第07話 洗濯もできます
砦の半分をぴかぴかにした次の日――ぼくには、新しいお手伝いが見つかった。
「…………いっぱい」
目の前に、大きな山がある。
でも、土の山でも石の山でもない。
服だ――白いシャツに、黒っぽいズボン。騎士さんたちが着ている制服。それから大きな布や靴下まで、大きな籠から溢れて床にまで積み上がっている。
「これ、ぜんぶお洗濯なの?」
「ああ」
近くにいた騎士さんが、げっそりした顔で頷いた。
「昨日の訓練と討伐で、一気に増えちまってな」
「たいへん?」
「そりゃもう大変だ。百人以上いるからな」
「ひゃくにん……」
そうだった。ここには、とってもたくさんの騎士さんがいる。
ということは、毎日とってもたくさんの洗濯物が出るんだ。
「いつもどうしてるの?」
「当番で洗うんだよ」
騎士さんが遠い目をした。
「手で?」
「ああ」
「これ全部?」
「……ああ」
「かわいそう……」
ぼくは洗濯物の山を見上げた。
おばあちゃんと二人だった頃でも洗濯は少し大変だったのに、それを百人分なんて。
「ぼく、やる!」
「え?」
「お洗濯!」
「いやいやいや、さすがにこれは無理だって。お前みたいな小さい子じゃ――」
「だいじょうぶ!」
「でもなぁ」
「ぼく、お洗濯得意!」
胸を張りながら答えた。
お掃除も上手にできたから、きっとお洗濯も役に立てるはずだ。
「昨日、ガルドおじさんも危なくないお手伝いならいいって言ってたもん」
「団長が?」
「うん!」
「…………なら、まあ」
騎士さんが困ったように頭を掻いて、ぼくを見た。
「無理はするなよ?」
「はーい!」
許可をもらった。ぼくは早速、洗濯物の山の前にしゃがみ込む。
一枚、手に取ってみた。
「わ、泥だらけだ」
そのように言いながら、洗濯物を見つめる。
「あれ? 袖が破れてる」
「ああ。それは昨日の討伐でやられたやつだな」
「着られないの?」
「縫えば使えるだろうけど、あれだけ裂けてるとなあ。補修係に回すしかない」
「ふーん……」
おばあちゃんの服もたまに破れていて、そのたびにお洗濯ついでに直していたけれど。
「じゃあ、一緒でいいね」
「ん?」
「なんでもない!」
破れた服も山へ戻した。
汚れたものは、まとめてきれいにお掃除すればいい。
「よーし!ちょっと離れててね」
「お、おう」
ぼくは杖を取り出した。
昨日のお掃除は風が強すぎたから、今日はちゃんと加減しよう。
「きれいにして……」
汚れを落とす。汗の匂いもなくし、そして破れたところも元通り。
お日さまの匂いがするくらい、ふわふわにする。
「《洗濯》!」
次の瞬間、ぽうっ、と杖の先から淡い光が広がり、洗濯物の山を包み込んだ。
「おお……?」
騎士さんが声を漏らす。
泥が消え、黒ずんでいた襟が白くなり、汗や血の染みもするすると消えていく。
そして――びりびりに裂けていた袖が、ひとりでに動き出した。
――しゅる、しゅるる。
糸が伸びるように布が繋がっていく。
穴の開いていたズボンも、ほつれたシャツも、全部元通りだ。
最後に、ふわっと温かい風が吹いた。
「できた!」
洗濯物の山から、お日さまみたいないい匂いがする。
ふふっと笑いながらぼくはおじさんのところを振り向いた。
「…………」
「おじさん?」
「…………」
「終わったよ?」
「……ちょっと待ってくれ」
騎士さんが一枚の制服を持ち上げた。
それはさっき袖が破れていた服だ。
「これ……」
「きれいになったでしょ?」
「そうじゃない」
「?」
「直ってる」
「うん」
「なんで?」
「お洗濯したから」
「洗濯で服は直らねえよ!」
「えっ、直らないの?」
「普通はな!」
「…………」
それは、知らなかった。
おばあちゃんの服はいつも直っていたから、お洗濯ってそういうものだと思っていた。
「でも、破れたままだと困るよ?」
「そりゃ困るけど!」
騎士さんが頭を抱えたその時。
「朝から何を騒いでいる」
「あ」
「ガルドおじさん!」
聞き覚えのある低い声とともに、ガルドおじさんとカイルお兄ちゃんがやってきた。
「おはよう!」
「ああ……リオ、今度は何をした」
「今度はって何?」
「……いや、いい」
ガルドおじさんが洗濯物を見る。
「これは?」
「お洗濯したの!」
「そうか」
昨日のことがあったからか、今日はあまり驚かなかった。
「――団長」
騎士さんが制服を差し出した。
「こいつ、昨日の討伐で裂けた制服です」
「ああ、覚えている」
「見てください」
「…………」
ガルドおじさんが服を見て、しばらく黙った。
「……新品か?」
「昨日まで俺が着てたやつです」
「…………」
ガルドおじさんが、ゆっくりぼくを見る。
静かに、何かを訴えるかのように。
「リオ」
「はい!」
「何をした」
「だから、お洗濯だよ?」
「洗濯で破れた服は直らん」
「そうみたい」
「今知ったのか」
「うん!」
ガルドおじさんが額を押さえた。
カイルお兄ちゃんは別の服を確認している。
「団長、こっちもです」
「何だ」
「穴がなくなってます。それに、このズボンも」
「……全部か?」
「はい、多分」
いつの間にか、ほかの騎士さんたちも集まっていた。
「おい、これ俺の制服だ!」
「昨日、魔物に裂かれたやつだぞ!?」
「こっちは血の染みまで消えてる!」
「待て、俺の靴下の穴も塞がってる!」
「それはどうでもいいだろ!」
みんながワイワイと騒ぎ始めた。
ぼくはちょっと嬉しくなる。
「役に立った?」
「…………」
「……立った」
「ものすごく立った」
「本当?」
「ああ!」
「やった!」
ぼくは両手を上げた。
「じゃあ、これから毎日ぼくがお洗濯するね!」
「待て」
笑顔でそういったのに、ガルドおじさんに止められた。
「なに?」
「毎日はしなくていい」
「でも、いっぱい出るよ?」
「だからといって、お前一人に任せるわけには――」
「団長」
騎士さんが真剣な顔で言った。
「何だ」
「……お願いしてもいいんじゃないでしょうか?」
「お前」
「俺たちの自由時間が二時間は増えます」
「団長」
「駄目だ」
「団長!」
「子供に百人分の洗濯を押しつけるな!」
ガルドおじさんのその言葉を聞いて、騎士さんたちとしょんぼりしてしまった。
「だいじょうぶだよ?」
「お前も乗るんじゃない!」
「でも、ぜんぜん疲れないよ?」
「そういう問題ではない!」
「じゃあ、たまに?」
「…………」
「お手伝いで」
「…………」
「…………だめ?」
いつの間にか、悲しくなっちゃった。
僕の目には少しだけ、涙が出ていたみたい。
ガルドおじさんが黙り、カイルお兄ちゃんが笑いを堪える。
「団長、昨日と同じ顔してますよ」
「うるさい」
長い長いため息が吐き出された。
「……たまにだ」
「やった!」
「毎日は駄目だぞ」
「はーい!」
ぼくが元気よく返事をすると、周りの騎士さんたちから小さな歓声が上がった。
「よっしゃ!」
「洗濯当番から解放される日が!」
「リオ様!」
「様をつけるな!」
ガルドおじさんの怒鳴り声が響き、みんなが笑った。ぼくも一緒に笑う。
お掃除の次は、お洗濯、ちゃんとみんなの役に立てた。
おばあちゃん、ぼく、ここでもちゃんとお仕事できてるよ。
そう思っていたら。
――ぐううう……。
「…………」
「うう……お腹すいた」
恥ずかしくなって、ぼくはお腹を押さえた。
カイルお兄ちゃんが吹き出す。
「そういや、まだ朝飯前だったな」
「朝ごはん?」
「ああ、食堂へ行こうぜ」
「しょくどう?」
「みんなで飯を食べる場所だよ」
「みんなで?」
百人の騎士さんたちと?
「行きたい!」
「よし、決まりだ」
ぼくはカイルお兄ちゃんの言葉を聞いて、笑顔になるのだった。
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