08 プロジェクト:ヨトゥン
災害に生き残っていたのは、民間レベルの避難者達だけでは無かった。
国家やソレに準ずる機関にも、非常時に備えていた場所は存在する。
ただ、民間とは違い公的機関には、己が高尚な立場や行為をしている者だと勘違いしている者が存在し、実際に少なくない。
『豚もおだてりゃ木に登る』や『天狗になる』『虎の威を借る狐』ではないが、人間とは自分を見失う愚かな存在なのだ。
だからだろうか?公的機関にも関わらず、秘密や違法・非道徳的な行為に走る者が、どうしても存在している。
そんな愚か者達の一つに、北欧の国立研究所があった。
元々の研究内容は人類の将来を願っての物だが、現在の法律や倫理観では受け入れられない人体実験を含むので秘密裏かつ閉鎖的に行われていた。
なので、施設は外界と遮断されており、中長期的な閉鎖空間となっていたのが幸いして、非常時の避難場所ではなかったが、この異常事態に生き残れたらしい。
この研究所の研究内容は、簡単に言えば人間の延命化だ。
一つは、人間の意識と記憶をデジタル化してコンピュータに移植し、永遠の生命体を作る事。
一つは人工冬眠。
そして、もう一つは人工子宮の開発だ。
「この技術が完成すれば、人類は数光年先の天体をも開拓でき、移住する事も可能になる。永遠の繁栄が約束されるのだ!」
【永遠】や【無限】を口にする段階で、科学者としては失格なのだが、先に述べた様に人間とは、愚かな存在なのだから仕方がない。
とは言え、その技術が実現すれば、確かに人類は飛躍的な成長を遂げるのも間違いない。
ただ、その過程では、遺伝子操作や人体実験などが必要ではある。
「何を言っているんだ?ウイルス進化や交叉と言った遺伝子操作は、自然界でも行われているじゃないか?分かってないかも知れないが、家畜や作物の品種改良だって、人為的な遺伝子操作に他ならない。人体実験?新薬の臨床試験の何処が人体実験じゃないと言うのかね?」
ここまで言われれば、【我々の常識】の方が無知と偏見に満ちた物に見えてくる。
彼等の頭の中には『終わり良ければ全て良し』か『バレなきゃ良いんだよバレなきゃ』『人類の未来の為には多少の犠牲は仕方ない』との考えしか無いのかも知れない。
研究者の精神面は兎も角、宇宙開発においては、超光速航法が開発されない限り、遠方にある地球環境に似た惑星に到着するのには数百年を要する。
当然、人間の宇宙航海士は生きて到達できないので、宇宙船の中で世代交代を行うか人工冬眠が必要になる訳だ。
だが、世代交代には大量の物資が必要となる為に、合理的なのは高度な自動操縦と人工冬眠となる。
そして、地球に似た惑星に到着しても環境は全く同じではないので、人間が生きていく事は難しく、惑星の改造が必要になるだろう。
その大変長期に及ぶ惑星改造には、長寿で環境の変化に負けない肉体を持ち、人間の知能、または人間に近い知能を持った存在が必要となる。
ロボットか、それに準ずる存在の活躍により、惑星が人類の生存に適した状態になっても、移住者が少なければ文明は維持できない。
だからと数千人を人工冬眠させるには、システムの規模も馬鹿にはできない。
かと言って、乗務員に女性を入れても、一人が産める数には限りがある。
アダムとイヴ神話ではないが、その結果として近親結婚が必要になるのは、遺伝学的にも避けるべきだ。
そこで役立つのが、成人した人間の記憶と精神をコピーしたロボットと、凍結された精子と卵子。それと人工子宮なのだ!
産まれた子供も、五・六歳になれば弟妹達の面倒が見れる。
宇宙船設備の使い方と文化を伝えれば、パイロットの死後も遺伝子の異なる子供が産まれ続け、古代的な集落が出来上がるだろう。
大まかに言って、これが研究者達の目標だったのだ。
しかし、この様に宇宙を目指していた者達の研究も、地球の全球凍結によって方向転換を余儀無くされた。
「精子と卵子の冷凍保存は完成している。人工子宮と維持運用する不死の人類を完成させ、氷河期が過ぎた後の人類復活をめざそう」
民間は勿論、公的機関でも、この環境下で入手できる物資には限界がある。
凍結が終わるのが早いか?物資が尽きて人類が死滅するのが早いかは、判断がつかない。
天文学的事象は数秒で終わる事もあれば、数万年続く事もあるからだ。
悲しい事に、未熟な人類天文学はソレを知りうるレベルに無いからだ。
ただ、過去の全球凍結から、この氷河期状態が直ぐには終わらないと判断し、遥か未来での復活プロジェクトに移行したのは、慧眼だったと言えるだろう。
まぁ、ロケットも飛ばせない状況で、宇宙の彼方へ行く準備をしても仕方がないと考えたのが本音ではあるが。
さて、精子と卵子の冷凍保存は周知ではあるだろうが、人工子宮やコンピュータへの人格移植は夢物語りと思っている者が世間には居るだろう。
だが、特定部位の細胞をクローン培養する方法は確立されているし、ソレを使って臓器自体を作るのも近いとされている。
また、ロボットへの人格移植の方は1927年の映画【メトロポリス】で既に考えられており、現実では21世紀初頭に日本の東京大学でも脳情報をコンピュータへコピーする研究がなされている。(当時の准教授:渡邊正峰)
「我々の生存と開発に必要な物資には限りがある。これは時間との戦いだ。無駄なく迅速にプロジェクト【ヨトゥン】を発動する」
【ヨトゥン】とは、北欧神話に登場する存在で、日本では【霜の巨人】とも表記されている。
神話の神々オーディン達が現れる前から凍った世界に住み、超人的な強さをもった大自然の精霊の集団の一員だ。
古ノルド語ではjǫtunn(ヨツン、ヨトゥン、ヨートゥン)といわれている。
北欧では原初の存在とされているが、現在の凍った地球で活動する存在を生み出す科学者達には、丁度良いネーミングと言えた。
現実の地球でも全球凍結の様な事があり、神話と同じ環境が有ったのならば、この神話も何かの比喩だったのかも知れない。
「平行して人工冬眠の開発も、これまで通り行う。ロボットは人の形に拘る必要が無いが、冬眠から覚めた者や新生児とのコミュニケーションも含めて、できるだけ人間に近付けたい」
「目的は変われども、やる事は同じっと」
ロボットの形を人間に近付けたいと願うのは、精神面の渇望が殆どである。
群れ生物でもある人間が、人の姿に親近感を覚えるのも確かだが、弱い自分が強くなりたい願望から巨大人型ロボットに感情移入をする子供に有りがちな特長もソノ一つだ。
だから、ロボットには不必要な顔や目を付けたがる。
大人では性欲の対称として、等身大ロボットを極限まで人間に近付けたセクサロイドを求める方に移行する。
他には、映画【サロゲート】の様に人間の動く外部端末として使うか、人間に化けさせる目的、人間サイズでしか活動できない車の代行サービスなどの一部でしか、二足歩行ロボットの必要性は存在しない。
「で、結局コノ形に成ったのか?」
「安定性と能力、倫理面を考慮した結果です」
「確かにコレなら、セクサロイドとして使いたがる者は希有だろう。電脳化被験者に性欲が無くなっても、新生児の性欲対称になっては、人類繁殖に差し支えるからな」
このプロジェクトが開発した不死の肉体は、神話の生物【ケンタウロス】に似た物となった。
人間としての面影と手の有用性は残しつつ、安定性と機動力のある四本足にしたのだ。
人間の生殖器や、プロポーションを思わせる造形は一切排除された。
「プロトタイプは昆虫のカマキリ似でしたが、流石に親近感に欠けるので」
そもそも、人間が二足歩行なのは『神の似姿』という宗教的視点を除けば、元の生物が四本足だった為だ。
それ故に、前足を便利に使う上で直立時の不安定さを甘受したに過ぎない。
元が六本足の昆虫類が前足を発達させたカマキリは、機能面から見れば理想的とも言える。
更には一応と言えど、飛行ユニットまで持っているのだから。
そして後に彼等は目的を達して、研究者自らを機械の身体に投じていった。




