第163話 命の恩人
翌朝、ブルーノさんからの指名依頼をこなすために、FCLは早朝から装備を整えている。グルーヴが城を空けるという事でナナが抵抗をしたのだが、当のグルーヴはまったく意に介せず、ウキウキで出発してしまうのだった。
「グ、グルーヴ様…」
「大丈夫だ。グルーヴの人間離れした強さは、ナナも分かっているだろう。アレグリアとファレノプシス、それにウオッカもすでに相当な実力だぞ。物凄いスピードで成長しているからな」
「でも…万一の事も考えなければ………」
「伝説の魔獣までいるんだぞ。安心しろって」
「………はい」
渋々納得するナナ。憂い顔が消えない。
「ナナもお母様から離れないといけませんね」
「30年以上もお側に仕えているのです。そんな簡単に離れられません」
「確かに、私より遥かに長い時間、ナナはお母様と一緒の時間を過ごしてきたんですから。でもねナナ。これからは、少しは自分の幸せも考えてもいいんじゃないかしら?」
「わ、私は今でも充分幸せ………だと思います」
憂い顔がさらに度を増し、やけに色っぽい。
元々あっさりした顔で、幸が薄い印象の女性なのだが、美形なのは間違いない。正直、これはこれで『アリだな』と思う。
俺はナナのグルーヴに対するふしだらな欲望を知っている。その上で、いつの日にか、その欲望を叶えてあげたいと思う。当然、その時は三人で、なのだが…そんな事を考えながらも『結局、俺が一番、ふしだらじゃねぇか!!』と思い、苦笑いをするのだった。
★☆★
仕事や研修を受けるため、みんな部屋から出て行く。
俺は一人取り残される。
(俺だけ無職のようなのだが…いいのだろうか?そもそも、グランを使役しているのは俺のはずなのだが、その俺を残してウキウキで出かけていくグランも解せぬ)
自室に戻り、ベッドの上で寝っ転がりながら考える。ここだけ切り取れば、引きこもりの無職男。
(シーザリオ島に移住するとして、人生相談所は廃業か。………完全に失業。今も一人だけ暇を持て余している。このままではエアディドールの使用人やメイドから、ヒモ男とカゲグチを言われてもしかたがない状態。自分としても『いかがなものか?』とは思う)
俺は立ち上がり、窓の外を眺める。
すると、馬に騎乗した若者とシャカール様の姿が見えた。
(あっ、シャカール様だ…って言うか、なんでシャカール様がここにいるんだ?あの様子だと、一緒にいるのはメサイアの弟、シェイディ様だろう。とりあえず挨拶に行くかな)
窓から見下ろし、呑気に考える俺だったが、脳裏にグルーヴの顔が思い浮かび、一瞬で顔が真っ青になる。
(あっ!?ヤバイかも。グルーヴの事で激怒して帰ってきたのかもしれない。なんて説明したらいいんだろう?すでにグルーヴは俺の女だ。諦めろ!!とでも言えばいいのだろうか?無理、無理、無理!!)
俺は頭を抱える。
グルーヴは『すでに別れた。問題ない』などと平然と言ってはいたが、シャカール様から見れば、自分の留守の間、娘の恋人に妻を奪われたと言えなくもない。
(これって、公爵としてのメンツが丸つぶれじゃないか?冷え切った関係だとはいえ、妻は妻。グルーヴの事で俺に対して悪意を抱いてしまったのかもしれない。ヤバい、面倒な事はごめんだ!!)
部屋から飛び出す。
ジャンピング土下座も覚悟の上だ。
一目散にシャカールの元へ駆けつけるのだった。
☆★☆
「あ…あれっ?………意外と和気あいあい?」
俺が中庭に着くと、既にメサイアがやって来ていて、二人と抱擁を交わし、笑顔で談笑している。
「ハヤト様!!」
メサイアが俺に気づき手招きをする。
シャカールから見れば、妻を寝取り、愛娘を奪う男。シェイディから見れば、母と姉を奪い、公爵家を内から乱す男と見えるだろう。
絶対的に気まずいが、開き直るしかない。
俺は堂々と三人の前まで歩いて行く。
「ハヤトよ、助かった」
「???」
シャカール様が俺の肩に手を掛け熱く言う
続けてシェイディとメサイアも頭を下げる。
ここだけを切り取れば、俺が公爵家より上位の存在に見えてしまうのだが………これ如何に?
戸惑う俺。
メサイアが『王家の精鋭たちと戦闘になり、致命的な傷を負ったとの事ですが、ハヤト様の『アレ』で奇跡的な回復をしたとの事です』と耳打ちした。
「あっ!?もしかして…エリク…」
「しっ!!」
エリクサーの事は機密事項扱いのため、メサイアに口止めされる。
「どうした?」
「いえ…あれは………特級、そう高級の上の特級ポーションです。役に立って嬉しく思います」
「そうか…天才ハヤトが作った特別なポーションなのだな。あれが無かったら間違いなく死んでいただろう。お前は命の恩人だ。ありがとう」
シャカール様は俺に向かって深々と頭を下げるのだった。
【FCLの作戦会議】
「では、楽器屋のブルーノ氏による楽器製作のための素材収集を目的とする指名依頼についての作戦会議を行う」
「リーダー、堅苦しくない?」
「そ、そうか…」
ウオッカの指摘に困惑するファレノプシス。
「ウオッカ、茶々を入れるでないわ」
グルーヴが苦言を呈する。
「えへへへっ、ごめんなさい」
「うう~ん…では、続けるわね…」
咳払いをするファレノプシス。少し、やりにくそう。
「今回の指名依頼は、楽器の本体に使用する木材の確保が主な目的。なるべく多くの試作品を製作したいとの事で、出来るだけ多くとの要望です。知っての通り、私たちが収集した木材を使用して作られる楽器は、ハヤト様が発注したもの。失敗は許されません!!」
「気合が入るわね!!」
ファレノプシスの言葉を壁にもたれかかり聞いていたアレグリアが手の平に拳を当てて気合を入れる。
「敵、出てくる?殺していい?」
グランが尻尾をフリフリして言う。
「あぁ…魔物や魔獣が出てきたら、容赦なく殺していい。あと、盗賊もね」
「やった~!!」
アレグリアの足元で喜びのあまり、何回も回転するグラン。どんだけ殺したいのか?
「アレグリア、凍らせて粉々にしちゃおうよ!!」
「まったく、グランは…やっちゃいますか!!」
ノリノリの二人。結構、恐ろしい。
「待って。粉々にするのは留めて欲しい。魔物も魔獣も、様々な素材として売れるものも多い。盗賊の首もね。この前、ゼニヤッタが確保した盗賊の首のおかげで、賞金とランクアップが実現したという現実がある。出来得る限り、原形をとどめて命だけ奪うという方針でいきたいと思うわ。実際、遠征にはお金もかかるし、リーダーとして、今後の活動費や個人の取り分も考えないといけない」
「…っで、あるな。できる事なら…と条件付きで、綺麗に始末する方向で対処しようではないか」
ファレノプシスの意見にグルーヴも賛同。
「グラン、粉々は諦めなさい。私たちは冒険者なの。お金稼ぎも大切なのよ」
「…は~~~い」
アレグリアの言葉にシュンとするグラン。尻尾が垂れている。
「………それに、リスグラシューからも、シーザリオ島の開発資金の提供の要望が来ているのよ」
「当然であるな。いずれ、ハヤト様とわたくしたちの島になるのだ。喜んで資金を提供しよう」
『異議なし!!』
これは全員一致。
しかし…
「まあ、個人資産に関しては、わたくしが一番持っているので、必然的に貢献度は、わたくしが一番という事になるがな」
勝ち誇った顔をするグルーヴ。
『うぐぐぐっ…勝ち目のない戦い』
全員が歯ぎしりをして悔しがる。
ノックの音がして、リスグラシューが入ってくる。
「皆さん、遠征期間の三日間の食事を用意いたします。初日はなまものも用意しましたが、二日目、三日目は日持ちするものが中心です。容器は荷物になるので、空になったら捨ててきて構いませんので、明日、出発前に取りに来るよう、お願いいたします」
「やった~!!さすがはリスグラシュー様様!!大盛りで!!」
大興奮のウオッカが、リスグラシューに抱き着く。
「うぐぐぐっ、ウザいんですが!!無駄に大きい胸のせいで、息ができませんよ!!」
「そんな事言うなよ~~~!!」
リスグラシューの小さな顔が胸にうずもれジタバタしている。
「これで食事も問題無し。ハヤトがくれたペンダントのおかげで生活魔法も使える。致せり尽くせりの遠征って事でいいよね!!」
「ふふふっ、私たちは恵まれすぎですね」
アレグリアとファレノプシスがペンダントを手に取り言う。
ようやく解放されたリスグラシューが『と、とにかく、依頼をこなして稼ぐ事以外に、プラスで魔物や魔獣を倒して、なるべく多くのお金を稼いできてください!!』と言って、ウオッカのお尻を蹴り飛ばして部屋から出て行った。
お尻をさするウオッカ。さすがにみんな苦笑い。
「よし!!方針は決まったわ。今日は早く寝て、明日の朝、4時に集合よ!!」
『はい!!』
リーダーの言葉に気合が入り、引き締まった顔つきで、各自、部屋を出て行くのであった。




