表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
公爵令嬢クラリスの矜持  作者: 福嶋莉佳
三章

この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

58/61

第19話

国王との話を終えたあと、二人は王宮の回廊を歩いていた。


春の光は穏やかだった。


けれど、先ほど聞かされた話は、少しも穏やかではない。


来春の王宮祝宴をめぐり、旧家と新興貴族の対立に王太子の曖昧な許可が重なったため、国王はルシアンにも当面の調整を見届けるよう求めたのだ。


王太子が抱えきれなかった仕事を、ルシアンにも拾わせたいということだった。


「殿下、どうなさいますの?」


「……どう、とは」


「お引き受けになりますの?」


「断るつもりだった」


あまりにも迷いのない返事に、クラリスは目を瞬かせた。


「まあ、珍しいご回答ですわね」


「兄上の失態だ。まず兄上自身に収めさせるべきだろう。それを、なぜ俺が尻拭いしなければならない」


「まあ、否定はいたしませんけれど」


ルシアンは前を向いたまま言った。


「もういい、とも思った。勝手に荒れればいい。兄上が恥をかこうが、俺には関係ないと」


クラリスは、しばらくその横顔を見つめた。


本当に見捨てるつもりなら、これほど多くを語りはしないだろう。


「それでも、そうはなさらないのでしょう?」


「……君は、時々ひどく性格が悪いな」


「わたくしが? 殿下を理解しているだけですわ」


「……それを性格が悪いと言うんだ」


ルシアンは小さく息を吐いた。


「ローデン伯爵家とヴァルツ子爵家は、もう動いている。職人も商人も、春の祝宴に合わせて品を揃え始めている。そこへ曖昧な許可で別の家を差し込めば、誰かが損をする。そうなれば話は別だ」


クラリスは黙って聞いていた。


「殿下らしいですわね」


「……自分でも少し嫌になる」


「褒めていますのに」


クラリスは扇の陰で目を細めた。


「では、今回の件は片づけるとして……その後も、王太子殿下のお仕事を肩代わりなさるの?」


「しない」


ルシアンは即答した。


「甘やかす理由がない」


「……王太子殿下が甘やかされてきたと、お思いですのね」


「思う。少なくとも、今まではそうだった」


ルシアンは、回廊の柱越しに連なる王宮の棟々へ目をやった。


「兄上が王太子として、もう少し自分の立場を分かっていたなら、ここまでにはならなかった」


「まあ。火元は、王太子殿下でいらっしゃいますものね」


「王妃陛下が裏で糸を引いていたとしても、付け入る隙を与えたのは兄上だ」


クラリスは、ゆっくりと瞬きをした。


「王太子の失敗を、毎回誰かが綺麗に片づけるなら、兄上は自分が何をしたのか一生理解しない」


「……ですが、王宮にいれば避けられませんわよ」


ルシアンは答えなかった。


クラリスは、回廊の先に見える中庭へ視線を向けた。


「……殿下。南の離宮は、なかなかよろしゅうございましたわね」


「離宮?」


「ええ。空気もよかったですし……ただ、侍女たちのしつけはなっておりませんでしたが」


ルシアンの表情が、わずかに変わった。


「まさか……あそこに?」


「王宮で王太子殿下のお仕事を拾い続けるくらいなら、いっそ南へお移りになればよろしいのでは?」


「……君は、俺に王宮を離れろと言っているのか」


「はい。人間、向き不向きがございます。殿下は、王都に留まるより地方を治める方がお向きですわ」


「……それは、王都に向いていないと言っているのか」


「むしろ、向いていると思われていましたの?」


ルシアンは黙った。


クラリスは涼しい顔で続ける。


「殿下は、王都の空気をお嫌いでしょう」


「……」


「そのくせ、放っておけばよいものを、見えている穴は放っておけない」


「……君は本当に、性格が悪い」


「殿下の性格も、なかなか面倒ですわよ」


クラリスはそう言って、何食わぬ顔で歩き出した。


ルシアンは少し遅れて、その隣に並んだ。


「……南へ行けば、面倒でなくなるとでも?」


「まさか。領地経営も大変ですわよ」


クラリスは歩調を緩めることなく、さらりと答えた。


「道は傷みますし、橋は落ちますし、商人は少しでも有利な条件を引き出そうとします。農地の水は足りたり余ったりしますし、冬に備える倉も見なければなりません。市場を開けば揉め事も起きますし、税を整えれば必ず不満も出ますし……」


「……詳しいな」


「ええ。わたくし、勉強しておりましたもの」


「なぜだ?」


ルシアンの問いに、クラリスは扇で口元を隠した。


「公爵令嬢ですもの。領地経営の知識くらい、嗜みですわ」


「本当に、それだけか」


「それ以外に何がございますの?」


「君は王太子妃になるはずだった。そこまで詳しく学ぶ必要はなかったはずだ」


クラリスは答えず、扇の陰で視線を逸らした。


「……もしかして、俺のためか?」


その言葉に、クラリスは扇で顔を隠した。


ルシアンは足を止める。


「クラリス」


「違いますわよ……」


「本当か?」


「……わたくしも、その方がよいと考えておりましたから……」


声は、少し小さかった。


「いつからだ」


「いつからでもよろしいでしょう」


「よくない。気になるだろう」


クラリスは眉を寄せた。


「殿下、そういうところは本当に意地が悪いですわ」


「君ほどではない」


「わたくしは優しいですわ」


「なら、答えてくれ」


クラリスは黙った。


やがて、小さく息を吐いた。


「殿下、耳をお貸しください」


「……何をする気だ」


「お教えしますわ」


ルシアンは眉を寄せたが、それでも少し身をかがめた。


警戒しているのが分かるのに、こちらの言葉を無視はしない。


そういうところが面倒で。


そういうところが――困るのだ。


クラリスは少しだけ背伸びをし、ルシアンの頬に唇を触れさせた。


ルシアンの動きが止まる。


その隙に、クラリスは身を離し、そのまま先へ歩き出した。


「……クラリス」


背後から、ルシアンの声が追ってくる。


「答えましたわ」


「今のが?」


「ええ。十分でしょう?」


ルシアンは、しばらく何も言わなかった。


「……答えになっていない」


その声に、クラリスは足を止め、ゆっくりと振り向いた。


扇を閉じ、いつものように優雅に微笑む。


ルシアンは何か言おうとしたが、言葉は続かなかった。


その顔を見て、クラリスは目を細めた。


――お分かりになりまして?


わたくしの、美しい人。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
 ルシアンさん、珍しく何度も追求してきますね。序盤では良くも悪くも主張が少なめでしたが、王太子さんへ辛口な言葉をむける様にもなりましたし、都を離れた頃から変化が度々見られます。  それと王太子さんに…
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ