第166話 俺の部屋で飲まないか?
部屋まで戻ってきた。
ドアを開けようとすると、後ろから『ふふふっ、シェイディ様との関係。上手くいったようですね。一安心でございます』と、声を掛けられた。
「リスグラシュー、見てたのか?」
「はい。ゼニヤッタさんには、私からお話をして、内見のスケジュールを組んでおきます」
「助かるよ。任せる。でも、俺も時間があるから、一緒に見て回りたい」
「分かりました。お任せください」
一礼をして部屋に戻ろうとするリスグラシュー。
「酒をもらってきた。島に渡ってからの話も確認をしたいし、少し一緒に飲まないか?」
驚いた顔をするも、リスグラシューは少し顔を赤らめ『はい』と返事をする。
「わ、私が用意いたします」
いつも冷静なリスグラシューがあたふたしている。真夜中、俺の部屋で二人きりというシチュエーションに動揺しているようだ。微笑ましい。
「いや、最初は俺が作るよ。見ておいて」
グラスを取り出して、魔法でグラス一杯の氷を作り出す。
ウイスキーを少し入れてから、風魔法を使いステアして冷やしていく。グラスの中で高速で回る氷。一気に冷える。
炭酸水とオレンジの果汁を入れてから、少しだけ氷を回して馴染ませる。
最後に俺は炭酸水を、リスグラシューの分にはオレンジの果汁を注ぎ足して完成。
うっとりとした顔で見つめているリスグラシューに手渡し、微笑みながら『乾杯』とグラスを合わせた。
「おいしいです」
一口、二口飲んだ後、リスグラシューは俺の肩に頬を乗せてしなだれかかる。
「綺麗な髪だね。いい匂いもする」
「ハヤト様の事を思い浮かべながら、いつも髪をとかしております」
「指も綺麗だ」
「ふふふっ、料理をしていると手が荒れるのですが、こっそり美肌ポーションを使わせていただいております」
「…そうか。いつも美味しい料理をありがとう」
俺はリスグラシューの白く長い指にキスをする。
「ハヤト様、あなたと出会えて、このリスグラシューはとても幸せです。心からお慕い申しあげます。願わくば、この先ずっと、ハヤト様の心の片隅に、私という存在を住まわせてほしい。そう願っております」
リスグラシューは潤んだ瞳で俺を見つめる。
顔が赤いのは酒のせいか、それとも…
俺とリスグラシューは無言で見つめ合い、唇を重ねたのであった。
★☆★
「なんか…頭痛い。久しぶりに飲んだ酒のせいで二日酔いか?」
ボヤキながら起き上がる。
「あぁ…結局、リスグラシューに島に渡ってからの計画とか聞けなかったな。でも…まっ、いいか!!」
俺はリスグラシューの唇の感触を思い出す。
「絶対、ファーストキスだっただろうな」
自然と顔がニヤケてしまう…が『おはようございます』と、後ろから声がかかる。
そこにはエプロンを付けたリスグラシューが立っていた。
(も、もしかして…裸エプロンで!?………違うか…)
期待と動揺が入り混じり、思わずリスグラシューの服装を確認してしまう。そして唇を重ねた感触を再び思い出す。
しかし、当のリスグラシューは、なに事も無かったかのようにすまし顔をしている。
(俺が意識しすぎなのか?)
すまし顔のリスグラシューを見て、恥ずかしさが増す。
(クソッ、いつまで立っても非モテメンタルが抜けやしない。堂々としなければ!!)
俺も平静を装う。
「リスグラシューは今日も研修か?」
「はい。エアディドール家の料理長、直々の指導。大変勉強になっております。この世界の料理とハヤト様が生きていた世界の料理の融合。そして更なる高みへ…。そう思って精進いたしております」
「素直に頭が下がるよ。頑張って!!」
「ありがとうございます。ゼニヤッタさんとの店舗内見の準備は整っています。時間まで少し余裕がございますが、どういたします?」
「そうだな。それまで俺は部屋で考え事をするよ。移住となれば、今までのように、お気楽な気持ちのままではよくない。かなり危険な場所みたいだし、俺にはみんなを守る義務もあるからね」
「ハヤト様に守られているというだけで安心いたします。朝食ができておりますので、スープが冷めないうちに、ダイニングへお越し頂けますか」
「あぁ、一緒に行くよ」
俺は部屋を出て、リスグラシューと共にダイニングへ向かう。
途中、リスグラシューが俺の手を、そっと握ってきた。
当然、握り返す。ふっと見ると、相変わらずのすまし顔ではあるが、平静を保っている様に見えて、耳が真っ赤になっていた。
微笑ましい気持ちになり『この手を離す事はない。だから、ずっと俺のそばにいて支えてくれよ』と耳元で囁く。
「ありがとうございます。私はハヤト様と出会った日の事を、今でも鮮明に覚えております。ハヤト様に救っていただいたあの日、あの日からハヤト様のために生き、ハヤト様のために死ぬと、心に決めております。そして…少しだけ、少しだけでもいいですから、女としての幸せを頂けたのなら………嬉しく思います」
「少しだけ?無理だな。俺はこれからリスグラシューに、数えきれないほどの幸せを送ると決めているから。幸せの押し売りだ。こんなふうに!!」
俺はリスグラシューの華奢な体を強引に引き寄せ、濃厚な口づけをしたのだった。
【依頼へと向かうFCL…①】
冒険者ギルドでグルーヴとグランの冒険者登録をして、新生FCLの活動が始まる。
だが、グルーヴの登録書を見て、ギルド内が大パニックになり、ギルドマスターから呼び出しを受け、応接室に通される事となる。
「グルーヴ様とこんなに親し気にお話しする機会なんて滅多にありません。登録まで時間がかかります。それまでの間でも…」
「い、いえ。私たちは今から依頼へと向かうのです。時間がありませんので、早く…」
「残念ながら、登録には三時間程度の時間が必要になり…」
「そんな話は聞いた事がないです。登録なんて一瞬でしょう!!もう、とっくに終わっているのでは?」
今からFCLへの接待が始まるという雰囲気となり、リーダーのファレノプシスが、やんわりと接待のお断りをするのだが、ギルドマスターは諦めない。
「魔道具の調子が悪く…」
「大混雑で順番待ちが酷く…」
「依頼者にもう一度、依頼内容の確認を…」
なにかしら理由を付けて、FCLというか、グルーヴを引き留めようと工作する。
どうやらこのギルドマスター、グルーヴの狂信的な信奉者のようで、昔からの顔見知りらしい。イラついたグルーヴがギルドマスターに蹴りを入れ、投げ飛ばすが、今も嬉々としてグルーヴの足元に縋りついている。
「お前は昔からウザいのじゃ!!離せ!!ヴォルガ!!」
「あぁ…グルーヴ様が私の名前を!!幸せ♡♡♡」
とてもギルドマスターとは思えない醜態を見せているヴォルガという女性。どうやら、かなりの強者で、冒険者ながら、親衛隊を勝手に結成し、グルーヴが戦っている戦場へ、傭兵として駆けつけていたらしい。グルーヴとしても著しい戦果を挙げるので、見て見ぬふりをしていたのだが、残念ながらそれが災いし、冒険者を引退したあとも、エアディドール領に居座り続け、あげくにギルドマスターに就任してしまったようだ。完全にストーカーである。
「でしたら、私も依頼に同行させてくださいまし。冒険者を引退したとて、このヴォルガ、充分な戦力になり得る事でしょう!!」
グルーヴは眉間にしわを寄せて、ブーツのかかとでヴォルガの頬を踏みつけている…だが、これが逆効果のようで完全に喜んでいるように見える。
「あ、あのぅ~…グルーヴ様。この人、踏みつけられて喜んでいますよ」
「本当に面倒な奴じゃ!!」
アレグリアの言葉にグルーヴは反応し、ヴォルガを再び蹴り飛ばそうとする。
しかし『そう何度も何度も蹴り飛ばされませんよ。踏みつけられるのは好きですが、蹴り飛ばされるのは嫌いなんで!!』とヴォルガは身軽にバク宙をして、態勢を整える。
「お嬢さんたち、あなたたち三人でグルーヴ様をお守りする事が出来ると思っているの?ファレノプシスこそ、ある程度の実績が確認できますが、後の二人は駆け出しもいいところ。逆にグルーヴ様に守ってもらう羽目になるんじゃない?」
「私たちには実績はまだないですけど、足手まといにはなりませんよ!!」
めずらしくウオッカが怒りを露にして反論する。
「ふんっ、どうだか…。そもそも、依頼にペットを連れて行くだなんて、冒険者を舐めるんじゃないわよ!!」
グランを抱きしめているアレグリアに視線を送り、ヴォルガは眼光鋭く睨みつける。
「グランはペットじゃないです。このパーティーの正式なメンバーで、私たちの仲間です!!」
「くう~~~ん!!!!!」
アレグリアの言葉を聞いたグランは嬉しそうに甘えた声を出して、アレグリアの顔中を舐め回す。
「ふふふっ、そうであるな。グランは仲間であり、このパーティーの最大戦力。ヴォルガよ。グランにかかれば、お前など赤子も同然じゃ。シッ、シッ!!」
グルーヴは冷たい視線をヴォルガに投げつける。
ファレノプシスが一瞬で移動し、少し離れたところで様子をうかがっていたギルド職員に槍を突き付ける。
「登録はできているな!!」
「は、はい!!」
喉元に槍を突き付けられたギルド職員は、震えながらカードを手渡す。
「グルーヴ様、どうぞ。それにグランも。グラン、これで正式なメンバー、私たちの仲間よ!!」
ファレノプシスがグランの頭を撫でる。ウオッカも体中をワシャワシャ撫でまわしている。グランは嬉しさのあまりアレグリアの腕の中から抜け出して、応接室を走り回る。
「ふふふっ、では、依頼に向かおうではないか!!」
「ですね!!新生FCLの初依頼。いざ、出発!!」
『おう!!』
グルーヴの言葉にファレノプシスが反応し、アレグリアとウオッカが雄たけびを上げる。
「お、お待ちを…グルーヴ様!!」
「………こいつ…嫌い!!」
グランの眼光が一瞬だけ鋭くなる。
ヴォルガがグルーヴを引き留めようと動こうとする…が、そのまま、床に突っ伏してしまう。
「ぶへっ!?な、なにっ!?足元が凍って…動かないわ!!い、いつの間に!?」
顔面を床に打ち付け、鼻血を出すヴォルガ。氷から足を引き抜こうとジタバタしている。
「ふふふっ、よくやった。グラン!!」
「えへへへっ、行こっ!!こいつ…嫌いだもん!!」
「わたくしも大嫌いである。気が合うではないか!!」
「うん。グランとグルーヴ、気が合う!!アレグリアもファレノプシスもウオッカもみんな気が合う。大好き!!みんな、乗って!!」
グランが応接室の中で巨大化する。
その姿を目の当たりにして、ヴォルガが蒼ざめている。
「いい?乗った?」
『乗ったわよ!!』
「しっかり掴まっててね。いくよ~!!」
グランはそのまま応接室の窓を突き破り、表へと飛び出していく。
「ぐうおぉぉぉぉぉ~~~!!」
エアディドール領全域に響き渡るかのような雄たけびを上げ、グランは四人を背に乗せ、依頼の素材を求めて森へと駆け出していくのであった。




