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公爵令嬢クラリスの矜持  作者: 福嶋莉佳
二章

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第10話

クラリスは椅子に腰かけたまま、しばらく動かなかった。


カレンに言われた言葉が、何度も頭の中で繰り返される。


――可愛げがない。

――甘えるの、苦手でしょ?

――会いたいなら、会いたいって言えばいいじゃん。


そばで控えていたマリアが、そっと近づいた。

胸に手を当て、不安そうにクラリスを見守る。


「クラリス様……どうかなさいましたか?」


クラリスは答えず、ただ手元の扇を指先でなぞった。


沈黙が続く。


やがて、クラリスはふと顔を上げた。


「マリア」


「はい」


少しだけ間を置いて、クラリスは言った。


「わたくし……可愛げがないの?」


マリアは一瞬、ぽかんと目を丸くした。

だが次の瞬間、ぶんぶんと勢いよく首を振る。


「まあ! そんなことございません!

クラリス様は、この国で一番お可愛らしい方でございます!」


勢いのあまり一歩踏み出し、真顔で言い切る。


クラリスはじっとマリアを見つめた。


それから、ふっと息を吐く。


(そうよね……)


けれど、胸の奥のひっかかりは消えなかった。


――可愛げがない。

――甘えるのが苦手。

――会いたいなら、会いたいと言えばいい。


クラリスはゆっくりと立ち上がった。


「クラリス様?」


「……少し出るわ」


マリアが目を瞬かせる。


「どちらへ?」


クラリスは扇を手に取った。


「王宮よ」



王宮の回廊は、昼の光に静かに満ちていた。

高い窓から差し込む光の中を、クラリスはまっすぐに歩いていく。


ふと、前方に人影が見えた。


ゆったりとした足取りで、一団がこちらへ歩いてくる。

その先頭にいるのは――王妃だった。


「まあ、クラリスではないの」


穏やかな笑みを浮かべる王妃に、クラリスは静かに礼を取る。


「王妃殿下、ごきげんよう」


「最近、あまり王宮でお見かけしなかったものだから、少し心配していたのよ」


王妃は柔らかく微笑んだまま、続ける。


「第二王子殿下もお忙しいようね」


クラリスの扇が、ぴたりと止まる。


「あなた方、お顔を合わせる時間はあるの?」


一瞬だけ、クラリスは黙った。


それから穏やかに答える。


「いいえ。殿下もお忙しいようですので」


王妃は何も言わない。

ただ静かに、その先を待っている。


クラリスはわずかに首を傾けた。


「ですが――短い時間でも、十分に通じ合っておりますわ。

ご心配には及びません」


王妃は一拍置き、それからふっと微笑んだ。


「あら、そう。よかったわ」


それ以上は何も言わない。

ただ扇を閉じ、静かに歩き出す。


侍女たちがその後に続き、一団は回廊の奥へと消えていった。


クラリスはしばらく、その背を見送っていた。


(……何を聞きたかったのかしら)


答えは出ない。


小さく息を吐き、クラリスは再び歩き出した。



王宮の奥へ進み、クラリスは第二王子の執務区画の前で足を止めた。


扉の外には、侍従が一人控えている。


「エルヴァン公爵令嬢クラリス様がお見えです」


侍従が中へ声をかける。


少し間があってから、返事があった。


「……通してくれ」


扉が開き、クラリスは中へ入る。


ルシアンは手にしていたペンを置き、顔を上げた。


「クラリス、どうした?」


クラリスはゆっくりと歩み寄る。


「相変わらず、お忙しいようで」


「まあ……でも、ちょうど一段落したところだ」


クラリスの視線が、机の上へ落ちた。


そこには数枚の書類が広げられている。

そのうちの一枚の表題が目に入った。


『孤児院支援計画』


クラリスの指先が、わずかに止まる。


「……孤児院支援計画?」


ルシアンは書類に目をやり、少し苦笑した。


「ああ。僕も最近知った」


「最近?」


「王妃殿下の茶会でな」


ルシアンは書類を軽く叩く。


「孤児院を支援しようという話になって。

気づけば、僕が主導することになっていた」


「王妃殿下……そうでしたの」


「王都には七つの孤児院があるらしい。

子どもは百二十人ほどだとか」


ルシアンは書類に目を落としたまま続ける。


「教育支援を入れる話だ。

読み書きと、簡単な職業訓練を」


「堅実ですわね」


クラリスはゆっくりと言った。


「寄付だけでは、長くは続きませんもの」


「君もそう思うか?」


「ええ」


「そうか」


ルシアンは再び資料をめくり、視線を落とした。


紙の擦れる音だけが、静かに部屋に響く。


(殿下はお忙しいの……

仕方がないわ……

仕方がない、けれど……)


「……クラリス?」


視線に気づいたルシアンが、顔を上げる。


「どうかしたのか?」


クラリスは一歩、彼に近づいた。


「……殿下」


扇を持つ指先に、わずかに力がこもる。


「殿下は……わたくしと会えなくて、寂しく思っていらっしゃいましたか?」


「……え?」


ルシアンは一瞬、言葉を失った。


クラリスは視線を逸らさない。


ルシアンは少し考えるように目を伏せ、それから口を開く。


「……寂しくないわけではない」


少し間を置いて、続ける。


「だが、今は余裕がない」


クラリスの眉が、ぴくりと動いた。


「……それは、どちらなのです?」


ルシアンが顔を上げる。


クラリスは扇を握りしめた。


「寂しいのですか、寂しくないのですか」


ルシアンは言葉に詰まる。


「クラリス、僕は――」


「もう……はっきり仰ってくださいませ!」


張りつめた声が、部屋に落ちた。


ルシアンは息をのみ、だが言葉を続けられない。


その様子を見て、クラリスはすっと息を吐いた。


「……もう結構です」


扇を閉じる。


「お忙しい殿下のお時間を、これ以上いただくのは失礼ですもの」


踵を返す。


「クラリス」


背後から呼び止める声が落ちた。


けれど、クラリスは振り返らない。


侍従が扉を開ける。

クラリスはそのまま部屋を出た。


扉が静かに閉まる。


執務室に残されたルシアンは、しばらく動かなかった。

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― 新着の感想 ―
 カレンさんの指摘を聞き流していいか怪しいからか、従者に聞いても心が完全に晴れず、着せ替えデートなどで見せた行動力を再起用して王宮に直接向かうクラリスさん。  王妃さんとの舌論戦になることなく、ルシア…
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