06 地下鉄コロニーB
ちなみに、原発で東京に一番近いのは東海第二発電所(茨城県)で直線距離約110〜120km。
次が福島第一原子力発電所(福島県)と柏崎刈羽原子力発電所(新潟県)で約220km程度となる。
温暖な21世紀初頭の日本であれば道も整備されていて、車で行けば大した距離ではないと思えるのだろう。
だが、この時代では移動に数日かかり、道は険しく危険で落命の可能性すら有るのだ。
一旦、移動してしまえば、里帰りの様に個人の都合で往き来する事はできず、ほぼ終生の別れとなる。
「親の言い付けとは言え、そんなにアノ子が嫌だったのね?」
地下鉄で繋がっている東京圏内の往来とは、全く別物なのだ。
子供が親と別れて、その様な場所に行きたいと言い出すには余程の理由があるのだろう。
実際にアキラの方は姉弟かも知れない話を聞いていないのかも知れない。
母親のナターシャも、ミサキの父親がアキラの父親と思っていないかも知れないし、実際に違うのかも知れない。
または、姉弟だと知っていても、アキラのミサキに対する行動が優しさに見えないので、心配していないのかも知れない。
当然だがコノ様な場合、当事者に事実を聞く事は家庭崩壊や裁判沙汰になるし、遺伝子検査ができない御時世なので確かめようも無い。
ミサキの逃避行は、一番の安全策と言えた。
「確かに、アキラ君に関しちゃあ母親の影響か、アメリカ人気質が抜けてないみたいだからね」
「アメリカ人気質?」
外国人は数少ないので、ナターシャやアキラの言行は個性なのだと、ミサキは受け取っていた。
「アキラ君が彼氏って思ってたから悪くは言わなかったけど、【アメリカ人】ってか、【大陸の人間】って、外国に行っても自分達の文化をそのまま押し通すのが多いんだよ。中国人なんかは平気で食べかすを床に落としたり、食い散らかしたりトイレが有るのに道端で小便したり」
「嘘でしょ?ネズミじゃないんだから」
それは、この時代のミサキが見たこともない人間の行為だった。
「最近は居ないけど、私が子供の頃は外国人が多くてね。日本の法律やモラルを守らないくせに権利だけは主張して、事あれば【差別だ!俺の自由だ】って騒ぐし」
「治法国家に本当の意味の【自由】なんてあるわけ無いじゃない。馬鹿なの?いや、日本に住んでた人の子孫だよね?同国人の隔離施設にでも居たの?その御先祖達も日本の文化が嫌いなら帰国すれば良かったのに?」
情報の溢れ返っていた時代に日本に来た人達の子孫とは思えない行動だ。
昔で言う【村】の様になった生存者集落は、外界の情報が入らず、文化は均一化されていく。
その為に、個々の文化を尊重した自由な時代や、その名残りが残った行為は、カルチャーショックでしかない。
「気に入らない事があれば距離を置くのではなく、直ぐに暴力を振るうのが多文化への侵略を繰り返した大陸民族の特長なのよ」
「アキラが暴力振るうのは、それかも?それに大陸と言えば確か、隣の中国と朝鮮なんかは日本にも攻めてきたし、ヨーロッパの方まで侵略の手を広げたって歴史で見たことあるけど」
モンゴル帝国時代に現中国全土の征服を終えた彼等は属国の朝鮮と共に、日本にも軍を送り、西はヨーロッパの地中海まで征服していた。
まさに【世界征服】の勢いと言える。
つまり、その範囲の人間は少なからず、侵略者の血を受け継いでいると言って間違いがない。
「ナターシャの祖国アメリカだって、保護と称して地球の反対側まで植民地広げたし、イギリスやヨーロッパも東南アジアまで植民地化してたのよ」
「なんで、他人の領分まで犯そうとするかなぁ?自分の国だけじゃ生きていけないわけじゃないんでしょ?」
「それに、わざわざ日本に来て、アレを喰うなコレの料理法が違うとか、押し付けがましいったらありゃしない」
「オバチャンも、外国人系の人と何かあったんだね?」
詳しく聞くと、更に長くなりそうなので、ミサキは話題を変える事にした。
「私が原発に行きたいって考えたのは、ここの食堂はオバチャンの娘が居るし、地下鉄じゃあ【食堂】の競争率が高いからね」
「そうかい?淋しくなるけどね」
自分の娘の事を出されては、オバチャンに無理強いはできない。
ミサキ自身も両親と別れるのが淋しくない訳ではないが、料理以外には取り柄もない彼女にはチャンスとも言える。
「それに私も、そろそろ結婚したいけど、近所じゃあアキラを筆頭にロクな男が居ないから、新天地で探したいんだよねぇ」
「確かに、子供の頃から知ってる相手じゃ、トキメキも無いからね」
この辺りでは、料理の得意な娘はミサキ以外にも居るし、正直に言って近所の同年代には男性としての魅力を感じないので、環境を変えるのも手だった。
地下鉄内での婚活パーティーも有ったが、制限時間の割に人数が多すぎて、逆に話もできない。
結果的に近所で結婚相手を見つけるのが多くなるが、それは現地での情報の集め方が悪かったのだろう。
ミサキ達の話が一区切りした辺りで、食堂に数人の男性が入ってきた。
どうやら採掘作業が終わった様で、その中にはミサキの父親の姿も見える。
「お父さん!」
「おぉ!ミサキ。来てたのか?」
ミサキは、今まで話していたアキラの事も有ったが、気持ちを切り替えて声を掛けた。
「お父さんったら、給水忘れたでしょ?」
「あっ、悪い悪い。忘れてたよ」
ミサキが差し出すポリタンクを、父親は頭を掻きながら受け取った。
彼女が長話していたのも、元々はコレが目的であった。
「じゃあ私は、図書館に行くから」
「おいおい!ゆっくりしていけば良いのに」
「今日は太陽が出たから、ビデオを見るのよ。早く行きたかったけどお父さんが給水を忘れるから」
「ほんとゴメン」
ミサキは文句を言いながら食堂を後にした。
【図書館】とは、教育や娯楽の為に本や映像資料が集められた場所で、元々は地下の本屋跡だ。
当初、紙の本は全て燃料にされそうになったが、将来の娯楽と勉強の為に保管されたのだ。
勿論、複数ある余剰分の本は燃料に回されたが。
また、レコード店や個人の家から集められたDVDなどの映像メディアとプレイヤーも集められて、太陽光発電等で余剰電力がある時に限って使用される。
ミサキが利用しようとしたのは、今日の様な数少ないチャンスだった。
労働には、見合う対価が必要だ。
ソーラーパネルの除雪に関わった者には、その電力利用が優先されるのだ。
ミサキは今日の除雪が決まった時に、ビデオ機器使用の予約を入れていた。
予約を入れていたとは言え、使える時間は一時間に制限されているので、見れる作品も限られる。
「やっぱり、一話30分以内のアニメが無難よね。大抵が二話見れるし」
時間制限のある中で90分超えの映画などは言語道断。ドラマは50分で一話となるから、アニメが一番進展が楽しめる。
連続テレビドラマが気軽に見れていた世代からしたら、小説本やマンガよりビデオの方が人気に思うかも知れないが、年に数回しか見れない為に前回分の内容を思い出すのが辛い者も少なくは無いのだ。
ましてや『これ、去年に見た分だ』と思い出した時には、それからの交換も時間の無駄となる。
その為にビデオ鑑賞は、予約を取れなくても見れたりするが、ミサキは用心に用心を重ねるタイプなのだった。
彼女の様な利用者が少ない時にソーラーエネルギーは、緊急や短命メディアのコピー作業に当てられる。
経年劣化の為に、企業や個人が作ったデータの書き込まれたDVDの寿命は5年程度。
それに比べてパソコンなどのハードディスクは使用時間に寿命が左右される事が多いので、保存状況さえ良ければデータの延命が可能なのだ。
とは言え、そのハードディスクも内蔵している電子部品の経年劣化の為に、百年単位は保たないが。
それに比べて、映画などの市販ソフトは30年くらいの寿命があると言われている。
「続きを見るのは三ヶ月ぶりくらいよね。あのヒロインは、どうなったのかしら?」
ミサキは父親の淋しそうな顔を振り返る事もせずに、反対側の線路へと足を進めるのだった。




