第157話 魔石
再びエアディドールの街を散策しながら、リーズや王都の街並みと比較する。ここは港町、舶来品が多いし、当然、海の幸も豊富。だからと言って、野菜や果物や肉などの店が不足しているわけでもなく、品揃えが充実している。日用品や衣料品の店もにぎわっていて、人々の表情も明るかった。だが、今一番活況を呈しているのが、軍事関係の店だろう。剣や槍、盾などを乗せた馬車が、ひっきりなしにすれ違っている。
「景気がいいみたいだな」
「おかげさまで、得体の知れない敵の襲撃がありましたから、武闘派のエアディドールの領民の気持ちが昂っているのかもしれません」
「あはははっ、面目ない」
「うふふふっ、冗談ですよ。しかしながら、わたくしはこのエアディドール領を、いつでも王都の代わりになれるようにと整備してまいりました。海と川、そして山などの地形を利用した防衛体制。ここには大きな街があり、なによりも港がある。農業も畜産も盛んであらゆるものが揃い、エアディドールだけで全てを賄えるようになっております。もし…アーキュリー王国全体を敵に回しても、簡単には負けないだけの自信はあります」
「凄いな!!シーザリオ島に行って開発を手伝うんだが、いろいろと参考にさせてもらうよ」
グルーヴが妖しく微笑む。
「あの島の開発が進んで協力体制を築けたのなら、位置的に海からの脅威は軽減します。なにより、この海域全体の利権が手に入るのです」
「んっ!?海の利権とは?」
「エアディドール領とシーザリオ島の間の海は重要な航路になっており、商船を海賊や海に住む魔獣から守るための税と言えば分かりやすいでしょうか。その税、利権を我々が牛耳る事ができるのです。今でもかなりの税収がありますが、ふふふっ、シーザリオ島と連携できれば…」
「………グルーヴ、物凄い悪い顔をしているぞ」
「ハヤト様、国を運営していくというのは、綺麗事だけでは成り立ちません。これからシーザリオ島の開発には莫大な資金が必要になる事でしょう。当然、シェイディにも協力を求めますが、シーザリオとわたくしだけでは、とても賄いきれないのは明らかですわ。宿の経営での収入など、無いようなものでございます」
「俺は『ちょっと手伝うだけ!!』と思っていたんだが、なんか凄い大事になっているな」
「あの島は莫大な利権を求めて、王国が開発しようとしても、失敗したという経緯があります。もし、島の開発が順調に進んで、その情報を王国が掴んだのなら…」
「掴んだのなら?」
「間違いなく、アーキュリー王はシーザリオから島を取り上げようと考える事でしょう」
「開発ができないと分かると、自らシーザリオに島を押し付けたんじゃなかのか?」
「ふふふっ、所詮、王家の物は王家の物、その他の貴族の物も王家の物なのです。すべては王の気分次第。今の王は比較的穏健派なのですが、逆鱗に触れて潰された貴族家は幾つもございます。わたくしと王家は、とても良好な関係とは言えません。開発が進み、我々が莫大な富を得るとなると、次の標的は………エアディドール!!」
「本当に!?大丈夫なのか?」
「先ほど申し上げた通り、備えは万全。抜かりはございませんわ」
「いやいやいや、そうじゃなくて!!戦争を回避するって事だよ」
「こちらから仕掛けるつもりはございません。ただし!!仕掛けられたのなら、独立も視野に入れ、徹底的に戦うというまででございます」
ニッコリと微笑みながらグルーヴは言うが、目は笑っていない。その瞳には炎がたぎり、野心が見え隠れしている。
「勝てる見込みがあるようだけど、勝算はどれくらいあるんだ?戦争は勝たないと意味が無いぞ」
「100%でございます!!」
「100%はさすがに盛り過ぎだろっ!!」
「いえ…こちらにはマリア様の使徒様と、伝説の魔獣が味方に加わりましたので、負ける要素がございません」
「………使徒じゃないから!!」
いつの間にかグルーヴにもハヤト使徒説が広まっていた。
(はあぁぁぁ…間違いなくリスグラシューの仕業だな。どうしても俺を使徒に仕立て上げたいらしい。困ったものだ…)
思わず顔をしかめてしまうと『ご迷惑でしたでしょうか?』とグルーヴは心配そうな顔をして聞いてきた。
「いや、構わないよ!!転移して来たころは戸惑っていたけど、もう慣れた。それがこの世界の理なら従うまでだ。それに…」
「それに………なんでございましょうか?」
「俺はずっと一人だった。だけど…今は守るべき人達、いや…愛する女性達の為に、命を懸けて守り抜く覚悟がある」
そう宣言すると、俺はグルーヴを抱き寄せる。
大通りのど真ん中、多くの馬車が通り過ぎていくが、まるで当たり前のように俺とグルーヴを避けていく。
見つめ合い、二人だけの世界に没入していく。
「グルーヴ、俺はなにがあってもお前を守る」
「はい!!」
言葉はこれだけ。
俺とグルーヴは見つめ合い、周りの視線など一切気にせず、口づけを交わしたのであった。
★☆★
「よく見かけるこの黒い石はなに?」
「魔石でございます。ご存じありませんでしたか?」
「あっ!?そういえば、リーズの出店でも売っている人がいたなぁ。その時は興味なかったから気にしなかったんだけど…なにをする物なんだ?」
「魔力を蓄えるものでございます。主な用途は魔道具を動かす動力として使われています」
「魔道具!?見た事ないんだけど…」
「エアディドール城にはいくつかの魔道具が使われております。例えば、わたくしの部屋や謁見の間のような主要な所には、この魔石を使った照明器具が設置済みです」
「あの照明器具がそうなのか!?当たり前すぎて全然気にならなかったが、確かに『ベガ』には使用されてなかったな」
「大変高価なものになりますので、庶民は手を出しずらいのだと思われます」
「…買っていこうかな」
「ふふふっ、魔石なら城に腐るほど蓄えがありますので、いくらでも差し上げますわ」
「さすがエアディドールだね」
「いえ、魔石自体は高価なものではありません。この程度の大きさの魔石なら、ゴブリンの体内から採取てきますから、タダ同然とは言いませんが、非常に安価で手に入ります」
グルーヴは店先に積んである魔石を手に取り教えてくれる。
「今欲しいな。試したい事があるんだ」
「???」
俺は魔石を一つ買い握り締める。
「グルーヴは魔法を使えないよね?」
「はい。残念ながら使えません」
「当然、生活魔法も使えないよね」
「はい。ただ、生活魔法程度の使い手であれば、捜せば見つかるものでございます。エアディドールでも数人を雇っております。それでも、とても高い報酬が必要になりますので、普通の貴族では、一人雇えるか雇えないかというレベルには貴重な存在です」
俺は笑顔で握り締めた魔石を渡す
「ええぇっと、ハヤト様。まさか!?」
「上手くいったかは分からないけど…生活魔法全般を付与してみた。試してみてくれるか?」
「は、はい。でも…どうやって魔法を発動させたらいいか分かりません」
「魔石を握り締めてイメージするだけでいい。とにかく魔法はイメージが大切なんだ」
「分かりました。やってみます!!」
グルーヴは目を閉じ、両手で魔石を握り締めるのであった。
【王都にて…④】
「申し上げます!!エアディドール公爵、シャカール様とご子息、シェイディ様が王軍の命令に従わず、武装して城門を突破し、逃走したとの事でございます」
「なんじゃと!?」
アーキュリー王、セオドリック・ド・アーキュリーは立ち上がる。
「閣下、これはもう確定でございます。エアディドールは王家に対し、従う意思が無いという事。直ちにシャカールを追い、エアディドールに向けて兵を差し向けましょう」
「すぐに動かせる兵はどのくらいいるのか?」
「おおそよ3000人。しかし、シャカールを追うには人数が多すぎます。拘束に向かった500人に精鋭を200足して、700人で追撃し、その後準備ができ次第、30000でエアディドールに侵攻いたします!!」
「………30000…か。足りぬ。相手はあのグルーヴなのじゃ!!お前たち若い者はあの女の恐ろしさを知らぬ。甘く見ると返り討ちにされてしまうぞ!!」
セオドリックは若かりし頃に戦場で見たグルーヴの面影が脳裏に浮かぶ。
勇ましく剣を振るう美少女グルーヴの姿。
ただそこにいるだけで、誰もが引き寄せられる圧倒的オーラに気品を兼ねそろえた、まさに女帝の名にふさわしい女。
一回り以上年下ながら密かに憧れを抱き、時には圧倒的才能に狂ったように嫉妬もした存在。
誰もがグルーヴの事に嫉妬をし、恐ろしい女と口にしていたが、心の内では『この女を自分のものにしたい。支配して汚してやりたい』と思っていた。
「父上、私にお任せください。私がエアディドールに攻め入り、グルーヴを生け捕りにしてご覧に入れます」
「いえ、私にご命令を!!必ずやエアディドールを攻め落とし、グルーヴを父上の前で跪かせてみせます」
セオドリックの二人の息子。長男オーレリアスと次男ユリアスが前に進む。
「…生け捕り………余の前で…跪かせる」
賢王と言われたセオドリックの心にある僅かな闇が広がりはじめる。
「わはははっ、頼もしいですな。我々家臣一同力を合わせ、必ずや、あの生意気な女、グルーヴを捕らえて見せましょう」
「そうだ!!なにが女帝だ。生意気な!!ひねりつぶしてやる!!」
「閣下!!身の程を知らしめてやりましょう。ふふふっ、全裸にひん剥いて、閣下自ら鞭で尻を叩いて躾けるのがよい!!」
『わはははっ!!!!!』
二人の王子がグルーヴ討伐に名乗りを上げて士気が上がる。
しかし…
(グルーヴを全裸にし…鞭で………尻を……………余が、あのグルーヴを!?)
セオドリックの心が一瞬で闇に支配される。
グルーヴに対して持っていた恐怖、劣等感、嫉妬、憧れ…様々な感情が入り乱れ、賢王を狂わせる。
そして…醜い支配欲が爆発する。
「グルーヴを捕らえた者を後継者に指名する。必ずやグルーヴを生け捕りにし、余の前に引きずり出すのじゃ!!」
『な、なんとっ!!』
二人の王子と家臣たちの目つきが変わる。
後継者争いが勃発する。
王都が慌ただしく動き出す。
「はあ…はあ…はあ………グルーヴ」
自室に戻っても興奮が収まらない。
脳裏に浮かぶグルーヴの全裸の姿が狂わせる。
紅茶を持ってきたメイドを犯す。
「足りぬ…足りぬぞ!!」
メイドや侍女を犯しまくる。
もはや賢王と呼ばれた男の姿はどこにも見られないのであった。




