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01 ある晴れた朝A

デストピアSFです。

 これは、いつか起きるかも知れない災害の物語(SF)


 純白の雪でできた壁の一部が崩れ、スコップの頭が顔をだした。

 スコップは何度も雪を掻き出して1メートルにも満たない穴を開けると、代わりに飛び出したのはヘルメットを被った若い女性の頭だ。


「はぁ~っ眩しい。白い、広い、冷たぁ~い」


 まだ20歳に成りきれていない彼女の楽しみは、久々に晴れた外界を見る事だ。

 朝日に照らされた白銀の雪原に、純白の塔が建ち並ぶ風景は、滅多に見られない荘厳なものだった。

 彼女が頭を出した穴の直ぐ下から、その雪原は広がっている。


 彼女は、しばらく周囲を見回して笑みを浮かべていたが、その顔は次第に苦痛に歪みだしていった。


「流石に、これ以上は無理ね」


 顔の表面に氷の粒が浮かび、呼吸器が痛みを訴え始めた彼女は、ヘルメットのフェイスガードを下ろした。

 フェイスガードの見た目はフルフェイスヘルメットのバイザーの様だが、それは透明ではなく模様の様な絵が描かれている。

 このヘルメットにはカメラが付いていて、フェイスガード内側にモニターと無線機、ヒーターが付いているのだ。

 一見、21世紀までのスキー場に似た風景ではあるが、その気温は氷点下40度近いので、この様な装備が必要なのだった。


『ソーラー第二班より報告。第二班出口周辺に問題無し。屋外は晴天、太陽は浅斑(あさまだら)。外気温度は38度』


 女性が無線を飛ばして状況を報告する。

 勿論、気温の単位は【氷点下】だ。

 彼女は趣味と実益を兼ねて、この先見要員(せんけんよういん)をかって出たのだ。


『おいっ、ミサキ。早く退けよ。穴を広げられないだろう』

『分かったわよ。今、下がるからお尻を蹴らないでよ、アキラ』

『『お前ら、メインチャンネルで痴話喧嘩すんじゃねぇよ』』


 無線機のグループチャンネルで年配男性の声が叱責(しっせき)を飛ばしてきた。


『すみません』


 アキラと呼ばれた若い男性の謝罪が無線に流れる。

 叱責の主は目上の者なのだろう。


 若い女性(ミサキ)は這う様に後退し、穴の奥へと下がり。代わりに沢山の雪が穴から吹き出し始めて穴は人が立って通れる位に大きくなっていく。


 ここは南極の様な極地ではない。

 彼女が顔を出したのは、雪と氷に包まれた高層ビルの15階で、場所は東京駅前だったのだ。 

 下層は降り積もった雪で埋まり、建ち並ぶ白い塔は、このビル同様に雪に覆われた駅前ビル群だったのだ。


 掘られた穴の四面には、崩落防止用のパネルが設置され、屋外への簡易的トンネルが作られた。


『ソーラー第二班、パネルラダー用意しろ!』


 再び年配男性の声が無線機から聞こえる。

 恐らくは、穴から姿を現した大柄な者の発信だろうが、その顔はフェイスガードで覆われているので明確ではない。

 その手にはライフル銃を持ち、腰には拳銃も見える。

 だが、それで誰かを脅している形跡は無いので、保安の為だろう。

 服装は先程の女性と同じでエスキモー服の下にフルフェイスヘルメットを被ったタイプだか、年期が入っていて補修もされている。


 彼は上り始めた朝日を見てから、空を見上げた。


 一年の大半が猛吹雪に襲われているこの時代の東京でも、この日の様に晴れる日がタマにはある。

 しかし、太陽は前世紀に見えていた昼間の月ほどの光量しかなく、『眩しい』と言っても曇りの日くらいの明るさしかないので、明確な影は出来ない。

 そんな空でもレイリー散乱の為に青く見えるので、決して曇っている訳ではなかった。

 これが、この時代の【晴れ】なのだ。


『班長、パネルラダー持って来ました』

『よし!設置しろ』


 穴の奥から運び出されて来たのは、高さと幅が1メートル位の円柱形の物体だ。

 よく見ると、出てきた複数の人間のフェイスガードに描かれている模様は、皆違っていた。

 個人の識別は、顔を直接見て確認するのではなく、フェイスガードのイラストでしているのだ。


 班長と呼ばれた者は他の者に作業させ、指示や注意を促していく。

 顔は見えないが声の感じと体格から、年配者が若者を指導しているのだろう。


 エスキモーなどの服装を見ても分かる様に、極寒の地では屋外で素肌は勿論、顔を晒すのも躊躇(ためら)われる。

 できれば目元も隠したいが、それをしては活動できないので出しているのだ。

 当然、会話も儘ならない。


 その為に開発されたのが、このフェイスガードで、カメラはレンズが発熱硝子(ヒートグラス)で除雪処理されている。

 フェイスガード内側のモニターはカメラだけでなく、手元すら見えないブリザードの中でもGPS連動で基地へ帰投できるマルチモニターであり、音声認識で発信できるVOXと言うハンズフリー通信機をも内蔵しているのだ。

 その機能から電力を必要とするフェイスガードは、本場のエスキモーには不人気だが、極寒地の調査隊などには重宝された。


『よし!パネルラダー展開』


 一部をトンネルの足元に固定された円柱形の物体は、バームクーヘンか巻き寿司の【巻きす】の様に解かれ、雪の上に長く伸びていく。

 【パネルラダー】は、幅1メートル長さ10センチほどのプラスチック板を、幾つも梯子状にナイロンロープで繋いだ縄梯子だ。

 これで雪に掛かる圧力を分散し、沈み込みを防止している。


 それを複数繋いで、雪上を目的地まで移動するのだ。


 前世紀ならば、スコップ等で雪を左右に押し固めるか、除雪機で道を作るのだろうが、そんな事をする体力もエネルギーも、この時代には無い。

 雪の中にトンネルを作る事も試みられたが毎日降り続ける雪の重みで、穴が塞がる事故が起きたので、選ばれたのがパネルラダーだ。


 班長の男は伸びたパネルラダーを足で踏み込み、沈み具合を確認してから穴の方を振り返った。


『雪質は問題なし。これより移動を開始する。ソーラー第二班は全員、バッテリーとトランシーバーチャンネルを再確認しろ』

『了解』

『特にアキラ!グループチャンネルのセットを忘れるな』

『了解です!畜生、これもミサキのせいだ』




 簡易無線機は、通信周波数を同調(チューニング)しやすい様に【チャンネル】というものが設定されている事が多い。

 無線機の通信周波数帯は業務別に制限されている為に、使えるチャンネルにも限りがあって、通信の過密地帯では混信が起きやすかった。


 1950年代にアメリカのモトローラ社が、同一チャンネル内でも混信しないで個別に会話ができるトーンスケルチ(CTCSS)を開発して以来、【グループ設定】を使って十倍以上の個別通話が可能になり、そういった混信は著しく減ったのだ。

 この【グループ設定】は、同一周波数であっても、別グループの通信を聞く事も、通話する事も出来ない。

 ただ、同一チャンネルでグループ設定をしていない無線機では、全グループの無線を聞き取る事だけはできるので、複数の班で行動する時に総括隊長が非常時に備える事ができるのだ。


『やっぱりヒーター使っても、指先寒いわね』


 作業の為に防寒が甘い指先は、手袋に電熱ヒーターが入っていても冷たくなる。

 いくら経験のある者でも、この寒さでは愚痴の一つも飛び出してしまうのだ。


『お前には肉襦袢(にくじゅばん)有るじゃん』

『アキラってデリカシーも気配りもないわよね』

『オイオイ、また夫婦喧嘩が始まったよ』

『やめてよ!こんな男と結婚するくらいなら、工場プラントに行くわよ』

『・・・・そうかよ・・・』


 若年層には、愛情故にイジメ行為に走る者があるが、イジメをする方にもされる方にも、恋愛の自覚がないのが人間の不完全な所と言える。


 さて、そんな【ソーラー第二班】の目的は、近隣ビルの屋上に有るソーラーパネルの除雪だった。

 この地域は送電線が埋設型だった為に、今も原子力発電所からの送電は続いているが、その電力量は充分とは言えないので、たまに晴れた日は数少ない充電のチャンスと言える訳だ。

 夜間の内に移動しないのは照明に要するバッテリー節約も有るが、事故防止の為でもある。


 この班を含む除雪作業は、特に才能に恵まれた訳でもないが体力のある若者が主に配属させられている。

 そんな子供達は割り振られた仕事の休憩時間にも、体を鍛えるか勉強に励み、遊ぶ暇など求めていない。

 それは、更に上の楽な仕事を目指して技術の修得を頑張っているのだ。


 厳しい生活環境では、周囲が才能を育てるという【ゆとり】が無い。

 才能も体力も無い者は地下で農作業をするか、追放されて死ぬしか無いのだ。

 ここでは追放される者の姿と死体を、率先して子供達に見せているほどだ。


 この都心のコロニーは、世界的な寒冷化に伴って生き残った者の集う場所の一つだ。


 日本では、積雪が5メートルを越えた辺りから一般の民間は倒壊し、10メートルを越えると、移動すらままならなくなった。

 地上での保温には限界が有り、多くの市民が地下街等に避難したが、今度は積雪で脱出が出来ず、物資が不足して多くが餓死に至ったのだ。


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