうが」
公爵はそう返すと、王妃から国王へ視線を移した。
「陛下。これもまた、一人の者の独断として片づけられる話ではございますまい」
国王は黙っていた。
「王宮の名で許され、王宮の名で覆される。そのたびに諸侯の面目が傷つき、家同士の信が揺らいでおります」
王太子が顔を上げた。
「祝宴の件を言っているのか。私は誰かの仕事を奪うつもりで、許可を出したのではない」
「存じております」
公爵は穏やかに答えた。
「ですが、殿下にそのおつもりがなかったことと、実際に諸家の間へ混乱が生じたことは、別の問題にございます」
「それは調整すれば済むことだ」
「品や人の配置は戻せても、諸家の面目まで元には戻りません」
王太子は言葉を詰まらせた。
「このままでは、王家そのものへの信が揺らぎます」
「わたくしには、公爵お一人のお考えにしか聞こえませんが」
「いいえ、王妃陛下」
エルヴァン公爵は穏やかに答えた。
「私は、諸侯を代表して申し上げております」
「代表ですって?」
王妃は冷たく笑った。
「あなたが先頭に立ち、異を唱えにくい空気を作っているだけではありませんか」
「では、お尋ねいたしましょう」
公爵は諸侯へ視線を向けた。
「私の申し上げたことが事実に反するとお考えの方は、どうぞこの場でおっしゃってください」
誰も口を開かなかった。
旧家も。
新興貴族も。
これまで王妃に近かった者たちでさえ、目を伏せたままだった。
バルネ伯爵も、固く口を閉ざしたまま王妃を見ようとはしなかった。
公爵は王妃へ視線を戻した。
「これが、諸侯の答えでございます」
「……聞こえのよい言葉ですこと」
王妃は扇を閉じた。
「王家を守ると言いながら、その権限を諸侯の手へ移そうとしている。あなたが望んでいるのは王家の保護ではなく、王宮の手足を縛ることでしょう」
エルヴァン公爵は胸に片手を当て、わずかに頭を下げた。
「王宮の権威を保つために必要であれば」
その一言に、王妃の表情が止まった。
公爵は国王へ向き直った。
「王家の名で動く者には、しばらく別の目を入れるべきかと存じます」
国王は、並ぶ諸侯を見渡した。
誰一人として、エルヴァン公爵の言葉を否定しなかった。
長い沈黙ののち、国王が重く口を開いた。
「……宰相」
「はい」
「王妃宮と王太子宮の人事、ならびに裁可の流れを見直せ」
王妃が立ち上がった。
「陛下、お待ちくださいませ!」
国王は王妃を見なかった。
「王妃宮付きの者は、当面、宰相府の確認を受けさせる。王太子宮より出される許可についても同様とする」
「それでは公爵の望みどおり、王宮を諸侯へ明け渡すことになります!」
「決定だ」
王太子の顔から血の気が引いた。
「父上。それでは私は、何一つ自分では決められないではありませんか」
「王太子であることに変わりはない」
国王は息を吐いた。
「だが、お前の言葉が諸侯の信を揺るがせている以上、その重さを取り戻すまでは宰相府の確認を通せ」
「父上、それは……」
王太子は唇を開いたまま、言葉を失った。
イレイナはその後ろで青ざめ、唇を引き結んだまま動かなかった。
王妃は扇を強く握ったまま、ゆっくりと椅子へ座り直した。
しかし、エルヴァン公爵はそこで終わらせなかった。
「陛下。王妃宮につきましては、関係者への聴取が終わるまで、王妃陛下には公務および宮内人事から一時お退きいただくのがよろしいかと存じます」
王妃の目が見開かれた。
「わたくしを、疑っているのですか」
「現時点で、王妃陛下の御命令であったと申し上げるつもりはございません」
公爵は柔らかく答えた。
「ですが、疑いを持たれた者が王妃宮に残り、王妃陛下のおそばで動き続けるのはよろしくございますまい。王妃陛下をお守りするためにも、必要な措置かと存じます」
「それを決めるのは、あなたではありません」
「無論にございます」
公爵は顔を上げ、国王を見た。
「お決めになるのは、陛下です」
王妃も国王を見た。
国王は疲れたように目を伏せた。
「……そのようにせよ」
王妃の扇を握る指が、かすかに震えた。
ルシアンは、エルヴァン公爵へ静かに視線を向けた。
公爵は振り返ることなく、国王へ深く頭を下げた。
「御理解いただき、感謝申し上げます」




