第15話
王妃サフィーナのもとへ南離宮からの報告が届いたのは、昼を少し過ぎた頃だった。
王宮の奥にある王妃の私室には、磨き上げられた銀器が並び、香茶の甘い香りが漂っていた。
だが、侍女から差し出された封書を開いた瞬間、王妃の指先が止まった。
「……何ですって」
控えていた侍女たちが、わずかに身を固くする。
報告は短いものだった。
第二王子ルシアンと、その婚約者であるクラリスが南離宮へ入り、帳面部屋の鍵を預かったこと。
さらに、薬棚や厨房、倉庫への出入りを制限し、外への使いや商会からの納品まで管理下に置いたことが記されていた。
王妃は、書状をゆっくりと卓へ置いた。
「……ずいぶん好き勝手をしてくれたものね」
南離宮は、ただの休養地ではない。
王宮ほど人目は多くなく、それでいて王家の名で金も人も動かせる。
王妃に近しい者を置き、ある程度の裁量を与える代わりに、地方の動きや出入りする商人について報告させていた。
「いつ戻ると?」
「それが……すでに王都へ向かわれたとのことです」
「もう?」
「はい。今朝、離宮を発たれたと」
早すぎる。
王妃は、もう一度書状へ視線を落とした。
あの時のクラリスは、確かに弱っていた。
領地で静養するのだとばかり思っていたのに、まさか南離宮へ足を運ぶとは、誰が予想できただろう。
クラリスが離宮の金や物の流れを疑っていることは、明らかだった。
だが、どこまで証拠を押さえ、誰にまで辿り着いたのかは分からない。
放っておくわけにはいかなかった。
クラリスが王都へ戻り、第二王子や公爵家と先に話を揃えれば、こちらが後手に回る。
――療養のため領地へ下がった公爵令嬢が、第二王子を伴い、王家の離宮の管理に介入した。
まずは、その形で陛下のお耳に入れなければならない。
王妃は椅子から立ち上がった。
「陛下は?」
「政務棟にいらっしゃいます」
「お会いしてまいります」
侍女たちが一斉に動き出す。
王妃は扇を手に取ると、いつもと変わらぬ足取りで部屋を出た。
政務棟へ向かう途中、前方から侍従が早足で近づいてきた。
「王妃陛下。第二王子殿下が、ただいま王宮へお戻りになりました」
王妃の足が止まる。
「……第二王子が?」
「はい。クラリス様もご一緒でございます」
王妃は、扇の陰で口元を引き結んだ。
なぜ、もうここにいる。
南離宮を発ったばかりではなかったのか。
それとも、離宮で何かを見つけたからこそ、急ぎ王宮へ戻ったのか。
どちらでもよい。
こちらから陛下へ申し上げる前に本人たちが王宮へ戻ったのなら、急がなければならない。
先に陛下へ話を通し、王家の離宮で何をしたのか、その形で問えばよい。
「陛下へお取り次ぎを」
「かしこまりました」
王妃は再び歩き出した。
◆
王妃が国王の執務室へ入ると、明るい声が耳に届いた。
声の主は、クラリスだった。
第二王子ルシアンと並び、国王を前に楽しげに話している。
「それで、陛下。干した果実を蜜に漬けたものが売られておりまして」
「ほう。干した果実を蜜に、か。なかなか珍しいな」
「とても美味しかったですわ。ルシアン殿下ったら、わたくしが一口いかがですかとお尋ねしても、いらないとおっしゃるのです」
ルシアンが隣で、わずかに視線を逸らした。
王妃は、扇を握る指に力を込める。
その時、クラリスがこちらを向き、ぱちりと視線が合った。
クラリスは、にこやかに微笑んだ。
「まあ、王妃陛下。お久しぶりでございます」
「クラリス嬢。戻っていらしたのね」
「はい。少し寄り道をいたしましたけれど」
クラリスは楽しそうに答えた。
「エルベルト領の春の市は、とても賑やかでしたの。王妃陛下にもお見せしたいくらいでしたわ」
「……そう」
王妃は穏やかに返した。
するとクラリスは、何でもないことのように続けた。
「その前には、南離宮にも立ち寄りましたの」
王妃の指先が、扇の上で止まった。
「南離宮へ行ってきたのか?」
国王が尋ねる。
「ええ。領主館から近い場所にございましたから」
クラリスは微笑みを崩さない。
「そこで、とても興味深いものを見つけましたの」
王妃の胸の奥で、何かが冷たく沈んだ。
クラリスは王妃へ向き直った。
「王妃陛下にも、ぜひお聞きいただきたくて」
そう言って、クラリスは美しく微笑んだ。




