15 宇宙天気予報3
「時間差からして、木星軌道辺りが通過点でしょうか?」
観測班から情報が補佐官の端末機に送られて来ている。
ブラックホールの正確なコースは分からなかったが、衝撃波到達時間から距離は予測できる。
宇宙空間に空気は無いが、宇宙曇が空気の代わりに動くし、重力波も発生するからだ。
月面基地は十分ほど揺れて、やがて静かになった。
「衛星は・・・ほぼ全滅ですね。殆どが軌道を離れました。基地の観測班が木星の状態を確認中です」
宇宙空間での衝撃波は、軽い物ほど大きな影響を受ける。
幾つかの通信機能と衛星画像が『non signal』を表示していく。
木星を観測対象にしたのは、この付近には他に物体が無いからだ。
地上設置型の天体望遠鏡が、星空から徐々に倍率を上げて何かにピントが合っていく。
『こっ、これは!」
モニターに写し出された木星は、ノイズでボヤけているが、イラストの雨粒の様に一部が異様に伸びていた。
「直撃ではないにしろ、今回は木星が犠牲になってくれた様です。地球の近くを通れば完全に粉々だったでしょう」
太陽程では無いにしろ、木星の質量は地球の318倍も有る。
主な構成要素に差は有るが、同じ重力や衝撃波を喰らえば地球は崩壊していただろう。
「現在のところ地球、月、太陽の相対位置に目だった変化は無し。ただ、木星は軌道がズレはじめている様です」
今回の事態に備えて、観測班は多くの機材と観測準備をしていた。
直後が無事でも、軌道を逸れた小惑星などの天体が落ちてきては、たまらないからだ。
地球軌道の近くに有り、地球は勿論、月に落ちてきても大災害になる小惑星は実に多い。
(433) Eros 約34km
(1036) Ganymed 約32km
(3552) Don Quixote 約19km
(3122) Florence 約4.5km
1999 JM8 約3.5km
恐竜を絶滅させた隕石が約10kmと予想されているので、これらが今後どの様に動くか分からないのは恐怖と言えよう。
『ただいまよりバイタルチェックを開始します』
シェルター内に放送が流れる。
大統領も付けさせられている時計とIDを兼用したブレスレットが『ピッピッ』と音を立てて点滅しはじめた。
以前は体内に埋め込み式のチップが流行ったが、送受信の距離と使用可能電力が小さいので廃れた。
コレはバイタルや血糖値、静脈パターンまで記憶するので、外したり付け替えたりしても異常に気づくのだ。
隠蔽したい時は原始的な方法として、アルミ箔で被えば現在位置を隠す事ができる。
「報告が来ました。死者7名、負傷か体調不良54名、不明11名です」
補佐官の端末機に情報が表示され、大統領に報告される。
放送で流さないのは、管理されていない状況で騒ぐ者が出るのを避ける為で、『皆が無事』と思わせる目的だ。
勿論、救護班には提示されるが。
『各位、災害マニュアルに従って、調査と復旧作業に入れ』
放送が機械的に流れるのは、前以てセットされたコンピューターによる放送だからだ。
勿論、状況による変更やリセットは存在するが、それはA.I.と大統領補佐官がキーを握っていた。
事態が軽微な方で進行しているので、予定通りの展開らしい。
「執務室は大丈夫な様です。大統領、執務室へ向かいましょう」
「そうだな」
補佐官が持つ端末機に、基地の状況が次々と表示されていく。
健在な監視カメラに加え、担当兵士によるチェックで執務室に二重丸が表示されいる。
それを確認して、安全性の高いシェルターより、情報集約能力の高い執務室へと大統領を案内するのだ。
「ここも、まだ寒いな。まぁ、通路程ではないがな」
執務室に入った大統領は、自分の吐く白い息を見て口にした。
「まだ暖房が完了してない様ですね」
寒いのは、シェルターと生産ユニット以外は、電力と空調、暖房を止めていたからだ。
ともあれ、ある程度の衝撃波を予測していた執務室も、流石に散乱していた。
本や調度品が床に散らばり、固定が甘かったディスプレイがブラブラと揺れている。
「配管が一部塞がっているそうなので、この部屋には五人以下の収容となっています。ご注意を」
「分かった」
シェルターで着ていた宇宙服には酸素と水がセットされているのだが、二次災害に備えて脱ぐ訳にはいかない。
大統領と補佐官はヘルメットを外しているが、護衛の二人は被ったままだ。
地球の部屋とは異なり宇宙やシェルターの部屋では、空調の関係で宇宙服の無い在席人数が限られる。
そうしなければ、部屋が酸欠となるからだ。
補佐官が電力を確認して機材を再起動させていく。
「電源と配管は生きてますが、有線ネットワークは七割ほど死んでますね。接続を無線ネットワークに切り替えます」
対基地間戦闘に備えて、建設時からシェルターと電源、空調は強固に作られていた。
だが、ネットワークは増設と変更が繰り返されたので補強が難しかったのだ。
ブラックホール発見後には、生命維持関係の補強を優先したが、万一を考えて基地内に無線のデータネットワークが構築されていた。
基地外での無線は厳禁だが、基地内ならスマホのWi-Fiの様な省電力の通信ができる。
「もう、ブラックホールは来てないんだろうな?」
「超新星爆発も、そうそう近所で起きるものでは無いでしょうから。宇宙天気予報では問題無い様です」
補佐官は、腰を降ろした大統領に珈琲を差し出した。
「我々世代は見た事が無いが、地球の天気予報なら『曇り、一時台風』と言ったところか?」
「昔は台風が来ると、家が倒壊したり洪水で流されたり、山崩れで押し潰されて死んだらしいですから、あながち外れてないですよ、大統領」
こんな事態が度々起きる様では、よほど神様に恨まれているに違いない。
しかし、一番被害を受けたのが最高神ゼウスの名を冠した惑星とは皮肉な物だ。
後に、このブラックホールは【アイ・ジェイ】Interfector Jovis(インテルフェクトル・ヨウィス/ゼウスを殺す者)と呼ばれるのだが、それはまた後世の話となる。




