第164話 信頼関係
「ハヤトよ。父上の命、救ってくれて感謝する。しかし、今は時間が無い。王軍を中心にしたエアディドール討伐軍なるものが編成され、こちらへ進軍を始めたという情報が入っている。礼はその討伐軍を退けてから改めて行う」
「それは本当ですか?」
いつの間にか、この場にいるシーザリオ。
シェイディに声をかけ、ニヤリッと笑う。
「シーザリオ…本当だ。さて………王家筆頭魔術師のあなたはどちらに味方する?」
「ふふふっ、王家筆頭魔術師…ですか。そんなもの、今ではなんの価値も感じませんね。先代から『現王の在位中は頼む』と言われていましたが、すでに私の主人はハヤト様です。ハヤト様のお心のままに従いますよ」
「…そうか、それならなにも言う事はない。メサイア姉様も同じですよね?」
「当然です!!」
「ふふふっ、二人が敵にならなくて安心しました。二人を戦力として考えても…」
「待て、シェイディ。今回の戦はお前の初陣。エアディドールの兵や民、そして味方に付いた南方の三家がお前を、シェイディ・ド・エアディドールが運命を託すに相応しい器かという事に注目している。二人を戦力として考えたいのは分かる…が、シーザリオやメサイア、それに………グルーヴが目立つのはエアディドールの将来にとっては不安が残る。シェイディ、自らが主体となって戦うのだ」
「…父上。そうですね、………そうでした!!この戦で俺がエアディドールの頂点に立つに相応しい人間かを証明してみせます!!」
「うむっ、よくぞ申した!!」
息子の顔を見るシャカール。嬉しそう。
「ふふふっ、少し見ないうちに立派になったのですね。私も…母上も、これで安心してシーザリオ島に向かえそうです」
柔らかな眼差しで弟を見守るメサイア。頼もしそうな表情。
「ところで…母上はどちらに?今までの母上なら俺が止めても無視して、自らが指揮を取ると先頭に立ちそうなものなのですが…」
「お母様は冒険者として依頼を受け、パーティーを組み、森に素材の調達に向かいました。出発したばかりなので、あと三日は帰ってこないでしょう」
「………本当にここを離れられるつもりなんですね」
少しだけ寂しげな顔をするシェイディだが、すぐに表情を引き締め『軍議を行う。騎士団長たちは、評定の間に集まれ!!』と、号令を発したのだった。
☆★☆
俺の部屋にみんなが集まっている。
「戦争か…」
俺の呟きにアパパネとブエナは不安そうな顔をする。
「大丈夫よ。シーザリオ様やメサイア様、なんと言ってもハヤト君が付いてるんだから、安心しなさい」
ジュリアが二人を抱きしめる。
アパパネとブエナも、ジュリアに母親の面影を感じているのだろう。信頼しきった顔になる。
「ふふふっ、まだ開戦するかは分かりませんよ。通常は開戦する前に、なんらかの交渉が行われるはず。おそらくですが、使者が訪れるものだと思われます。その交渉次第で開戦、あるいは和解という線もあり得なくもない」
シーザリオが冷静に分析する。
「…そうか。俺たちはどうする?一旦、シーザリオ島に渡るのは延期するのか?」
「すでにシェイディとお父様は覚悟を決めている様子。ここは任せて、私たちは予定通り島に渡り、開発を進めましょう。シーザリオ島を押さえてさえいれば海からの脅威は無くなり、戦略的に、それだけで充分な援護になりますからね」
「分かった。メサイアの案を採用しよう。でも…メサイアはそれでいいのか?ここはエアディドールの人間として、戦いたい気持ちもあるだろう?」
「このエアディドールは長い年月をかけて要害化をしています。それに、我がエアディドールは兵馬の鍛錬を怠らず、直近でも謎の敵…まあ、私たちの事なんですが………兵士や領民の士気が高まっています。この状況で負けるのであれば、その後の統治もままなりません。私はシェイディを信頼して、ハヤト様と共に、シーザリオ島に渡る覚悟です。おそらくはお母様もそう言うと思います」
真っ直ぐに俺を見つめるメサイアの瞳には、一切の迷いがない。
俺は『ありがとう。後悔はさせない』と言い、メサイアを強く抱きしめた。
「方針は決まった。予定通り、俺たちはシーザリオ島に渡る。FCLが依頼から帰ってくるまでの三日間、準備を進めておいてくれ」
『はい!!』
★☆★
真夜中、ベットに寝転びながら『自由気ままに、のんびりと暮らすという夢も、なかなか難しいものだな』と、呟く。期待と不安が入り混じり、なかなか寝付けない。起き上がり、窓の外を眺めると、シャカール様の姿が見えた。一度『グルーヴの事で、しっかりと話をしないと…』と、思っていた。
俺は部屋から出て、シャカール様の元へ…
「おうっ!!ハヤト。どうした?こんな夜中に…」
「一度、グルーヴの事で話をしたいと思っていました」
「ふふふっ、律儀な奴だな………嫌いじゃない。飲むか?」
「頂きます」
シャカール様は持っていたグラスを傾け、後ろに控えていたメイドに目くばせをする。
慣れた手つきでグラスに酒を注ぐロリメイド。ウイスキーだろうか?一礼をして俺に差し出す。
少しだけ口に含ませる…が『うわっ!?強っ!!』と、俺は顔をしかめてしまう。
「わはははっ、強すぎたか!!まだまだ少年だな」
「はははっ、面目ないです。俺にはストレートは強すぎる」
俺はもう一つグラスを受け取る。
魔法で氷を作り出してからウイスキーを入れて、さらに魔法で軽くステアする。
グラスが冷えると、表面に白い霧が現れる。
マジックバックから炭酸水を取り出して注ぎ足していくと、グラスの中で細かな泡が踊る。
少し氷を持ち上げ全体に馴染ませてから、最後にもう一度、炭酸水を少し入れて完成。
「ゴクッ、ゴクッ、ゴクッ………美味い!!」
久しぶりに飲むハイボール。たまらん!!
「凄いな。そんなに簡単に氷を作り出せるのか。………美味そうだな。俺にも一杯作ってくれないか?」
「いいですよ」
もう一杯ハイボールを作り、シャカール様とグラスを合わせる。
グルーヴの事でなんとなく後ろめたい気持ちがあったのだが、酒を酌み交わす事で信頼関係を作れたような気がした。
「グルーヴは物心付いた頃には、将来エアディドール家を背負うように教育され、実際、自分の幸せなど求めず、ただひたすらお家のためだけを思って生きてきた。俺との結婚も、ただ後継者を作るというだけの目的だった。実際、俺としても成り上がるチャンスだと思ったのだが、あれだけの女だ。愛情が無かったわけじゃない。しかし、シェイディが生まれ、後継者ができると、俺とグルーヴとの間は急速に離れていった。まあ、それは俺の性癖的には良かったのだが…それは置いといてだ。ハヤト、不器用な女だが…グルーヴをよろしく頼むぞ」
「分かりました」
俺とシャカール様はもう一度グラスを合わせ、一気に酒を飲み干すのだった。
【姉と弟】
軍議を終えたシェイディが御殿に帰ってきた。
メサイアは情報の共有のため、二人をリビングで待ち構えていた。
「父上はどちらに?」
「涼んでくると言い、メイドを連れて中庭に…。おそらく、酒でも飲んでいるのではないでしょうか?」
「そうですか…。公爵はあなた…違いますね。おそらくは…アーキュリーとは決別する事になる。そうすれば、あなたは公爵ではない。独立し王となる。この先、エアディドール家を率いるのはシェイディ、あなたです。ゆえに…」
「姉上!!…ハヤトという男。何者なのでしょうか?あの者が作ったというポーションの効果、尋常ではない。当家にある高級ポーションより、遥かに効能が高い。いえ…高すぎるのです!!」
メサイアの言葉を遮り、シェイディが言う。
「ふふふっ、自分の地位よりも、ハヤト様の事…気になりますか?」
「当たり前です!!姉上の恋人というのはもちろんですが、あのポーションの事も、それに、にわかには信じがたい事なのですが…」
シェイディがナナのほうをチラ見してから『母上に勝ったという話を聞きました』と声を荒げた。
ナナは一礼してから『グルーヴ様はハヤト様に敗れ、死を覚悟されました。しかし…グルーヴ様もまた、ハヤト様のポーションと………『ハヤト様の深い慈愛』によって救われました。私などがグルーヴ様の心情を代弁する事など、出来ようはずもありませんが、おそらくはその事により、グルーヴ様はハヤト様に対して『永遠の愛情』が生まれたものだと推察しております』と言う。
さらに『グルーヴ様は幼い頃より、心を閉ざし、ご自分の幸せなど顧みず、ただひたすらエアディドール家のためだけを思い、生きてこられました。しかし、ハヤト様の愛情に触れられ、その固く閉ざし、凍りついた心を開かれたのです。幼少の時よりお側に仕えてきた私でもできなかった事を………ハヤト様が…』と、ナナは唇をかみしめて言った。
「………母上」
シェイディは天を仰ぎ、なんともいえない表情。
「ふふふっ、心配する必要はありませんよ。お母様は今、とても幸せです。あなたも表情を見れば分かる事でしょう。剣が取れ、穏やかになったお母様の表情を見ればね」
楽しげに話すメサイア。
「しかし…姉上はそれでよろしいのですか?ハヤトは姉上の恋人でしょう?よりによって、母親も同じ男を………」
心配顔のシェイディ。
メサイアとグルーヴの仲を思いやっている様。
「心配は無用です。ハヤト様は器の大きなお方。いえ、私たちには測れぬほどの器をお持ちでおいでです。先ほど、ハヤト様は何者か?と聞きましたが、ハヤト様は異世界人にして使徒様。マリヤ様によってこの世界に降臨された使徒様なのですよ!!そのハヤト様に私も、お母様もお仕えできる事となったのです。名誉でしかありません」
嬉々として語り、悦に浸るメサイア。この場にハヤトがいたら頭を抱えていたに違いない。どうやら、リスグラシューの病が移ったようだった。
「異世界人………使徒…様。それなら母上に勝った事も、ポーションも、すべてが納得がいく」
「ふふふっ、エアディドール家にとって益しかありません。あなたもハヤト様とよしみを通じなさい」
「分かりました。エアディドール公爵…いえ、エアディドール王として、ハヤト…兄さんとは友好関係を築いていきます」
「ふふふっ、よろしい」
シェイディと話を終えたメサイアは満足し、自室へと戻っていくのであった。




