14 宇宙天気予報2
【泣きっ面に蜂】や【踏んだり蹴ったり】と言う言葉が有る様に、悪い事は重なる場合が有る。
それが因果応報なら兎も角、特に悪い事をしていなくとも二重三重の苦難を神々が与えるなら、それは【試練】というものではなく、【神様という存在が意地悪】なのだろう。
「その報告は本当なのかね?」
「はいっ!確かに前列の無い事では有りますが、天文学的には有り得る事で、観測班と学者達の一致した結論です」
月に移住してから何世代目かの大統領は、部下からの報告を聞いて驚愕していた。
天文学に詳しくない大統領でも、その存在については聞き覚えが有るからだ。
「質量は太陽の八百倍前後、速度はマッハ四百程ですが、大きさは水星以下と思われます。しかし、宇宙曇を吸収しながら接近しているので、全てが予想値でしかないと言う話です」
「それでも、ブラックホールには間違いないのだろう?」
宇宙の天体においては、ブラックホールの存在も、我々の太陽の八百倍の質量、移動速度が音速の四百倍も、決して異常な物ではない。
いや、銀河系における太陽の公転速度を考えると、太陽の方が接近しているとも言える。
宇宙曇の様な事象も宇宙では、今まで晴れていたのが曇った程度だし、ブラックホールも、その雨雲から雹が降ってきたくらいの天気変動でしかない。
それは『有り得ない事』ではなく、いつ起きても不思議ではなかった事なのだ。
「天文学者の話では、この宇宙曇の発生自体が恒星の超新星爆発による物で、超新星爆発の結果としてブラックホールが出来るのが、宇宙では多々ある事らしいです」
「で、爆発で飛び散った曇のオマケとして、大元のブラックホールまで来たと言う訳かね?」
補佐官は苦笑いで頷いた。
「そのブラックホールが地球に来たら勿論破滅なのだろうが、横を素通りする可能性も有るのだろう?」
広大な太陽系にとって地球は小さな岩の塊に過ぎず、今回のブラックホールは更に小さい。
だからブラックホールとぶつかる可能性は、野球で打ち上げたフライが偶然セカンドベースに直撃する可能性よりも遥かに小さいと大統領は考えた。
「例え素通りしても、惑星の軌道が影響を受けて長期的には太陽に墜落したり、太陽系から離ていく可能性が有ります。更に最も懸念されているのが太陽の重力と引き合って、太陽が飲み込まれてしまう事みたいです」
補佐官の説明だと素通りしても大変らしいが、大統領には重力の力があまり実感できない様で、しきりに首を傾げている。
「・・・・しかし、水星程の大きさなのだろう?ブラックホールと言えど、そんなに影響が有る物なのかね?」
水星の大きさなど太陽からすれば些細な物だし、太陽系全体からすれば取るに足らない大きさだ。
「質量は太陽の八百倍ですから」
人間の常識では物理的な衝撃は大きさに影響を受けるが、天文学の世界では質量が産み出す重力の大きさが星を砕く。
実は我々の太陽は、この銀河系でも小さい方の恒星なのだ。
最小サイズのブラックホールは、直径18kmと言われている。
それが水星サイズともなると、我々の太陽の八百倍になるが、それでもブラックホールの中では小ぶりの方らしい。
実際問題、この災害も宇宙では不幸中の幸いレベルでしかないのだが、人類にとっては絶望的なものでしかないのは確かだ。
大統領は椅子に深く身を沈め、タメ息をついてから再び補佐官に目をやった。
「で、これが一番重要な質問なんだが、そのブラックホールが太陽系に来るのは、何時頃なんだ?宇宙規模だから五百年後とかの話なのだろう?」
かつては天体観測により、将来的に我々の銀河系がアンドロメダ星雲とぶつかると報告された。
だがそれは、実際には50億年も先の話だったらしい(諸説あり)。
大統領の予想は妥当とも言えた。
しかし、大統領の問いに補佐官は目を閉じ、眉間に皺を寄せて首を横に振っている。
「大統領、・・・早ければ三年後くらいだそうです」
大統領も眉間に皺を寄せた。
「三年?よりによって、私の任期中だとは・・・私が何をしたと言うのか?二百年近く続いた月面の合衆国も、これで終わりと言うわけか?」
「いえ、大統領。最悪のケースが必ず起きるとは限りません」
しかし、相手がブラックホールでは、過去のSFでも悲惨な月末しか描かれていない。
「で、我々に出来る対策は・・・無いのだろうな?」
「仰る通りです。しかし各部の補強など、軽微だった時に被害を最小限に抑える行動は出来るかと?」
ブラックホールが太陽系を通過した場合、最低の被害でも宇宙曇とソレに含まれる天体の材料が急変動を起こして地球や月に降り注ぐだろう。
その被害は甚大なものとなる。
「そうだな『最善を尽くして、あとは運命に任せる』とも言うしな。では、ブラックホールの事を伏せての計画案から作成してくれ」
「承知致しました。箝口令を引いた上で、巨大隕石に対する備えとして、基地の強化計画を立てさせます」
まだ可能性の段階でパニックになっては、どうしようもないからだ。
そもそも月面基地に【民間人】や【政治家】は居ない。
初代を除いて【大統領】さえも【将軍】から選出される軍事組織だ。
生産や開発は【屯田兵】の様に、兵士が行っている。
報道は【情報部】が行い、箝口令が敷かれれば懲罰を恐れて、おいそれとは口を開かない。
実際、【自由と平等】が優先されれば、このレベルの施設は崩壊するので、結果的に社会主義や封建主義に近くなる。
「そろそろなのだな?」
「はい、計測ではカウントダウンに入っています。通過自体は一瞬ですが、その後の変動が危険なのです」
我々の太陽系の惑星は現在、銀河円盤に対して垂直に近く公転している。
例えるなら、ドーナッツ状のプールを進む船のスクリューと同じ動きをしているのだ。
その為に件のブラックホールは、太陽系を横切るのではなく、上から斜めに落ちてくるイメージとなる。
通過時間が短いので、比較的被害は小さくなるのが、今回は幸いと言える。
月基地では、更に地下へとシェルターを作り、コンピューター制御のカメラでブラックホールと周囲を観測していた。
隕石接近警報で皆をシェルターに収容して隔壁を閉めてから、全ての生存者にブラックホールの通過と予測被害を知らせたので、パニックは起きようが無かった。
「後で軍法会議に掛けても、これ以上の最善策は無いだろう」
「仰る通りです大統領。太陽や地球の近くを通過しないだけでも幸いでしたから、軍法会議が開けるだけでも平和ですよ」
大統領と補佐官が笑い合っていると、壁の電話が鳴り、補佐官が対応する。
「計算通りなら、今、ブラックホールが通過したそうです。地球や月への直撃は免れました」
「揺れるとか聞いていたが、何ともないではないか?」
シェルターでは、それまでと同じ平和な状況が続いていた。
「通過地点にも寄りますが、影響を観測できるのは時間差が有るのです」
超音速戦闘機が通過した後にくる衝撃波や雷の雷鳴の様に、規模の大きな宇宙では衝撃波と重力波は実際の通過より遅れてやって来る。
仮に太陽に異変が有っても、ソレを地球で観測するには光の速さでも8分掛かるからだ。
「10分経過。太陽も直撃を免れた様です」
大統領の前にある大型モニターに、見慣れた地球と太陽が写し出された。
ブラックホールは宇宙曇を吸い込みながら接近してくるので観測が難しい。
「一応は助かったのか?」
「直撃を免れただけです。距離がある場合、重力波の影響は時間差でやって来ますから、まだ何とも言えません」
超音速戦闘機などと違うのは衝撃波が光速なので、光学的にブラックホールが見えたのと同じタイミングでやって来る点だ。
通過見込み時間から40分後。カメラは宇宙空間にマーカーを表示していたが、それが一瞬で消えて画面が揺れた。
当然、シェルターの中も、およそ揺れている。
「この揺れは大丈夫なのか?」
「地震で言えば震度5程度でしょうか?」
画面は複数のカメラ映像を合成して表示していたが、人間の目は勿論、コンピューターも至近距離のマッハ400を認識できなかった。




