13 宇宙天気予報1
比較的地球の近くを飛ぶ国際宇宙ステーションや低軌道衛星は、実は20世紀から大量のスペースデブリにさらされ、多くの危険に遭遇していた。
地球の衛星軌道には、人間の打ち上げた人工衛星だけではなく、その加速ブースターや破片、小惑星の類いが飛び回っているのだ。
その大きさは小さい物は1mm未満から数mまで様々だが、大半が秒速7km以上で飛行し、数は一億前後あるとされている。
その破壊力は人間に対する銃弾の様に、小さい物でも簡単に衛星や宇宙ステーションを破壊できるものだ。
20世紀には、それらをレーダーで観測し、宇宙ステーションや衛星を移動させたり、不要になった衛星をぶつけて大気圏内へ落として焼却したりして、事故を防いできた。
しかし、宇宙曇が濃密になってからはソノ数が急増し、地上施設が使用不能になっていく事も重なって、放置されていったのだ。
代わりに台頭してきたのが月を周回する観測衛星からの分布調査で、それは地球程はデブリの影響を受けてはいなかったからだ。
20世紀の日本では、太陽フレアなどの観測結果を【宇宙天気予報】と称してインターネットホームページに表示していたが、この時代では月で観測された宇宙曇情報を【宇宙天気予報】と言っている。
ただ、その情報を手に入れられるのは、ほんの一握りの軍関係者に限られてはいたが。
さて、ここは月面にある某国の軍事基地。
国民は勿論、上院議員にも知らされていない秘密の施設だ。
その滑走路の様な所に、動く人影が有った。
『スティーブ。今、連絡が入って貨物便到着が二時間前倒しになったそうだ。作業を急げってよ』
「急げったって、作業項目がマダ30近く残ってるのを知ってるだろう?宇宙天気予報は『曇一つ無い快晴で全速力が出せます』とか言ってたか?マーチン」
宇宙船離着陸台の補修をしていたスティーブは、指揮者のマーチンに逆切れしそうになった。
彼に言っても仕方がない事だが、遅れるならまだしも、前倒しなどは周りの事を考えれば許可されない行為だからだ。
作業中のスティーブの心拍数が急上昇したのを感知して、マーチンは幾つかのボタンを押して非常手段を取った。
すると突然、スティーブの目の前に有ったモニターが暗転したのだ。
「スティーブ。オフレコだが、貨物Pの乗ったシャトルがバイオボムでやられたかららしい。荷物は無事だが、護衛官に仕込まれたボムで案内役が道連れになったって話だ」
ハッチが開く音の後に、スティーブの後頭部辺りへ、いきなり生の声が響く。
スティーブは宇宙服を着て滑走路に居るのではなく、基地の室内から滑走路のロボットをモーショントレースで遠隔操作していたのだ。
【貨物P】とは大統領の隠語で、【バイオボム】とは、飲用薬品カプセルに仕込まれた細菌兵器だ。
この兵器は、最長12時間後に溶解するカプセルに入った致死性の細菌兵器で、消化器内で高速繁殖して口から空気感染をする。
シャトルの客室では、安定飛行に移るとヘルメットシールドを上げる事が通例になっている為に爆弾等ではなく、検査では分かりにくいコノ方法を用いたのだろう。
シャトルに連絡が入ったのは、地上に残された他の護衛官候補が変死したからであった。
幸いにも案内役の横着処置が大統領達の命を救った。
ただ、月面の作業員に、そこまでの情報は伝わりはしないが。
「本当か?マーチン。よもや情報漏洩か?それなら前倒しも分かるが無理は無理だぞ」
「分かってる。だから今、追加の遠隔ロボットを手配している」
スティーブの後方でハッチが閉まる音がすると、彼の目の前にあるモニターが再起動し、近寄ってくる二体のDollが写しだされた。
「マーチン、三人での作業効率の最適化をA.I.に指示してくれ」
『もうやってるよ。今、指示が転送される』
「あぁ、来たよ。このスケジュールなら時間までに終わるだろう」
Dollを使った作業自体をA.I.にさせる事も考えられているが、潜入スパイによるA.I.のハッキングを考慮して、Dollシステムへは表示のみをA
.I.にさせている。
遠隔外部作業用のDollシステムは、主要電力以外が完全独立となっており、指揮者の人間が全体を監督している。
その電力すらも、数日稼働できるバッテリーを備えていた。
月での屋外作業は基地の生命を握る場合もあるので、ハッキングされる恐れのあるコンピューターに全てを任せる訳にはいかないのだ。
人類は機械や道具によって生活が豊かになったのが、その歴史と言える。
コンピューターの誕生で、計算や判断などを人間の代わりにできる様になり、人々の暮らしが楽になるかと思われた。
チャップリンの映画では、最後に全てを機械に任せて工場内で日向ぼっこする幸福な作業員の物語まである。(機械の修理等に解雇はできないのだろう)
だが現実の人間は、利己的な利益の為に他者を害する方もコンピューターを使いようになり、新たな問題が生じて結果的には幸福度の上昇はなし
得なかったと言える。
だから、この月基地の様に独立したシステムは、月という過酷な環境下では多く存在している。
場合によっては、一部の居住区を切り捨ててでもしなければ全滅に及ぶ事故があるからだ。
地球の様に屋外へ逃げれば、取りあえず何とかなるという訳にはいかないからだ。
そして規模こそ違え、予備として同じ様な施設が複数存在する。
勿論、シャトルの滑走路も複数有るが、大統領が乗ってくるシャトルは大型な為に、一つしかない大型用の滑走路を大至急で補修している訳だ。
『こちらDoll-E35。道具は持ってきた、作業を開始する』
『Doll-C11だ。同じく作業を開始する』
『Doll-A08よりE35とC11。資材はバギーから勝手に持っていってくれ』
『C11了解』
『E35も了解。これ長いな、指揮者へサポートを要請する』
『E指揮者了解。だが、ぶつけるなよ』
『注意する』
分業に向けて、様々な連絡が飛び交う。
一見、無線の様だがロボットのコントロールも、オペレーターの会話も全てが有線だ。
実際問題、月に有るのは自国の基地だけではないので、一応はシールドされているが緊急時以外に電波を飛ばすのは、内部情報や位置の把握など多くの意味で秘密の漏洩に繋がる。
指向性の通信も存在するが、基地間や宇宙船との交信に使われる規模の施設が必要となり、細かな作業にまで導入するには至っていない。
『E35よりコントロール。もっと作業員を回せないか?』
『EコントロールよりE35へ。無理を言うなよ。天幕の修復もしてるから、非番の御前達が駆り出されたんだろうが』
月基地は、隠蔽と隕石防止を兼ねて地下に作られている。
アメリカのアポロ計画の時から知られている月の地下空洞を利用した物も有る。
だが、宇宙船の出入り口は大きなクレーターの縁に作られ、通常は偽装用の幕で覆われているのだ。
20世紀でも地球同様に、大小の隕石が一日に数万個落ちる月では、硬い金属性のシャッターでは変形の為に開閉動作不良を起こすので、逆に柔らかい繊維状の幕が使われているのだ。
宇宙曇が太陽系に襲来して以降は隕石やデブリも増えて、毎日の様に『天幕』の修復をするのが、屋外作業用Dollの日課となっている。
『大丈夫だ。ヘマをしなければ時間までに終了するさ』
『それはヘマ出来ないって事だろう?』
飛行機なら滑走路閉鎖になったら、上空で旋回待機するか他の空港に変更できるが、秘密の月面基地ではソウはいかない。
月の周回軌道を回れば別の国の基地にシャトルの追尾をされ、この時代では基地を襲われて物資を奪われる。
その後、ヘトヘトになってでも作業を終了させた作業員のお陰で、中継ステーションからのシャトルは無事に月面基地へと到着するのだった。




