10 損切り
『諦めなければ夢は叶う』『努力は裏切らない』『栄光をソノ手に』『目指せ東大』などと、それぞれのトップを目指させる教育や訓練施設、用具販売会社が存在している。
だが彼等は、全ての挑戦者が目標に到達できない事を知っているし、参加者も論理的に考えれば『誰もが』が実現しないことを理解できる。
あらゆる勝負事は、論理的にも目指す挑戦者の半分から九割が脱落する。
だが人間は、現実を無視して無理に目標を目指し、邪魔になる者を憎みだす。
当人ができうる限りの努力や手段を使っても、いくら願っても、出来ない事は出来ないし、手に入らない物は入らない。
企業や社会に、他者に踊らされて、財産や時間を無駄にしてしまったと気付かないうちに死ぬ者も少なくはない。
地位欲や承認欲求から来るソレは、社会やスポーツだけでなく、戦争勃発の原因でもある。
競技スポーツと戦争は別物と信じたいだろが、その根っこは同じものらしい。
だから、小さな事でも勝ち負けを競う社会からは、戦争がなくならない。
これは、人間に組み込まれた本能なのか?
だが、機械の肉体に移る時に、本能の内容を選別したヨトゥン達は、期限と進捗状況を判断して、研究開発の中止を決断できた。
「人工冬眠は研究中止だな」
「高等生物の蘇生は全て失敗。昆虫ですら機能障害が残る」
20世紀に、人工冬眠の被検体になった者も存在するが、蘇生方法が確立されている訳ではない。
未来の技術に望みを託した行為であり、エジプトのミイラ信仰と大差がない。
なので、未来になっても20世紀の人工冬眠被検体が生き返る可能性は極めて低い。
「将来的に別の方法が見出だされるかも知れないが『この方法では無理』が分かった事を成果とし、今は別の分野に注力しよう」
彼等は必ずしも必要でないなら、無理と判断した事に固執はしない。
彼等のコンピュータには『コンコルド効果』の知識がインストールされている。
テレビで見たプロ野球選手を目指した少年が、草野球の試合で自分より優れた子供を見て、『ここまで努力したのだから、もっと頑張れば、あの子より上手くなれる』と自惚れて選択肢と青春を無駄にするか?
『自分の能力と環境では彼等を追い抜いてプロには成れない』と客観的判断で別の分野に花を咲かせるか?
親の会社や選挙区を引き継がなくてはならない二世には選択肢が限られるが、『将来の夢』とは、もっとバリエーションがあるものの筈だ。
ヨトゥン達の計画も二つの選択肢を用意していた。
人工子宮は必須として、未来における運用者の確保に、人工冬眠と人間の機械化の二択だ。
先に人工子宮が完成しても、人工冬眠か機械化が未完成では、それを運用する要員を確保できない。
人工子宮と二択のどちらかを、男ばかりの研究者が存命の内に完成できなければ全てが破綻する。
なので、彼等が最優先にしたのが、人間の完全機械化だった。
機械化で研究者の寿命が無期限の場合、物資とエネルギーを工面できれば他の研究が継続できる。
なので研究者達は、人間の完全機械化を優先させた。
人間の完全機械化実験には、よく躾たチンパンジーを活用した。
コピーは、オリジナルが生きていてもでき、比較が可能だったので、研究所内にはチンパンジーを群れ単位で飼育し、色々な実験と検証が行われた。
最終的には病気や怪我、寿命などで生い先短い研究所員が志願した臨床試験で検証し、実用に踏み切った。
実は完全なコピーとはいかなかった機械化だが、未来における人類復活には事足りる完成度には達していたからだ。
「あとは、人工子宮さえ完成すれば」
「他のコロニーに生存者が居る限り、人工冬眠も可能性が有るが、既存のアプローチは全て試したからなぁ。SFだと、高重力などによる時間凍結とか有るけど、まだ夢物語りだし」
所員の寿命の為に、この研究所に肉の体を持つ人間は居なくなったが、人工冬眠の担当だった者は、機械の肉体になっても他の方法が見つかれば挑戦するつもりでいるらしい。
「我々には、まだまだ時間が有る。これは地球の物資を全て使いきっても、人類の為に価値ある計画なのだ」
ある意味で狂信的な者達のコピーは、どんなに機械化しても狂信者でしかない様だった。




