第154話 楽器屋
「ご主人様、出発いたします」
「!?…素晴らしい響きだ!!」
グルーヴは御者メイドになりきり、馬車を走らせる。手綱を握る横顔は凛として美しく、俺は思わず見惚れてしまう。昨日のような険しい表情が嘘のように消え去り、母性あふれる表情になっていた。
爽やかなエアディドールの風に乗り、優しい匂いが鼻をくすぐり、自然と俺も笑顔になる。
しかし、伝令だろうか?馬を疾走させる兵と頻繁にすれ違う。
「グルーヴ、王都の屋敷の襲撃の件は、俺たちの仕業と分かったんだ。もう、臨戦態勢を解いたらどうなんだ?」
「ふふふっ、今、この国は戦争から遠ざかり、相当緩んでおります。戦争を経験していない世代も増えてきて、なによりも実戦経験が不足しております。今少し、危機感を持ち、この国…いえ、エアディドール家と自分たちの生活を守るという意識を植え付けさせねばなりません。それに…」
「それに?」
俺の問いに…
「昨日、ハヤト様が放たれた火魔法、エアディドール領全域に爆音と衝撃波を響かせました。その結果、姿の見えない敵に対して兵士たちはいきり立ち、極限の精神状態。なかなかこの様な経験はできませんので、もう少しこの状態を維持しようと思っています」
グルーヴは満面の笑みを浮かべ答える。
「………なんか…ごめん。エアディドールの兵や住民に迷惑をかけてしまった様だね」
「迷惑だなんて、とんでもありません。この様な機会をいただき、感謝しております」
「まあ、ほどほどにな」
会話の間にも、伝令や兵士とすれ違う。
まるで雰囲気は開戦間近。
殺気が伝わって来て、俺の肌までピリピリしてくる。
★☆★
しばらく走ると街に到着した。
戦争特需というのだろうか?活気に満ち溢れている。だが、所々で罵声が飛び交い、人々の気が荒ぶっているのが感じられる。
「ふふふっ、いい雰囲気じゃ!!」
「えっ!?」
街の雰囲気を直に感じ、満足そうな顔をするグルーヴ。
俺はそんなグルーヴの顔を見てドン引きする。
「いつもとは雰囲気がまるで違います。わたくしを見て、仰々しくお辞儀をする者もなく、ごく自然に振舞っている。これが本来の街や領民の姿。ふふふっ、本当にメイドになったようですわ」
「あぁ…そういう事か。まあ、そうだろうな。グルーヴがいつ、どこで視察を行うという情報が伝われば、人々は表向きの姿を取り繕うとするだろうからね」
「はい。今考えれば当たり前の事。人々は事前に掃除をし、書類を整え、万全の態勢を整えて、わたくしの視察を迎えていた。しかしそれは本来の姿ではなく、偽りの姿。都合の悪い事があれば覆い隠し、わたくしが満足するように取り計らわれていた。そして、視察が終われば元通り。なぜ今まで、そんな当たり前の事に気づかなかったのか…」
「そんなものだよ」
馬車を降り、会話をしながら街を散策する。
すれ違う人たちがグルーヴを見て振り返る。それは、エアディドールの支配者を見る目ではなく、その美しさに見惚れてるだけ。
「身分を隠しても、美しさとオーラまでは隠せないようだね。みんなグルーヴを見て振り返ってるよ」
「ふふふっ、からかわないでください。ただし、わたくしを見る目に、恐怖や委縮する感情が入ってないのは、なんだか新鮮なような気がいたします」
「はははっ、初めて会った時のグルーヴは、本当に怖かったぞ。目の前に座っているだけで、威圧感が半端なかった!!」
「ま、またおからかいになってっ!!」
顔を赤らめながら、俺の頬をつねるグルーヴ。楽しい!!
『ウルトラ・スーパー・おっぱいミニスカメイド』のグルーヴを従えながら、エアディドールの街並みを見て回る。
しばらくすると、なにかに引き寄せられるように、一軒の店の前で足を止める。
「ハヤト様?」
グルーヴの問いかけにも応じず立ち尽くす。
店先には打楽器や笛などの楽器が並べられている。俺は一本の横笛を手に取った。
「なぜだろう?吹けるような気がする」
「ハヤト様も神龍笛を嗜むのですか?」
「…神龍笛っていうんだ。吹いた事はない。見るのも初めて。ただ…吹けるような気がするだけだよ」
「ハヤト様がそう思うのなら、吹けるのでしょう。わたくしが何本も持っております。もし良ければ、お譲り致しますが」
「いいのか?………高いんだろう?」
「それなりに…ですわ。ハヤト様は値段など気にしなくても結構です。献上いたします」
「ありがとな」
素直にグルーヴの好意を受け取り、笛を戻し立ち去ろうとするが…
「いらっしゃい!!どんな楽器を捜してるんだい?」
奥から店主が出て来て声を掛けられてしまった。
一瞬『どうしようかな?』と思ったが、『ピアノは置いてありませんか?』と聞いてみた。別に弾きたいわけでもないが、本当に自然と『ピアノ』という言葉が出てきたのだ。
しかし…
「ピアノ!?………聞いた事ない名前の楽器だな。兄さん、もしかして外国の人かい?」
「ハヤト様は異世界人である!!」
店主の問いかけに、グルーヴが答える。
「異世界人というのは内緒にしてるんだがな。まあ、もう身を守れるから隠す必要もないんだが…」
苦笑いをしながら、俺はグルーヴに耳打ちをする。
すると『申し訳ありません』と、アワアワしながら謝るグルーヴ。可愛い。
しかし、急に威圧感が増したかと思うと『命が欲しくば、今の話は忘れるがよい!!』と、店主を恫喝し始めるグルーヴ。恐ろしい。
店主の表情が蒼ざめ、ガタガタと震えだす。
普通の人がグルーヴの威圧に耐えられるわけが無い。
「申し訳ない!!こ、このメイドは雇ったばかりで、まだメイド業に慣れていないんだ。決して本意ではありません!!」
俺はすぐにグルーヴの耳元で『今はメイドプレイの最中だって事を忘れないように!!』と、注意する。
しかし、当のグルーヴは舌をペロリッと出し『わたくし、やっちゃいました!!』という顔をし、はにかんだ笑顔を見せている。どうやら、なかなかにメイドプレイを楽しんでいる様子である。
「………忘れる。完全に兄さんが異世界人というのは忘れる。だが、興味がある。そのピアノという異世界の楽器の話。詳しく教えてもらえないだろうか?」
店主は好奇心が抑えられないという顔をして、俺に向かって懇願するのであった。
【王都にて…】
王城の一室。
「やはり、エアディドール領の様子がおかしいようでございます」
「……………」
「領内には武器商人が頻繁に行き来し、兵糧を蓄えているとの事です。先ほど緊急の連絡として、エアディドール城から特大の火魔法が放たれたという情報がもたらされました。我々が得ている情報ではエアディドール家に火魔法を使える者はいなく、新たに雇われたのだと推察します」
「…どの程度の魔法なのじゃ?」
「簡単に城門が破壊できるほどの威力………との事。おそらくはグルーヴ、反乱を起こすだけではなく、この城に攻め入る気なのでは。そして王の地位を簒奪しようとたくらんでいるのかもしれません」
「まさか!?グルーヴも馬鹿ではあるまい」
「あの女は、今でも自分が王のように振舞っています。我々からの再三なる登城要請も、ことごとく無視され、平和を守るために自ら自国の武器を放棄し、周辺諸国を安心させようとする王の政策を、愚策と鼻で笑い嘲笑しております。エアディドール周辺に火の粉が燃え広がり、大火になるのだけは防がなければなりません」
「………なぜ分からぬのじゃ。武器があるから、人々は戦いをするのじゃ。この国から武器を無くしてしまえば、よその国も安心して平和に暮らせるというのに…」
「あの女は戦で手柄を上げ名を上げてきました。所詮、戦だけで頭が回らぬ愚か者なのです」
「しかし………勝てるのか?武器も実戦経験も不足しているだろう」
「そこは…なかなか、しかし、王国一丸となれば、エアディドール家くらい、量で踏み潰す事も可能でございましょう。ご心配ならば、エアディドールの跡取りが、密かに王都の屋敷に来ているという情報があります。シャカールと共に拘束してしまえば…」
「人質か…気が進まぬが、それで戦が避けられ、数多くの人の命が救えるのならば………致し方ないのか」
「ではっ!!」
「うむっ。シャカールと息子を拘束せよ!!」
王城から500人の兵士が二人を拘束するために、エアディドールの屋敷を強襲するのであった。




