12 エクソダス2
このシャトルの客室は六人乗りとなっていて、今回は大統領一家三人、補佐官、護衛、案内役軍人で構成されている。
『パイロットより客室へ。当機は、これから第三次加速に入ります。ヘルメットシールドを閉め、ベルトの確認をお願いします』
室内にアナウンスが流れ、シートベルト着用の赤ランプが再び点灯した。
現在は偽装の為に、国際宇宙ステーションへ向かう地上400キロメートルの低軌道を目指して飛んでいるが、本当の目的地は別にあるのだ。
「先程の様な振動や衝撃は無いので、大統領達にはこのまま御休みいただきましょう」
案内役が大統領達のベルトをチェックしながら、小声で追加説明をした。
補佐官も護衛も無言で頷き、ヘルメットのシールドを下げている。
『ECM起動、加速準備。5・4・3・2・1・加速!』
船内無線の直後、客室の中では小刻みな振動が発生し、僅かに宇宙服が前後に揺れた。
このシャトルの進路変更を他者に知られない様、事前に電波妨害を発している。
スパイ衛星の望遠カメラでは宇宙での加速を追尾できず、レーダーからは突然消えた様になる。
対外的には、このシャトルがデブリとの衝突事故で分解した扱いになる予定だ。
当然、大統領一家の脱出は極秘なので、パイロット二名の死亡のみが記録され、大統領達は今も地下シェルターに避難している事になっている。
『加速終了。しばらくは慣性飛行となります』
シートベルト着用ランプが消え、案内役は空気漏れのチェックをしてからヘルメットのシールドを上げた。
「大統領も御休みですし、この先もまだ数時間ありますから、御二人もゆっくりなさって下さい。目覚められたら起こしますから」
「・・・そうですね。では御言葉に甘えて」
「私は職務上、そういう訳にはいきませんので」
補佐官は疲れていたせいか了承したが、流石に護衛は仮眠すら断ってきた。
「(そうだよな。いくら密室同然と言えど、護衛が職務中に寝る訳にはいかないよな。まぁ、周りが寝ている中でコイツ一人なら、話しかけても来ないだろう)それでは、私は到着後の準備をさせてもらいますね。何か有れば御声掛け下さい」
案内役は、座席からキーボードを引っ張りだして報告書の作成を開始した。
今はECM作動中なので一切の通信もできないが、中継ステーションに近付けば中継器を使って電子メールを送る事ができるからだ。
また、運用中のスペースシャトル内では、機器との電磁干渉が起きる可能性がある為に、一般のスマホ等を使う事を禁止している。
持ち込めない事はないが、電源を入れる事はできない。
地上の病院でも、似た様な理由で携帯電話を禁じている。
そういった理由なので、案内役は船のコンピューターを使っているが、ゲストである大統領や護衛官には船のシステムを使う権限が与えられていないので、かなり暇をもて余すだろう。
案内役は、これ以上できる事が無いと割り切って、キーボードを叩き続けた。
「先ずは、到着後に提出しなきゃいけない報告書の下書きを書いて、後は到着後に月へ送る暗号文も準備しておくか」
別に護衛とかに聞かれて困る事では無いので、彼は口に出して作業を進めた。
案内役は、ヘルメットの下に被るバラクバラに挟んでおいたメモリースティックを引っ張りだし、キーボードの近くにあるコネクタに差し込み、アクセス用のパスコードを打ち込む。
作成したテキストを宇宙船の中からは送信できない為の一時保存場所だ。
彼がメモリースティックを持ち込めるのは、その中に今回の命令書も入れられているからだ。
これから書き込む報告書を含めて、検閲されても問題の無い物なので、職務に支障がなければ憚る行為ではない。
普通は胸ポケットなどに入れておく物だが、スペースシャトルが初めてでない彼には、この様な小技が身に付いていた。
「気になりますか?」
警戒しているのか、物珍しいのか、護衛官が案内役の方をチラチラと見ていた。
「いや、先に書けるのが色々と羨ましいと思いましてね」
護衛が笑顔を返してきた。
思えば、彼も報告書を書かなくてはならない立場ではある。
後で全てを思い出しながら書くのからすれば、先に準備できる案内役の行為は確かに羨ましいだろう。
「お貸しできなくて、申し訳ないですが・・・」
「いえいえ、これも仕事のうちですし彼も居ますから」
護衛官は寝ているであろう大統領補佐官の方へ目をやった。
補佐官は護衛官と一緒に居るので、報告書を書くときには記憶を補完し合う事ができる。
「こちらからすれば、それも羨ましいですがね」
案内役も通常は複数人で任務に当たる。
直接ゲストに応対する者と、その者に無線で情報提供する者だ。
だが、大統領一家が居る為にシャトルが定員数オーバーとなり、彼一人で担っているのだった。
「(だが、人手不足は護衛も同じか)」
大統領ともなると、複数人の護衛が付くのが当然と言えるからだ。
しかし、大人数を乗せたいからと言ってスペースシャトルは無闇に大型化できない。
それはロボットの巨大化同様に、サイズと燃料のイタチゴッコになるからだ。
大型の開発にも時間と物資が掛かる。
当然に既製品を使えば客室のサイズも限られ、搭乗人数に比例して生命維持装置も大きくなるので、人数の方を制限するしかなくなるのだ。
これらの解決には技術革新が必要になるが、それは年月を費やさなければならない。
だが、現状では時間が経つほど物資もエネルギーも枯渇するのだ。
非常時に備えて、客室から案内役を省くこともできないので、この少人数化は苦渋の選択と言える。
「宇宙天気予報でも異常が無い様なので、特に記述する事も無く到着するでしょう」
案内役は、再びキーボードを叩き始めるのだった。




