第06話 ぼく、お掃除できます!
次の日の朝。ぼくは、いつもと違う天井を見上げて目を覚ました。
「…………あ」
一瞬、ここがどこなのか分からなかった。
ここは、おばあちゃんのお家じゃない。いつもの木の天井じゃなくて、灰色の石でできた天井だ。
ベッドも大きいし、窓から入ってくる朝の光も、いつもと少し違う。
「あ、そっか……騎士さんのお家だ」
昨日、ガルドおじさんたちと一緒に森を出たんだった。そう思ったら、急にわくわくしてきた。
ぼくは毛布をめくって、ベッドから降りる。
「よいしょっ」
着替えて、顔を洗って、使った毛布もきちんと畳む。
おばあちゃんから、朝起きたら自分のことは自分でやりなさいと言われていたからだ。
「できた!」
次は――昨日、ガルドおじさんからちゃんと許可をもらった。
「お手伝い!」
ガルドおじさんに言われたことがある。
危ないことは駄目、重いものも駄目、剣に触るのも駄目、砦の外へ一人で出るのも駄目——だったら、お掃除なら大丈夫だ。
ぼくは部屋の中を見回した。
「……ここからにしよう」
昨日は暗くて気づかなかったけれど、窓の隅に少し埃がたまっている。床にも泥の跡があった。
「よーしっ!」
ぼくは杖を取り出した。おばあちゃんのお家でも、毎朝やっていたことだ。
「《お掃除》!」
杖を軽く振った瞬間だった。
――ふわり。
優しい風が部屋を駆け抜けた。
床の埃が消え、窓がぴかぴかになって、そして泥の跡もなくなった。
ベッドの下に入り込んでいた小さなごみまで、全部きれいになるのをぼくは確認した。
「うん!」
いつも通りだ!
「次!」
ぼくは部屋を出ると、廊下にも誰もいなかった。
まだ朝が早いからかな?
「…………」
長い廊下を見ると、昨日は気づかなかった。
「……ちょっと汚れてる」
石の床には、靴についた泥、壁の隅には蜘蛛の巣、窓も少しくもっている。
「こんなに広いから、お掃除する人も大変なんだ」
それなら、ぼくがお手伝いすれば喜んでくれるはず。
「《お掃除》!」
今度は少しだけ強めに杖を振った。
――ふわあっ!
「わっ!」
風が廊下を走り、ぼくの銀色の髪も、ふわっと持ち上がった。
風は床を撫で、壁を駆け上がり、天井まで届いて――。
――すうっ。
全部の汚れが消えた。
「おおー」
床がすごく、ぴかぴかになった。
窓も透明になって、朝日がいっぱい入ってくる。
「きれい!」
思わず、嬉しくなった。
これなら、ガルドおじさんも褒めてくれるかもしれない。
「もっとやろう!」
▽
「ふんふんふーん」
ぼくは鼻歌を歌いながら砦を歩いた。
「《お掃除》」
食堂の前で。
「《お掃除》」
階段で。
「《お掃除》」
廊下で。
「《お掃除》!」
玄関で――どんどんきれいになるし、楽しい。
おばあちゃんのお家は小さかったから、すぐに終わってしまったけど、ここはとっても大きい。
「お掃除するところ、いっぱい!」
お手伝いし放題していると、やがて外へ出てしまった。
「わぁ……」
朝の砦は、昨日より静かだった。
でも、もう起きている騎士さんもいる。
向こうでは何人かが朝の訓練をしていた。
ぼくは邪魔にならないように、中庭の端へ行く。
「ここも汚れてるなぁ」
石畳には泥があって、隅には枯れ葉がある。壁には黒い汚れがいっぱいついていた。
「これは大変だ」
かなり広い。
普通の《お掃除》だと何回もやらなくちゃいけない。
「じゃあ……」
ぼくは杖を両手で持った。
おばあちゃんが、年に一度のお家の大掃除で使っていた方法だ。
「ふふ、ちょっと大きくしよう」
目を閉じ、砦全体を思い浮かべて。
「きれいに、きれいに……」
杖の先が、ほんのり光った。
「《お掃除》!」
――ぶわっ!
「わぁっ!」
予想より強い風が吹き、中庭いっぱいに風が広がっていく。
枯れ葉が舞い上がって、砂埃が空へ昇っていく。
「な、なんだ!?」
「敵襲か!?」
「風!?」
すると、騎士さんたちが騒ぎ始めた。
でも、風はすぐにおさまった。
「…………」
静かになったので、ぼくは目を開けた。
「……あれ?」
なんだか、すごく明るい。
さっきまで黒ずんでいた石畳が、白っぽくなっている。
泥もなければ、枯れ葉もない。
壁についていた黒い汚れまで全部消えていた。
「できた!」
ぼくは嬉しくなった。
「おーい、リオ!」
「あ!」
カイルお兄ちゃんだ。
建物から走ってくる。
「おはよう!」
「おはよう……じゃなくて!」
ん、どうしたんだろう?
カイルお兄ちゃんは、ぼくの前で急停止した。
「今の風、何だ!?」
「お掃除だよ?」
「……掃除?」
「うん!」
ぼくは杖を見せる。
「《お掃除》したの!」
「…………」
カイルお兄ちゃんが中庭を見る。
ぼくをみて、もう一度、中庭を見る。
「これを?」
「うん!」
「一人で?」
「うん!」
「…………」
「カイルお兄ちゃん?」
「リオ」
「なあに?」
「普通の掃除っていうのはな」
「うん」
「箒とか雑巾とかを使うんだ」
「知ってるよ?」
「じゃあ、なんで砦が新品みたいになってるんだ?」
「?」
ぼくも周りを見て答える。
「えっとね、いっぱいお掃除したから?」
「そういう問題かなぁ……」
カイルお兄ちゃんが頭を抱えた。
するとそこへ現れたのは、ガルドおじさんだった。
「……朝から何の騒ぎだ?」
「あ、おはよう、ガルドおじさん!」
「ああ……ん?」
ガルドおじさんが止まった。
中庭を見みて、壁を見みて、そして最後に地面を見る。
「…………」
「どうしたの?」
「カイル」
「はい」
「俺はまだ寝ているのか?」
「安心してください。俺にも同じものが見えてます」
「昨日まで、あの壁は黒かったな?」
「黒かったですね」
「石畳には泥がこびりついていた」
「三日前の雨からずっと」
「窓も、あんなに透明ではなかった」
「たぶん設置されて以来、一番きれいです」
「…………」
二人がぼくを見た。
ぼくは笑って二人を見た。
「リオ」
「はい!」
「何をした」
「お掃除!」
「どうやって」
「魔法で!《お掃除》っていう生活魔法だよ!」
「……生活魔法?」
「うん。ガルドおじさん知らないの?」
「知っている」
「じゃあ同じだね!」
「同じではない」
「?」
何が違うんだろう。思わず首を傾げてしまった。
そこへ騎士さんたちも集まってきた。
「なんだこれ……」
「壁の苔まで消えてるぞ」
「おい! 俺の鎧も光ってる!」
「こっちは剣の錆が消えてる!」
「待て、食堂まで綺麗になってるぞ!?」
周りが、どんどん騒がしくなる。
「…………」
ぼくはちょっと不安になってしまった。
もしかして、やってはいけない事だったのだろうか?
「ガルドおじさん」
「なんだ」
「……お掃除、しちゃ駄目だった?」
「…………」
「昨日、お手伝いしていいって言ったから……ごめんなさい」
少し、悲しくなっちゃった。
元に戻した方が良いのかなと考えていた時だった。
「いや」
大きな手が頭に乗った。
その手はガルドおじさんの手だった。
「怒ってはいない」
「ほんとう?」
「ああ」
「じゃあ、きれいになって嬉しい?」
「……まあ、そうだな」
「よかった!じゃあ、まだ向こうが残ってるから――」
「待て」
もう一度やろうとおもったら、肩を掴まれた。
「?」
「もう十分だ」
「でも、まだ半分くらいだよ?」
「半分?」
「うん!」
ぼくは砦の奥を指さした。
「あと半分お掃除したら、全部ぴかぴかになるよ!」
「…………」
ガルドおじさんとカイルお兄ちゃんが顔を見合わせる。
周りの騎士さんたちも静かになった。
「――団長」
「言うな」
「この子……」
「言うな」
「普通じゃないですよね?」
「…………俺も今、それを考えていた」
「?」
ぼくは首を傾げた。
普通じゃない?
「ぼく、ちゃんとできてなかった?」
「逆だ」
ガルドおじさんが深いため息をついていた。
「できすぎている」
「……?」
そんなの、ぼくにはよく分からない。
お掃除は、きれいになれば成功だ。
「じゃあ、成功?」
「……ああ」
「やった!」
ぼくは杖を握って笑った。
おばあちゃん、ぼく、ちゃんとお手伝いできたよ。
だけど、ぼくはまだ知らなかった。
普通の生活魔法《お掃除》で綺麗にできるのは、せいぜい小さな部屋一つくらいだという事を。
砦の半分を一度に磨き上げるなんて、誰にもできないという事を。
そしてこの日から、北方辺境騎士団の人たちが、ぼくを見るたびに。
「……本当に六歳なんだよな?」
と、不思議そうな顔をするようになった事をまだ、知らない。
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