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公爵令嬢クラリスの矜持  作者: 福嶋莉佳
三章

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第11話

カレンは談話室の隅に腰を下ろし、膝の上で手帳を開いていた。


細かな文字で埋まった頁を見下ろしながら呟く。


「……すごい。手帳が埋まってる」


我ながら、よく観察したものだと思う。


最初は、誰が誰なのかもよく分からなかった。


名前と家名を書き留め、それぞれの表情を見ているうちに、少しずつ見分けられるようになった。


笑う者、黙る者、噂を広げる者――それぞれの反応を見ているだけで、誰がどの立場にいるのかも少しずつ分かるようになった。


「……もしかして、クラリスより詳しくなったのかも」


思わず口元がにやけた。


もちろん本人に言えば、軽く流されるか、さらに細かい指摘を返される気がする。

手帳の埋まり具合を見ると、少しだけ誇らしかった。


カレンは頁の端を指で押さえながら、ふと顔を上げる。


「そういえば、あの紹介状……どうなったんだろう」


地元へ戻る元王都勤めの侍女、という名目で使うと言っていた。

何に使うのかまでは教えてくれなかった。


「早く帰ってこないかなあ」


ぼんやりと窓の外へ目を向けた時、離れた席から明るい声が聞こえてきた。


「ソフィア様も、王妃様のお茶会にお顔を出されているのですわよね?」


カレンは顔を上げた。


声の主はリズベットだった。

その周りには、何人かの令嬢が集まっている。


ソフィアは扇を口元に寄せ、ゆるやかに微笑んだ。


「ええ。ありがたいことに」


「まあ、素敵ですわ。わたくし、まだお茶会ではあまりお目にかかれなくて……。きっと、別のお日にちに呼ばれていらっしゃるのですね」


近くにいた令嬢たちの空気が、固くなった。


カレンは手帳を閉じかけた指を止め、ペンを取る。


ソフィアの笑みは崩れない。


「リズベット様は、近頃ずいぶん王妃様のお茶会に熱心でいらっしゃるのね」


「ええ。お招きいただけて光栄ですもの」


「そうね。新しく社交界へ入られた方には、よいお勉強になりますわね」


リズベットの頬が、わずかに引きつった。


「ええ。学ばせていただいております。新しい家の者には、覚えることが多うございますから」


「その熱心さは素敵ですわ。ただ、王妃様のおそばに近づくには、熱意だけでは足りませんでしょう?」


リズベットの目が細くなる。


「家の古さが必要だとでも、おっしゃりたいのですか?」


ソフィアは扇の陰で、驚いたように目を瞬かせた。


「まあ。わたくし、そんなことを申し上げたかしら」


誰もはっきりとは口を挟まない。

聞いていないふりをする者たちの意識だけが、二人へ向いていた。


少し離れた席では、イザベルが扇の陰から二人を見つめている。


カレンは黙って手帳に書き込んだ。


――同じ王妃派。

けれど、旧貴族と新興貴族は同じではない。


そこでペンが止まる。


今までは、こんなふうに表へ出なかったはずだ。


「……どうしたんだろう」



王都、ラグラン伯爵家の夜会。


バルネスは杯を持つ手を下げ、にこやかに頭を垂れた。


「先ほど、御令嬢のお召し物を拝見いたしました。あの織りは、御家の商会で扱っておいでの品ですかな」


相手は、王妃派に属する旧貴族、シェリアの母だった。


王妃の側近というほど近くはないが、王妃が社交界に築いてきた古い輪の中に、長く席を持つ家の夫人である。


「まあ。よくお気づきになりましたのね」


「よいものには、自然と目が向くものでして」


「嬉しいことをおっしゃるのね」


夫人は扇の陰で品よく微笑んだ。


「職人も喜びますわ」


「それは何よりです」


「ええ。……お心遣い、感謝いたします」


そこで会話は閉じた。


バルネスは内心で小さく息を吐く。


以前にも、何度となく見た反応だった。


商会を率いていた頃から、こういう扱いには慣れている。

話は聞くし、笑みも向ける。

その先へ続く扉だけは、決して開けない。


今の自分は、以前とは違う。


もはや、ただの商会主ではない。

爵位を得て、養女は王太子の婚約者となった。


それで返ってくる笑みが、この程度か。


その時、広間の一角から、妙によく通る声が聞こえてきた。


「いやあ、南区の孤児院の件も、ようやく形が見えてまいりましてな」


声の主は、新興貴族の若い当主だった。

最近になって、王妃派の集まりに顔を見せるようになった家の者だ。


声を張り上げているわけではないのに、不思議と周囲の耳を引く。

本人もまた、聞かせることを意識しているのだろう。


隣に立つ男も、杯を掲げて応じた。


「グランディス男爵は、王妃様より監査を任されたのでしたな」


「ええ。ありがたいことです。古い慣例に任せきりでは、見えるものも見えませんからな」


「フェルナー子爵の商会調整も、順調だとか」


「新しい家には、新しい家なりの働き方がございます。王妃様は、そこをよく見てくださる」


周囲の数人が、調子を合わせるように笑った。


バルネスは顔に笑みを貼りつけたまま、目だけを細める。


酒の席で飾り立てる者は、たいてい役目の重さを分かっていない。


王妃の名は、掲げるだけで格が上がる飾りではない。

軽々しく扱えば、掲げた者の方が軽く見られる。


バルネスはそう思いながら、夫人の様子を横目で窺った。


夫人は扇の陰で目だけを細めている。


先ほどまでの品のよい笑みは変わらない。

その奥の温度だけが、すっと下がっていた。


それも、バルネスには覚えのある顔だった。


商談の場で、相手が値の意味も分からず大金を口にした時。


その場にいる者は笑いながら、心の中ではもう相手を席から外している。


バルネスは、ふと先日耳にした話を思い出した。


ローデン伯爵家とヴァルツ子爵家が、来春の王宮祝宴の装飾契約で手を組むらしい。


古い宮廷筋を持つ旧家と、流通に強い新興の家。


組む理由は分かる。


以前なら、その二つの家が同じ提案書に名を並べるなど、まず考えられなかった。


――誰が繋いだ。


バルネスは杯の縁に指を添えたまま、広間を見渡した。


(なんだ……この流れは)

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― 新着の感想 ―
 調査中のカレンさんのそばで、以前シェリアさんに対し冤罪に関する口撃を仕掛けたソフィアさんが、なにやら他の者に対しても、チクチクつついてますね。  一方、イレイナさんの関係者のバルネスさんも、周囲から…
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