第13話
孤児院の門は、昼の光の中で静かに軋んだ。
ルシアンは足を踏み入れた途端、視線を巡らせた。
高い塀に囲まれた敷地は、思っていたより広い。
だが、建物は古かった。
漆喰の壁には細かなひびが走り、窓枠の塗装はところどころ剥がれている。
それでも放置されているわけではないらしい。
壁の一部には補修の跡があり、庭の隅には薪がきちんと積まれ、物干し綱には小さな服が並んでいた。
庭では子どもたちが走り回り、弾んだ笑い声が壁に跳ね返っている。
賑やかな光景だったが、抱えている人数の多さも一目で分かる。
広さはあっても、余裕はない――そんな印象だった。
その様子をしばらく見てから、ルシアンは口を開く。
「……思ったより人が多いな」
「今は三十七人です」
隣を歩くクラーラが答える。
「冬前は増えます。親を亡くした子や、食べていけなくなった家から預けられる子もいるので」
「三十七……食料は足りているのか?」
「今月までは。ですが冬になると厳しくなります」
クラーラは歩きながら、奥の建物を指し示した。
「厨房が一つしかありません。食事の時間がずれると、子どもたちを二度に分けて食べさせることになります」
「それは不便だな」
「ですが……建物より先に、食料庫を広げた方がいいと思います」
ルシアンはちらりと横を見る。
「理由は?」
「冬の備蓄が増えるからです」
クラーラはわずかに笑った。
「屋根が直っても、食べる物がなければ意味がありません」
「……なるほど」
ルシアンは小さく頷く。
庭の端で、ひとりの子どもがこちらを見ていた。
目が合うと、慌てたように後ろへ隠れる。
クラーラが手を振ると、少しだけ顔を出した。
「クラーラ様!」
別の子どもが駆け寄ってくる。
「今日は王子さまも来てるの?」
クラーラは困ったように笑った。
「ええ。視察よ」
「王子さま!」
子どもたちの視線が一斉に集まる。
ルシアンはわずかに肩を強張らせた。
「……こんにちは」
そのぎこちない挨拶に、子どもたちがくすりと笑う。
クラーラが自然に間へ入った。
「今日はお仕事なの。邪魔しないでね」
「はーい!」
子どもたちはまた庭へ駆け戻っていった。
ルシアンは小さく息を吐く。
「……慣れているな」
「ここにはよく来ますから」
「子どもたちも、君のことをよく知っている」
「ただ顔を覚えられているだけです」
クラーラは肩をすくめた。
「それは簡単なことではない」
ルシアンは微笑む。
クラーラはそっと視線を逸らした。
二人は厨房の裏手へ回った。
建物の陰には、小さな倉庫がひっそりと建っている。
扉を開けると、乾いた匂いが流れ出た。
棚には袋が並んでいたが、空いている段も目立つ。
ルシアンは中を見渡した。
「……狭いな」
「冬の備蓄が増えると、すぐに溢れます」
「分かった」
ルシアンは即座に答えた。
「その案で進めよう」
クラーラは少し驚いたように目を上げる。
「よろしいのですか」
ルシアンはもう一度、棚の並びと空いた段を見回した。
「筋が通っている」
短く言ってから、クラーラを見る。
「納得できる話は、決めるのも早い」
クラーラはわずかに視線を落とした。
「そう言っていただけるなら」
◆
視察を終え、二人は門を出た。
馬車の前で、ルシアンが言う。
「今日は助かった」
「いえ」
「資料も見た」
クラーラの睫毛がかすかに揺れる。
「……そうですか」
「宮内省の報告より分かりやすかった」
クラーラは小さく笑った。
「それは少し褒めすぎです」
「事実だ」
ルシアンは短く返す。
しばらく沈黙が落ちる。
先ほどまでの子どもたちの笑い声が、遠くからかすかに届いていた。
ルシアンはふと口を開く。
「また来る」
「はい」
クラーラは静かに頷く。
「いつでもご案内します」
ルシアンは馬車に乗り込んだ。
扉が閉まり、車輪がゆっくりと動き出す。
窓の外で、クラーラはまだ門の前に立っていた。
ルシアンは一瞬だけその姿に視線を向ける。
――考え方が近い。
それだけのことのはずなのに、
胸の奥の重さが、少しだけ薄らいだ気がした。
馬車が遠ざかる。
門の前で、クラーラはしばらくその背を見送っていた。
やがて踵を返し、孤児院の中へ戻っていく。
その様子を、少し離れた通りの向こうから見ている影があった。
馬車の陰に控える、小ぶりな一台。
窓の奥で、クラリスは黙ったまま視線を向けている。
隣のマリアが、小さく息を呑んだ。
「……お声をおかけになりますか」
クラリスは答えない。
孤児院の門が閉まり、クラーラの姿が見えなくなる。
クラリスはゆっくりと視線を戻した。
「……帰りましょう」
低い声で言う。
馬車が静かに動き出した。




