第69話 こ、婚約者!?
「今、この宿にいる人達、主のジュリアさんと料理人のリスグラシュー、それに給仕のアパパネは、信頼できる人達だから、気兼ねなく話をしてもいいよ」
俺はファレノプシスさんに向かって言う。
「では、改めてお礼を言わせてもらう。本当にありがとう。本来なら、私はあのまま意識を取り戻す事無く、死んでもおかしくなかった。私が死ねば、ブエナも一人きりになり、生きていくのも厳しい…。実際に生活はギリギリだったみたいだしね。本当にハヤト、君は私達姉妹の恩人だよ。心から感謝している」
「私からも…本当にありがとう。ハヤトお兄さんにポーションを買ってもらえるだけで、どれだけ助けられた事か…。その上、お姉ちゃんの命まで…ありがとう、本当にありがとう!!」
改めて二人はお礼を言い、深々と頭を下げる。
「二人とも頭を上げて。二人からの感謝の気持ちは十分に受け取ったからね。俺も助けてもらったし、普通にしてよ」
俺はすまし顔をして言うが…
(やっぱり、面と向かって『ありがとう』と言われると、凄く嬉しいな。二人の安堵した表情、柔らかな笑顔、幸せそうに姉妹で話をしている姿を見ると、俺まで幸せな気持ちになる。でも、余り仰々しくしないでほしい。凄く恥ずかしいし、こんな事をリスグラシューに聞かれたら…また、何を言い出すか…)
内心では嬉しさと照れというよりも、焦りのほうが大きかった。
「…わかった。出来るだけ普通に接しよう。でも、私達はハヤト、君に最大限の恩義を感じていると伝えておく。そして今後、君の力になれれば…そう思っている」
「そうだよ!!ハヤトお兄さん、何でも言ってね!!」
俺はファレノプシスさんの言葉を聞いて、思い付く事があった。
(ぜひ、ファレノプシスさんにはアレグリアの稽古の相手をしてもらいたい。同じ槍使い、きっとアレグリアの助けになるはず)
俺はそう思い、ファレノプシスさんに提案をしてみる事にした。
「一つお願いがあるんだけど…いいかな?」
「何でも言ってくれ。少しでもハヤトの為になりたいんだ」
「この宿の主、ジュリアさんの娘で、俺の恋人のアレグリアという冒険者がいるんだけど、槍の使い手なんだ。でも、なかなか稽古の相手がいなくて…ぜひ、ファレノプシスさんに、そのアレグリアの稽古相手になってほしいんだよ。毎日とは言わない。時間がある時にでも見てもらえると助かるんだけど…どうかな?」
「槍の使い手とは珍しいね。構わないよ。私も数年のブランクがある。私からも、ぜひお願いしたいくらいだよ」
「助かるよ。ありがとう!!」
「ふふふっ、また槍が使える…こんな嬉しい事は無いよ!!」
ファレノプシスさんは脇に置いてある自分の槍を見つめながら言う。そして、興味津々な顔をして、アレグリアの事を聞いてきた。
「でっ…そのアレグリアさんの実力はどのくらいなんだ?冒険者ランクは?」
「Fランクだよ」
俺の答えを聞くとファレノプシスさんは、少し困った様な顔をした。
「…Fランクか。う~ん、どうだろう…余り実力の差がありすぎると力になるどころか、逆に私に教えられる事で、自信を無くしてしまう恐れが…」
ファレノプシスさんが言い淀んでいると『アレグリアの実力は私が保証しよう!!』 と、シーザリオの声が聞こえた。
いつの間にか、仕事からベガに帰って来ていたシーザリオとメサイアが立っている。どうやら、昼食を食べに戻ってきたようだ。
全然、気づかんかった。
「あなたは?」
「私は王家筆頭魔術師のシーザリオ、そしてこちらは、従者のエアディドール公爵家の四女、メサイアだ」
ファレノプシスさんとブエナが、驚いて俺の顔を見る。その顔は『どういう事?なぜ、王家筆頭魔術師がここに?そ、それに…公爵家のご令嬢様まで!?』という顔をしていた。
驚くのも当然で、本来は町の宿に『ふらっ』と現れていい人物達ではない。シーザリオは、このアーキュリー王国の要人なのだ。
「あはははっ、シーザリオとメサイアは、その…何というか…友人で…」
俺は何とか笑って、その場限りのごまかしをしようと試みる…が…
「私はハヤト様の従者で協力者で…あと…その…こ、婚約者だ!!」
「私もです!!」
二人は言い切った…言い切っちゃったよ!!
もう一度、ファレノプシスさんとブエナが俺の顔を見る。その顔は驚きで目が見開き、血走っていた。相当、驚いているみたいだ。
「こ、婚約者って…。さっき、アレグリアさんが恋人って言ってたじゃないか!?えっ!?王家筆頭魔術師と公爵家のご令嬢様が婚約者!?ハヤト、『エリクサー』まで持っていましたよね?ハ、ハヤト…君…いえ、様!?、一体、あなたは何者なんですか!?」
「わ、私には…よ、よく分からないけど…ハヤトお兄さんが『エリクサー』を持っていたのも、納得できる気がする」
二人はパニック状態になり、いらない事まで口走ってしまう。
それを聞いたシーザリオとメサイアは当然の様に『エリクサーを持っていたとは、これ如何に!?どういう事ですか!?ハヤト様!!』と、迫ってきた。収拾がつかない。
そこにジュリアさんとリスグラシュー、アパパネが慌ててやってくる。
この混乱を納めてくれるのかと思いきや…
「私は未亡人なので、婚約者何て言わないわ。ハヤト君の愛人候補でいいわよ」
燃料を投下。
「ふふふっ、シーザリオ様とメサイア様が、婚約者と言い切るならば、当然、私も婚約者の一人」
リスグラシューは『当たり前』という顔をして言う。
「私も成人したら、婚約者の一人に加えてもらう予定です!!」
アパパネまで言い切ってしまった。
ファレノプシスさんとブエナが俺を見つめる。明らかに説明を求めている顔だ。しかし、全員が俺に迫る中、ウオッカさんだけが椅子にどっかりと座り、微動だにしない。
「みんな、落ち着いて!!ウオッカさんを見習ってください!!想定外の事があっても、微動だにしていないじゃないですか!!」
全員がウオッカさんを見る。
「……………」
無言で腕組みをし、目を閉じて座る姿は山の如し。浅黒い巨漢は、何事にも動じない風格すら感じさせる。
「ふふふっ、私とした事が…はしたない。みなさん!!一旦落ち着きましょう」
シーザリオが眼光鋭く、威厳に満ちた姿で言う。その言葉を聞いて、素直に仕事に戻るジュリアさん。リスグラシューとアパパネも、すぐにキッチンに戻った。さすがは王家筆頭魔術師といったところか。
しかし、次の瞬間、その鋭い眼光がこちらに向けられ、俺は震えあがったのだった。
【ウオッカ視点】
(とんでもない事になってしまった。どうしよう…)
何と、私の目の前に王家筆頭魔術師のシーザリオ様とその従者、公爵家ご令嬢のメサイア様が現れたのです。
(偶然、この宿に立ち寄られた!?違います。普通に会話をしています)
私はどうしていいのか見当がつかず、とりあえず存在感を消す事にしました。目を閉じ、腕を組み、息をひそめて『ジッ』としている。
しかし、シーザリオ様の爆弾発言で心臓が止まるかと思いました。
(こ、婚約者!?王家筆頭魔術師のシーザリオ様が婚約者…えっ!?公爵家のご令嬢のメサイア様も…どうなっているの?あぁ…やっぱりこれは夢なんだ!!目を開ければ、いつもと同じ、辛いだけの現実が待っているんだわ…)
そんな事を思い、自分の腕の肉を、思いっきりつねってみた。
当然の様に激痛が走りました。自分のバカ力に腹が立ちます。
(痛っ!!どうしよう、現実です。さっきまで奴隷のような扱いをされていた女が、国の偉い人と同席なんて…消えて無くなってしまいたい)
私はこの現実が受け入れられない。
そして目も開けられない、動く事さえもできない。八方ふさがりの状態。
(本当にハヤト君は何者なの!?もしかして、貴族様なのかも…)
私がそんな事を思っていると、突然、ハヤト君が私の名前を口にしました。驚いて飛び上がりそうになりましたが、何とか我慢しました。冷汗が垂れているかもしれませんが…。
「みんな、落ち着いて!!ウオッカさんを見習ってください!!想定外の事があっても、微動だにしていないじゃないですか!!」
分かります…雰囲気で…今、私、注目されています。
(ハヤト君…微動だにしないのではありません。できないのです。今の状況に対応できない…否、こんな異常な状況に対応できる普通の人間はいません!!)
私は仕方なく『もう成る様になれ!!』 と、思う事にしたのでした。




