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公爵令嬢クラリスの矜持  作者: 福嶋莉佳
三章

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第12話

王太子宮の小会議室には、朝から重い空気が垂れ込めていた。


卓上には、来春の王宮祝宴に関する書類が並べられている。


王太子はそのうちの一枚を取り上げ、眉をひそめた。


「……なぜ、祝宴の装飾ごときでここまで揉める」


即座に答える者はいなかった。


壁際に控えていた王太子付きの文官が、慎重に口を開く。


「殿下。ベリオール子爵家が、祝宴装飾の一部調達に加わる前提で、すでに複数の商会へ声をかけております」


「それは聞いている。一部を手伝わせてもよいと言っただけだ」


王太子は書類を卓へ戻した。


「祝宴の規模を考えれば、手は多い方がよいだろう」


「ですが、ベリオール子爵家が扱おうとしている品目は、ローデン伯爵家とヴァルツ子爵家の共同提案に含まれております」


「共同提案?」


文官が別の書類を差し出した。


「ローデン伯爵家は、長く宮廷装飾の監修に携わってきた家でございます」


「知っている。ヴァルツ子爵家は、近年、海外染料やガラス器の流通で力を伸ばしている新興の家だったな」


「おっしゃる通りです。その両家が、監修をローデン伯爵家、調達と会計をヴァルツ子爵家が担う形で、来春の祝宴に向けた提案を整えている最中でございました」


王太子は、そこで初めて書面へまともに目を通した。


「……いつの間に、その二家が組んだ」


「詳しい経緯は確認中でございます。ただ、両家の間ですでに相当話が進んでいたことは確かかと」


王太子は不快そうに息を吐いた。


「それと、ベリオール子爵家が一部加わることに、何の問題がある」


「すでに組まれている調達計画がございます。そこへ別の商会が、王太子殿下のお言葉を後ろ盾として入り込めば、会計も責任の所在も変わります」


「私は命じていない。一部協力してもよいだろうと言っただけだ」


「ですが、下ではそのように受け取られておりません。現にベリオール子爵家は、王太子殿下のお許しを得たと申しております」


「許しだと? 正式な許可など出していない」


「正式であるかどうかにかかわらず、許可として使われております」


王太子は口を閉ざした。


その間を見計らい、別の側近が控えめに続ける。


「そもそもベリオール子爵家は、先に王妃陛下へお伺いを立てていたようでございます」


王太子が顔を上げた。


「母上に?」


「はい。ですが、王妃陛下は時期尚早として、判断を保留なさいました」


「……では、なぜ私のところへ来た」


室内に沈黙が落ちた。


答えは、わざわざ口にするまでもない。


王妃に通らなかったから、王太子へ持ち込んだのだ。


しかも、正式な嘆願としてではない。


――友人の家が、少し困っておりますの。


数日前、イレイナはそう話していた。


――祝宴に関わる品を扱っている家なのですけれど、少しでも王家のお役に立ちたいと願っているのです。


王太子は、その時、深く考えなかった。


――それなら、一部だけでも加えてやればよい。


ただ、それだけを口にした。


ところが今、その一言は書類の上で、「王太子殿下のお許し」という形に変わっている。


「……ばかばかしい」


王太子は低く吐き捨てた。


「祝宴の装飾だぞ。王国の行く末を左右する話でもあるまい」


「装飾そのものは、そうでございましょう。ですが、宮廷装飾に関わるということは、王宮へ出入りする道筋を得るということです」


王太子は顔をしかめた。


「一度の祝宴に名が出る程度のことが、そこまで重いのか」


「商会にとっては、ただの一度ではございません」


別の文官が言葉を継いだ。


「一度でも王宮の祝宴で品を用いられれば、次の催事でも候補に挙がります。王宮へ品を納めたという実績は、そのまま信用となります」


「ローデン伯爵家にとっては、長年守ってきた監修の領分へ、後から別の家を差し込まれる形になります」


「ヴァルツ子爵家にとっては、旧家と対等に組んだ共同提案の一部を、横から奪われるに等しいでしょう」


王太子は書面へ目を落とした。


「……ベリオール子爵家は、私の言葉を得た家として引く気がない」


「はい。つまり、どの家も譲れない状態でございます」


王太子は椅子の背へ身を預け、天井を仰いだ。


「……なぜ、この程度のことで、こうなる」


今度こそ、誰も答えなかった。



宰相府へ報告が届いたのは、昼を少し過ぎた頃だった。


王太子宮付きの侍従は、常より顔色が悪い。


侍従から差し出された書類を受け取り、宰相エルンスト・ヴァイゼンは黙って目を通した。


来春の王宮祝宴について、ベリオール子爵家が王太子の言葉を得たとして、装飾品の調達へ加わろうとしている。


しかし、ローデン伯爵家とヴァルツ子爵家は、すでに共同提案を整えつつあった。


最後まで読み終えたエルンストは、静かに書類を卓へ置いた。


「……またか」


侍従は何も言わない。


言えなかった、という方が正しい。


エルンストは、際立って切れる男ではない。


人を圧倒するほどの才気も、王宮中をねじ伏せるような剛腕も持っていない。


ただ、長くこの席に座ってきた。


誰の言葉がどこまでなら許され、どこから先が厄介事になるのか。


その境目だけは、見誤らない。


「王妃陛下の側は」


侍従は一瞬だけ言葉を詰まらせた。


「……王妃陛下は、ベリオール子爵家の参加をお認めになっておりません」


「そうだろうな」


王妃が、その程度の問題を見落とすはずがない。


旧家が守ってきた監修の領分へ、新興貴族をどの順で入れるべきか。


王宮祝宴に名を連ねることが、どれほどの重みを持つのか。


あの方に分からぬはずがない。


だからこそ、保留にしたのだ。


侍従が小さく息を呑んだ。


「ここから先は、王太子宮の内々で収める段階ではない」


「では……国王陛下へ、でございますか」


「ああ。王妃陛下が保留なさった案件が、王太子殿下のお言葉を盾に押し通されようとしている。祝宴の装飾より、そちらの方が問題だ」


「はい」


「それと」


エルンストはもう一枚の書面へ視線を移した。


「ローデン伯爵家とヴァルツ子爵家が組んだ経緯についても、確認が要る」


「そちらも、でございますか」


「旧家と新興が、互いの役割を補う形で結びついている。自然にまとまったとは考えにくい。誰かが間に入ったはずだ」


侍従は視線を伏せた。


「……第二王子殿下のお名前が、少し」


エルンストの指が止まる。


「どの程度だ」


「正式に仲介なさったわけではございません。ただ、以前、双方へ言葉を添えられたようだと」


「……なるほど」


エルンストは深く息を吐いた。


王太子が軽い一言で開けた穴から、一つの家が入り込もうとしている。


その一方で、第二王子は旧家と新興の間に、すでに別の道を築き始めている。


これはもう、祝宴装飾だけの話ではない。


エルンストは立ち上がった。


「王宮祝宴の件について、第二王子殿下にも確認を取る必要がある。その旨も含めて、陛下へご報告しよう」

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― 新着の感想 ―
ようやく王様の出番がありそうw
 装飾の事でずいぶんと拗れましたね。王太子殿、相変わらず苦労人ですな。  そして、他のコメント送信者が空気ぶりを指摘していた節ある陛下殿が、いよいよ介入ですか。物語が各地で様々な動きを見せますね。 …
いよいよ国王陛下登場でしょうか。 eps24、25にあたる二章の4、5「ラ・ロゼルージュ」2Fサロンでクラリスが口添えした2家の王宮祝宴の件が第二王子に回されてた、なるほどクラリスらしいですね。そして…
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