02 ある晴れた朝B
地下で餓死した者達は誰も、それまでの常識として雪が降りやまないとは考えなかったからだ。
そして、日本や外国の政府救助機関も、全くと言って良いほど国民の末端には機能していなかった。
幸い日本の都心部では、地下鉄と地下連絡通路を使いビルの中にも直接行けたので、避難した地下から高層ビルの上層階を経由して地上へ出られ、広範囲移動が可能だった。
それで彼等は物資をかき集め、生き残る事ができたのだ。
そこに、醜い人間同士の争いが無かったと言えば嘘になる。
ただ、その当事者の多くは既に鬼籍に入っており、現在はほとんど事実を知らない者達となっている。
この時代も、長距離移動や物資の移送にはガソリン式の雪上車が使われるが、海外からの石油輸入が止まっているので、近距離の調査や作業には人力のパネルラダーが使われる。
ここから離れた工場プラントでは、大至急で電動の雪上車が開発されているが、実用には今一歩という所だ。
その丸まったパネルラダーが次から次へと、ビルの外壁に開けた穴から運び出され、広がったパネルラダーの上を人力で転がっていく。
これらの延長ラダーは、ビルの床に穴を開けて滑車で持ち上げた物だ。
滑車は東京では頻繁に行われていたビル工事の重機を分解して用意した。
エネルギー節約の為に、余程の事がない限りエレベーターは使われない。
この雪上梯子を作る作業中に、作業員から湯気が立ち上った。
彼等の防寒着は、人間の吐く息さえ保温に使う為に、通常であれば白い息等が立ち上る事は皆無だ。
それ故に、多くの班員が作業の手を止めて、湯気の方に目をやった。
『おいっ、何かあったのか?』
誰かが無線を飛ばした。
湯気の上がる方を見ると、班員の一人がフェイスガードを外して、別の班員の所に詰め寄っている。
『え~、ジュンイチより班長へ、ジュンイチより班長へ。コウジの無線機が急に発信出来なくなった様です。受信は可能みたいですけど』
『こちら班長。コウジの無線機がか?最近、寿命が来る無線機が増えてるな。仕方がない戻って交換させろ』
『了解、コウジに伝えます』
『ついでに、予備の無線機を二・三台持って来させろ』
『分かりました』
交信の後、立ち上る湯気の量が二倍に増えた。
コウジにも無線は聞こえていただろうが、万一の為にジュンイチもフェイスガードを外して指示内容を伝えているのだ。
パネルラダーを逆走する一人の姿を見送り、班員達は作業を再開した。
SF作品で、人間文明崩壊の数百年後にタイムスリップしたり、人工冬眠で未来に現れた人間が、過去の機械や電気製品を使うシーンがあったりする。
寿命のある生物と違い、機械などは永久不変に思われがちだが、現実は違うのだ。
現実では、物にも【耐用年数】というものがある。
電気製品では、特にコンデンサーという電子部品の寿命が短く、最低で5年。長くて10年位で使えなくなる。
50年後も使えれば奇跡的とも言える。
他にも、緑色の基盤が腐蝕したり、金属ケースの錆による回線ショートなど、経年劣化による使用不能原因は多いのだ。
例え使用していない予備部品でも、経年劣化には耐えられない。
原材料が入手できなかったり工場が止まれば、新しい部品すら望めないのだ。
他にも、巨大現代建築の主流であるコンクリートは、およそ60年から百年くらいで崩壊し始めるらしい。
酷ければ10年以内にヒビ割れが生じてくる。
日本最古の木造建築である【法隆寺】は、部分的改修があっただろうが、706年建立から二千年代の現在に至るまで健在である。
まぁ、管理の仕方によるのだろうが、意外と現代建築は脆いものなのだ。
『あ~あ、何で昔の人は大雪に対処した建築をしてくれなかったんだろうな?』
『確かに。全部の建物を地下で繋いでいたら、こんな苦労も無いのに』
『仕方がないよ。昔の人間は馬鹿だったんだから』
『そうだな。でなきゃ寒冷化の当初に物資を奪い合う戦いなんか起こして、七割も潰したりしないさ』
作業の最中、無線に過去への愚痴が飛び始めた。
『馬鹿のおかげで、俺達は辛い肉体労働だよ。ラダーってマジで重いよな!』
目的地まで地下トンネルが繋がっていれば、クレパスがあるかもしれない雪上を、ソーラーパネルのあるビルまで移動する手間が無い。
それだけでも、軽くて安全な移動ができたのだ。
除雪班の中にはクジ引きで、その様な地下で繋がったビルの除雪に当たった班も有る。
『仕方ないんじゃないか?昔の人間の大半は、自分達が氷河期に暮らしている事を知らなかったらしいぜ』
『本当なの?でも、勉強で使った昔の本には、ちゃんと【第四紀氷河時代の間氷期】って書いてあったよ』
情報過多と言われる20世紀以降も、多くの人間が氷河期中だという事を認識していなった。
『それにしても、晴れたのは久々だよなぁ。こんな天気が続けば、暖房も使いたい放題なんだろうけど』
地下生活では酸欠防止の為に燃焼系の多くは使えず、暖房も調理も電熱ヒーターを使っている。
それも電力的な使用制限があり、決して快適な生活とは言えなかった。
ソーラーパネルは元々の電力不足を解消する為に、近隣のビル屋上に移設したものだ。
『残念だけど、爺さんが言うには晴天は減るらしいよ』
『何か知ってるのか?』
『通信班が受信した内容だと、赤道直下の海も凍結しはじめて、白熊の餓死が発見されたとか言ってたらしい』
世界には、未だに幾つかの集落やシェルターが生き残っているらしく、定期的に衛星通信を行っている。
人間は孤独に耐えられないので、貴重な電力を使ってでも、隣人の存在を確かめたいのだ。
その無線では、各地の情報も入手できた。
『【赤道直下】って、地球で一番暑い所じゃ無かったっけ?』
『南極海とかの白熊が、そこまで移動してたなんて驚きだな』
白熊は極地で魚をとって暮らしているので、寒さには強い。
それでも、海面が凍結してしまえば潜る事ができず、地上に生物が皆無な現状では餓死するしか無いのだ。
『いやいや、赤道直下の海すら凍ってるなんて、本当に地球全体が凍ってるじゃん』
『地球考古学に書いてあった全地球凍結が再来って話はマジなのかよ』
ここでは仕事をする上で、子供達には最低限の教育をしている。
だが子供達は、その基本教育とは別に、より良い職種につく為、自主的に図書室/本屋に通って勉強をしているのだ。
『地球が冷えると言えば、確か西暦二千年くらいから、少し暖かくなったのを【地球温暖化】とか騒いで、国際的に地球を冷やす努力をしたとか?』
『氷河期に地球を冷やすとか、昔の人って本当に馬鹿なんじゃないの?』
毎日の雪に悩まされている彼等からしてみれば、当然の批評とも言える。
しかしながら、この地球寒冷化は少し原因が異なるのではあるが。
『おいおい!愚痴ってても暖かくはならないぞ。もっと手を動かせ!』
『はぁ~い』
無線は距離に関係なく届くので、全ての会話が班員全員に筒抜けとなっている。
『観測班より各班へ。観測班より各班へ。現在は晴天なれど、気象衛星の映像では晴天域が広くない。作業は安全に時間厳守で行う様に』
『ソーラー第二班、了解』
外出作業の全員に無線が飛んだ。
『コウジの件じゃないけど、無線機使えなくなったらヤバいじゃん?』
『そうなったら、みんなをロープで結ぶんじゃないの?』
この様な作業中の与太話も、手を止めなければ、定期的な点呼の合間の安否確認として容認されている。
近距離と言えど、雪上作業に無線機は必需品だ。
気が付けば隣に居たはずの者の姿が消え、クレパスの底に沈んでいたりするのだから。
サバイバルには【3の法則】と言う物がある。
・酸素が無ければ3分で死ぬ
・暑さ寒さに晒されると3時間で死ぬ
・水が無ければ3日で死ぬ
雪の中で動けなくなれば急激に体温を奪われ、3時間以内に救出されないと、ほとんど命が無いのだ。
彼等の使っている無線機は、VOXというハンズフリー発信機能を持っている為に、いきな頭を打って気絶でもしない限り悲鳴を上げて仲間に知らせる事ができる。
それ故に、この無線機の故障は命に関わると言えた。




