第144話 命がけの説得
グルーヴは自室に戻り、顔を歪めながら自らの震える手を見つめている。
(………骨が砕けたか、もう二度と剣は握れまい)
激痛と絶望が押し寄せる。
(ふふふっ、これも運命。受け入れるしかなかろうよ。しかしながら…こんな無様な姿をさらしたくはない)
剣が握れず、自ら命を絶つ事もできない。
いっそ舌を噛み切ろうかと思ったところで、ナナが部屋に飛び込んできた。
「ナナ、わたくしの首をはねよ!!」
「!?………できません!!」
「わたくしはもう剣を握れない。こんな無様な姿をさらすくらいなら、潔く死んだ方がマシじゃ!!戦場で幾つもの命を奪ってきた。覚悟はできている!!」
「ポ、ポーションをお持ちしました」
「ふふふっ、効かぬよ…効かぬ。何度も死線を乗り越え、部下や友を見送ってきた。もう………治る事はない。第一、戦場なら、わたくしはハヤトに殺されている」
「そ、そんな………」
ナナはヘナヘナとその場に座り込む。
その目からは涙が溢れ出していた。
「ふふふっ、泣くでないわ。ナナ、これからはシェイディを支えてやってくれ。あやつは剣の腕前は未熟なれど、頭は切れる。エアディドール領の切り盛りくらいはできるであろう」
「嫌でございます!!私もお供します!!」
「許さぬ!!………ナナ、馬鹿を言って困らせるでない。ふふふっ、気持ちだけ受け取っておく。さあ!!やるのじゃ!!」
ナナは涙で顔がくしゃくしゃになりながらも、懐から短刀を取り出す。
しかし、手が震え短刀を上手く握れない。
「ナナ、あなたの短刀ではなく、イカズチで首を跳ねるのじゃ。最後はイカズチにより送られたい…」
ナナが震える手でイカズチを握り締める。
「お母様!!」
ここでメサイアが部屋に飛び込んできた。
続いてリスグラシューも部屋に入ってくる。
メサイアは震える手でイカズチを握り締めるナナの手を掴む。
「メサイア…止めるでないわ」
「止めます。止めるに決まっております」
「生涯最高の一撃を止められたのじゃ悔いはない。メサイア、お前も剣士の端くれ、わたくしの気持ちも分かるであろう。生き恥をさらしたくはない」
「……………」
メサイアは青紫色に腫れ上がったグルーヴの両腕を見て絶句する。
「お母様、ポーションを!!ハヤト様特製ポーションをお飲みください!!」
「いらぬ!!あの小僧の情けは受けん。この腕はもう………元には戻らぬよ…」
グルーヴはポーションを飲む事を拒否する。
「身の程をわきまえなさい。グルーヴ・ド・エアディドール…あなたがハヤト様を小僧呼ばわりするなどおこがましい!!」
「………なんじゃ小娘」
「ふふふっ、女帝やら女傑などと言われ、勘違いもはなはだしい。ハヤト様とあなたでは所詮、人としての器が違いすぎるのです!!」
「この両手が使えれば、切り刻んでくれるものを!!」
突然、リスグラシューがグルーヴに向かって暴言を吐く。
唖然とするメサイアとナナ。
しかし、リスグラシューがナナの持っているイカズチを奪い…
「グルーヴ・ド・エアディドール、お死になさい!!」
叫びながら、槍のようにして、グルーヴの首に突き刺す…
「リスグラシュー!!なにをっ!?」
「!?」
メサイアはリスグラシューの思いがけない行動に対応が追い付かない。ナナも呆然とし立ち尽くしている。
首から一筋の血が流れる。イカズチはグルーヴの首をかすめただけだった。
「………なんの真似じゃ…小娘」
「ふふふっ、今、エアディドール公爵家のグルーヴ様は死にました。この瞬間から、グルーヴ様は一人の女として、ハヤト様に仕えてください。エアディドールの名を捨て、創造神マリア様の使徒、ハヤト様に身も心も捧げるのです!!」
「エアディドールの名を捨てる!?マリア様の使徒だと!?馬鹿な事を言うでないわ。誰がそんな話を信じるものか。馬鹿馬鹿しい。殺すなら殺すがよい!!」
「信じられないのも無理はありません。しかし、マリア様と同等の鑑定スキルを持ち、風魔法はSSSランク。エリクサーをも作り出し、フェンリルまでも従えているお方。ハヤト様はこの世界の覇王となるべく異世界から降臨した使徒様なのです!!」
「………そのような戯言、信じられぬ。マリア様と同等の鑑定スキルにSSSランクの風魔法。エリクサー?フェンリル?馬鹿にしておるのか、小娘!!」
妖艶な笑みを浮かべながら語り、悦に浸るリスグラシュー。
痛みに顔を歪めながら激怒するグルーヴ。
対照的な二人。
「分からず屋さんですね。メサイア様、ポーションを。飲めば事実を受け入れざるを得ない事でしょう」
「わ、分かりました」
ポーションの瓶を取り出し、グルーヴに近づくメサイア。
「いらぬ!!私は飲まぬぞ!!」
グルーヴは顔を背け、堅く口を閉じる。
「ナナ、お母様の口を開けさせて。今ならナナの力でも容易なはず…」
「し、しかし………」
戸惑うナナ。
「お母様をこのまま死なせていいのですか!!さあ、早く!!」
「は、はい!!グルーヴ様、失礼します!!」
指を強引にグルーヴの口にねじ込むナナ。
「やめよ、やめるのじゃ。ナナ!!」
グルーブはナナの指を嚙む。
「グルーヴ様…私はあなた様のお側にお仕えできる事を誇りと思って生きてまいりました。僭越ながら、それだけで私は幸せを、生まれてきた意味があったと感じていました。すべての指を嚙み千切られても構いません。グルーブ様………生きてください!!!!!」
涙を流し、顔をくしゃくしゃに崩すナナ。
「………ナナ。好きにするがよい」
グルーヴはそんなナナの姿を見て体の力を抜く。
「この世に未練などないが…小娘、もしお前のいう事が本当なら、余生はハヤトと共に生きていく事も悪くはない。ふふふっ、エアディドールの名を捨てるか、考えた事も無かったわ…」
グルーヴは微笑を浮かべ、静かに目を閉じ、メサイアが差し出すポーションを飲むのであった。
【リスグラシュー視点】
謁見の間を飛び出し、メサイア様の背を追いかける。
(なんとしてもグルーヴ様をお救いして、ハヤト様にお使いするよう説得しなければ。しかし………ふふふっ、女帝を仲間に引き入れるためには、この命を捨てる覚悟で臨まなければなりません)
私は自らの命と引き換えに、グルーヴ様を説得しようと決意する。
グルーヴ様の私室へ入る。
「!?」
青紫色に腫れ上がった腕を見て絶句する。
(これは………酷い。すでに壊死が始まっている。残念ながら、普通のポーションでは治らないのは明らか。しかしながら…うふふふっ!!)
メサイア様がハヤト様が作ったポーションを飲むようにと促す。
これで腕は治る…そう思い、どうやってグルーヴ様を説得しようか思案する。
しかし…
「いらぬ!!あの小僧の情けは受けん。この腕はもう………元には戻らぬよ…」
グルーヴ様はそう言い放ち、ポーションを飲むのを拒否する。
(…小僧!?今、ハヤト様の事を小僧呼ばわりした!?)
私は一瞬でブチギレる。
「身の程をわきまえなさい。グルーヴ・ド・エアディドール…あなたがハヤト様を小僧呼ばわりするなどおこがましい!!」
ソファーに座り、苦痛の表情で腕を見つめているグルーヴ様に向かって、激しい言葉を叩きつける。
(あっ!?ヤバイ…一瞬、感情が抑えられなくなってしまいました。ええいっ、こうなったら、本当に私の命を懸けて説得するしかないでしょう)
私はさらに…
「ふふふっ、女帝やら女傑などと言われ、勘違いもはなはだしい。ハヤト様とあなたでは所詮、人としての器が違いすぎるのです!!」
一か八か、さらに激しい言葉を投げかける。
そして…イカズチという剣を奪い『グルーヴ・ド・エアディドール、お死になさい!!』と、グルーヴ様を串刺しに…。
「リスグラシュー!!なにをっ!?」
メサイア様が絶叫する。
剣は僅かにグルーヴ様の首をかすめる。
白く細い首筋から、一筋の血が流れる。
グルーヴ様は私の意図が分からず、困惑した表情をしながらも、私の事を鋭い視線で睨みつける。
私は穏やかな表情で、エアディドールの名を捨て、ハヤト様に仕えるよう話しかける。
「マリア様の使徒!?風魔法…SSS!?エリクサー!?フェンリル!?信じられぬ!!」
私の話をグルーヴ様は信じようとしない。分からず屋さんの女帝です。
(あぁ…面倒ですね。では…実力行使と行きますか!!治ったら、私は殺されるかもしれませんが…構いません!!)
メサイア様に指示を出し、強引にポーションを飲ませる事にしたのでした。




