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公爵令嬢クラリスの矜持  作者: 福嶋莉佳
二章

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第9話

宮内省の回廊を歩きながら、ルシアンは書簡をもう一度見た。


『第二王子殿下主導 孤児院支援検討会』


ルシアンは小さく息を吐いた。


(聞いていない)


いや、思い返せば。


王妃の茶会で、確かに話は出た。


――孤児院の支援を。

――若い世代が王家の理念を体現する。


「……あれか」


あの場で「考えてみます」と答えた。


だが――。


(いつの間に会議になった)


しかも主導。


ルシアンはこめかみを押さえた。


(また仕事が増えた……)


陪席だけでも手一杯だというのに。


書簡を折り、懐に戻す。


会議室の扉の前で、侍従が静かに頭を下げた。


「殿下、お待ちしておりました」


扉が開き、

ルシアンは中へ入った。


そして――足を止めた。


そこにいたのは、クラーラだった。


(……なぜここに)


一瞬だけ思考が止まる。


だがすぐに、机上の書類と顔ぶれを見て理解する。


(……王妃殿下か)


孤児院支援の話に、クラーラを同席させる。

むしろ当然の人選だ。


ルシアンは表情を変えずに一歩進む。


クラーラはすでに立ち上がっていた。


「殿下」


静かに一礼する。


「クラーラ嬢」


ルシアンも短く応じながら、

机上の書類へ視線を落とした。



宮内省小会議室の長机の上には、

書類が整然と並べられていた。


宮内省の官吏が一歩進み出る。


「それでは、孤児院支援検討会を始めさせていただきます」


ルシアンは席につきながら、軽く頷いた。


視線の端で、クラーラが姿勢を正している。

少し緊張しているようだった。


官吏が書類をめくる。


「まず、現状のご報告から」


机の上に地図が広げられる。


「現在、王都および近郊には孤児院が七か所ございます」


紙を指し示す。


「登録児童は百二十三名。

ただし――未登録の子どもを含めれば、もう少し多いと考えられております」

  

一拍置いて、続ける。


「主な運営は教会と寄付によって成り立っておりますが、

 冬の衣料不足と、読み書き教育の不足が問題となっております」


ルシアンは静かに頷いた。


「……なるほど」


官吏は続ける。


「つきましては、いくつか支援案をご用意いたしました」


書類が配られ、

ルシアンは書類に目を落とす。


そのとき、官吏がクラーラへ視線を向けた。


「クラーラ嬢は、すでに孤児院で教育活動をされているとか」


クラーラは静かに頷いた。


「読み書きと、簡単な刺繍を教えています。

 将来、子どもたちが困らぬようにと思いまして」


官吏は感心したように頷く。


「現場のご意見として、どの支援が有効とお考えでしょう」


クラーラは少し考え、

それから、ゆっくり口を開く。


「寄付は、とてもありがたいものです。

 ですが……それだけでは、長くは続きません」


周りを見渡す。


「読み書きと、働くための技術があれば、

 子どもたちは、自分で生きていけます」


官吏たちが互いに視線を交わす。

一人が小さく頷いた。


「……教育支援と職業斡旋の併用、ということですな」


クラーラは頷いた。


ルシアンはその様子を見ていた。


(……よく見ている)


現状だけではなく、

子どもたちの先を見ている。


ふと、茶会での姿を思い出す。


あのときよりも、ずっと落ち着いている。


官吏がルシアンへ向き直る。


「殿下。

 王家として、どのような形で関わるかが重要となります」


書類を示す。


「殿下のお名前が後援につけば、商会も動きやすくなります」


ルシアンは一瞬、黙った。


(王家の名……)


軽いものではない。


顔を上げると、

視線の先には、クラーラがいた。


ルシアンは書類を閉じた。


「……まずは、

 王都の孤児院で試験的に導入しよう。

 教育支援と職業斡旋。

 成果を見て、他の地域へ広げる」


官吏が深く頭を下げた。


「承知いたしました、殿下」


クラーラは思わず顔を上げる。


ルシアンはそれに気づき、わずかに目を細めた。


(……まあ)


小さく息を吐く。


(やるからには、きちんとやろう)



会議が終わり、官吏たちが書類をまとめて退室していく。


小会議室には、ルシアンとクラーラだけが残った。


ルシアンは椅子から立ち上がり、軽く息を吐く。


「……急に呼び出してすまない」


クラーラは小さく首を振った。


「いいえ。孤児院の話でしたから」


「正直に言うと、僕もさっき知った」


「え?」


「“主導”らしい」


クラーラは思わず笑った。


「殿下でも、そういうことがあるのですね」


「よくある」


ルシアンは肩をすくめる。


一瞬、沈黙が落ちた。


クラーラが静かに言う。


「でも……よかったです」


「何が?」


「孤児院の話が、ちゃんと聞いてもらえて」


ルシアンは少しだけ視線を落とした。


「……君は昔からそうだな」


クラーラが瞬く。


「誰も見ていないところを、先に見る」


クラーラは少し困ったように笑った。


「そんな大したものではありません」


「いや」


ルシアンは小さく言う。


「大したものだ」


それから、ふと思い出したように続けた。


「時間があれば、視察に行こうと思う」


クラーラの目が少し大きくなる。


「……よろしいのですか?」


「主導らしいから」


ルシアンは苦笑した。


「せめて、現場くらい見ておかないと」


「でしたら、案内いたします」


「頼む」


二人の間に、静かな了解が落ちた。

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― 新着の感想 ―
 クラーラの旦那さん、ぼやぼやしてると恋愛と違う意味でルシアンさんとクラーラの距離の縮まりを許してしまいそうですねえ。誤解招きかねないレベルで……。  やる気が過剰なクラーラさんと、元々控え目すぎるう…
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