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公爵令嬢クラリスの矜持  作者: 福嶋莉佳
二章

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第12話

王妃の私室は、昼下がりの光に静かに満ちていた。


厚い絨毯の上に並ぶ椅子には、数名の貴族が腰を下ろしている。

上質ではあるが、いずれも古くから宮廷に根を張る家々のそれとは少し趣の違う装いだった。


王妃はゆったりと紅茶を口に運び、静かにカップを置いた。


「今日は皆様に、少しお願いがあってお呼びしましたの」


視線が一斉に集まる。


誰も口を開かない。

先を促すには、まだ早いと知っている空気だった。


王妃は柔らかく微笑んだ。


「王都では最近、孤児院の整備と支援を見直しております」


言葉を区切り、続ける。


「王家としても、ただ施しをするだけではなく……

 持続できる仕組みにしたいのです」


一人の男爵が、わずかに身を乗り出した。


「王妃殿下、それは誠に意義深い事業かと」


「ええ」


王妃は小さく頷く。


「けれど、宮廷だけでは手が足りません」


そこで初めて、視線を順に巡らせた。


「皆様のように、新しい知恵と力を持つ方々に、ぜひ協力していただきたいのです」


沈黙が落ちた。


その場の誰もが、これはただの相談ではないと分かっていた。


王妃は扇を閉じた。


「まずはエルムベルク子爵」


名を呼ばれた子爵が、すぐに立ち上がる。


「孤児院の物資流通の見直しをお願いできますか」


「は……はっ。光栄にございます」


「グランディス男爵。王都南区の孤児院の監査を」


「承知いたしました」


「それから、フェルナー子爵には商会との契約整理を」


一人ずつ役割が与えられていく。


王妃は穏やかな声のまま告げた。


「皆様の働きは、王家としてきちんと見ております」


扇の奥で、静かに微笑む。


「成果を上げてくださる方には……

 相応しい形で、報いなければなりませんわね」


空気が、わずかに張った。


王妃は軽く首を傾けた。


「どうか、良い知恵をお貸しください」


柔らかな声だった。

だが誰一人、それを社交辞令とは受け取らなかった。


やがて椅子が静かに引かれる音が続く。


貴族たちは一人ずつ礼を取り、順に私室を辞していった。


扉が閉まる。


部屋に残ったのは、王妃と数名の侍女、それに控えていた側近だけだった。


王妃はしばらく動かず、カップの縁に指先を添える。

それから何事もなかったかのように、卓上の書簡へ視線を落とした。


「王妃殿下」


静かに一礼して進み出た側近に、王妃は書簡から目を上げる。


「何かしら」


「第二王子殿下のご予定について、少々」


王妃は手元の紙を閉じた。


「申してみなさい」


「ここしばらく、殿下は孤児院支援の件でお忙しく、クラリス嬢とゆっくり顔を合わせる時間が減っているようです」


「それは予定を見れば分かることね」


「はい。ですが、それだけではなく」


側近は声をわずかに落とした。


「近頃、侍女たちの間で、お二人のご様子が以前より静かだと囁かれております。表立って何かあったわけではございません。ただ……先日の席でも、言葉の少なさを気にする者がおりました」


王妃は眉一つ動かさない。


「なるほど」


卓上の茶器に、そっと指先を添える。


「会う時間が減れば、言葉は足りなくなるものよ」


淡く、まるで世間話のように言った。


「言葉が足りなければ……疑いは育つ」


側近は何も答えない。


王妃は静かに目を細める。


「では、第二王子には孤児院支援の進捗報告を。クラリス嬢には、近いうちに茶会の席を設けましょう」


「かしこまりました」


「それと」


王妃は微笑んだ。


「古い家柄の方々にも、そろそろお声がけを。新しい者たちだけで政が回るなどと思われては困るもの」


「では、個別に日を改めて」


「ええ。“あなただけに頼みたい”と伝えなさい」


王妃は軽く茶器を持ち上げる。


「その方が、話は早いでしょう」


側近が恭しく頭を下げた。


新しい者には役目を与える。

古い家には顔を立てる。


そのどちらも欠けば、盤は崩れる。

そうならぬよう並べるのが、己の務めだった。


「母上」


不意に、私室の扉が開いた。


入ってきた王太子に、王妃は視線を向ける。


「少しご相談が」


「何かしら」


「王都中央市場の件なのですが」


王妃はカップを置いた。


「市場?」


「今年は穀物の流入が多く、露店の場所を拡張すべきかどうかで意見が割れていまして」


王太子は書類を差し出した。


「市場監督は拡張を、衛生局は混雑を理由に反対しています」


王妃は書類を受け取り、一瞥する。


「南側の広場を臨時に使わせなさい」


王太子が目を上げた。


「理由を伺っても?」


「冬前は商人が集まる時期よ。今止めれば闇市が出るわ」


短く答え、書類を卓上へ戻す。


「混雑は管理できても、流れを失えば別の場所で歪むものです」


王太子は少し考え、やがて頷いた。


「……そうですね」


王妃は淡く言った。


「その程度の調整なら、あなたが決めてよろしいでしょう」


王太子はわずかに苦笑する。


「普段なら、もう少し早く結論が出ていたのですが」


「迷いがあるの?」


王妃の問いに、王太子は一瞬だけ言葉を切った。


「いえ。少し、周囲の意見が割れていただけです」


王妃はそれ以上は追わなかった。


「なら、なおのこと早く決めなさい。迷いが長引けば、それだけで不満は育つわ」


王太子は静かに頭を下げる。


「ありがとうございました」


去っていく背を見送り、扉が閉まる。


王妃は再び茶を口に運んだ。


新しい者も、古い者も、王子たちも。

それぞれに必要な場所へ置けばいい。


冷めかけた茶は、まだ十分に温かかった。

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― 新着の感想 ―
 単なる身よりのない子供の救済策か、自己主張が小さく単独では操りやすい者を筆頭に担ぎ上げて、住所や階級などの証明手段がない者達を、清濁織り混ぜた狡知を口に出せる余計な頭脳クラリスさんと離れてる間に洗脳…
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