第143話 満身創痍のグルーヴ
グルーヴ様が歩みを始める。
その顔は一切の感情を捨て切ったような無表情。
先ほどまでの怒りや驚きはすでに無く、無心で俺の目だけを見据えている。
鞘を投げ捨てた。
両手で柄を握り締め、徐々に歩みを速める。
「わたくしの剣は最強にして最速。乾坤一擲の剣技、止められるものなら止めてみよ!!」
グルーヴ様は走り出し、大きく飛び上がる。
空中で一回転をし剣を振りかぶると、勢いに任せて俺の脳天めがけて振り下ろす。
(………なんか、ヤバい感じがする!!)
背中に寒気が走る。
「魔力、フルパワーだぁ!!!!!」
命の危険を感じ思わず叫びながら、バリアに魔力を送り込む。
正面からグルーヴ様の剣技を受け止める。
「ハヤト、死ぬがよい!!」
剣がバリアを切り裂く!!…事は無く、『ガギーーーン!!!!!』と大きな衝撃音を残し、グルーヴ様の体は吹っ飛ばされた。
「お母様!!!!!」
メサイアが叫ぶ。
グルーヴ様は倒れる事無くなんとか着地するが、顔を歪ませ剣を落とした。
「ぐぐぐっ…うぐっ………ぐうぅぅぅっ!!」
小刻みに震える手を見つめ、歯を噛みしめるグルーヴ様。
口からは一筋の血が流れる。
足が震え、今にも倒れそうになるが、必死で堪えている。
おそらく手首の腱は切れ、骨は粉々に粉砕されたに違いない。それほどの衝撃だったと思う。
それでもグルーヴ様は叫び声一つ発せず、膝を落とす事無く、ふらつきながらも自分の足で立ち続けていた。
俺はバリアを解除しグルーヴ様の元へ。
イカズチを拾い、真っ白な首にあてがった。
「…俺の勝ちですね」
静かに言う。
「ふっ…完敗じゃ」
顔面蒼白のグルーヴ様はそう言い残し『フラフラ』とした足取りで、扉のほうへ歩み始める。
「お母様!!」
「グルーヴ様!!」
メサイアとナナが追おうとする。
「来るでないわ!!」
グルーヴ様は二人を一喝し、『もはや、わたくしに思い残す事はない』と言い残し、部屋から出て行った。
メサイアは立ち尽くす。
「早くポーションを用意しなさい!!エアディドール家にある最高品質のポーションを!!」
ナナが叫ぶと、メイドや使用人が慌ただしく動き始める。
ナナはグルーヴ様の後を追って、イカズチを手に部屋から出て行く。
「お母様………」
心配そうに扉のほうを見つめるメサイアの肩を抱く。
見た事のない母親の姿に動揺するメサイア。
「メサイア、これを。残念だけど、エアディドール家にあるポーションでは、グルーヴ様の体は治せないと思う。このままだと、二度と剣を握れなくなるどころか、もしかしたら腕が壊死してしまうかもしれない。命に関わる危険性もある。早くこれを飲ませてあげてくれ」
Lv.10の上級ポーションを渡す。
「ハヤト様、ありがとうございます!!」
メサイアは笑顔でグルーヴ様の元へ駆け出していった。
「お見事でした!!グルーヴ様に勝つとは、すでに私の強さを上回っていますね!!」
シーザリオが目を細めて言う。
「俺は防御しただけだよ。もし、本当の戦闘になったとしたら、勝てるかどうかは分からないよ」
「ふふふっ、そういう事にしておきましょう」
シーザリオはニンマリとする。
「でも、メサイアが心配だな」
「ハヤト様、私が行きます!!」
リスグラシューがメサイアを追いかけ、部屋から飛び出していく。
「ふふふっ、なにやら『思惑がある』という顔をしておりました。ここはリスグラシューに任せておきましょう」
「俺はあの顔をしているリスグラシューが恐いんだよ。また、なにを言いだす事やら…」
俺は苦笑いを浮かべ、シーザリオの顔を見た。
シーザリオもなにやら思惑がありそうな顔をしている。
「やっぱり凄いよハヤトは!!FCL に加入しようよ!!」
「いやいやいや、俺はレディースじゃないからね」
「そんなの名前を変えればいいじゃない。ハヤト&FCL、ハヤト親衛隊でもいいわよ!!」
「………後ろ向きに検討します」
「なんで後ろ向きに検討なのよ!!」
アレグリアが俺の背中を思いっきり叩いた。
「痛てぇぇぇ~~~!!最強はアレグリア様でございます!!」
俺は背中を押さえながら大袈裟に言って、みんなを笑わせたのであった。
【グルーヴ視点】
ゆっくりと歩みを始める。
(ふふふっ、メサイアに感謝せねばなるまいな。この歳になって、こんなに血が湧きたつ相手と対峙する事ができようとは…)
自然と笑みがこぼれそうになる。
楽しいのか恐ろしいのか、経験した事のない感覚がわたくしを襲う。
(このハヤトという男なら、わたくしの生涯最高の一撃を遠慮なく放てる。わたくしの人生の全てを賭けて、イカズチを振るう。………そして…死ぬがよい!!)
勢いよく飛び上がる。
反動をつけるため回転する。
「わたくしの乾坤一擲の剣技。受けてみよ!!!!!」
大きく振りかぶり、その勢いのまま、バリア越しのハヤトの脳天に、イカズチを振り下ろす。
イカズチとバリアが交錯する。
稲光が飛び散る。
(こんなバリアなど、叩き壊して…)
バリアを破壊しようと、全身の力を腕に集中する。
しかし………無残にも、わたくしの体は弾き飛ばされてしまう。
激痛が全身を襲う。
もはや腕に感覚はなく、わたくしはイカズチを床に。
(………わたくしが剣を落とした)
痛みなど忘れ、茫然自失となる。
今までの人生で積み上げてきた物が、すべて崩れ去った瞬間。
(…負けたのか。このまま膝をつき、首を垂れるのか…。そんな事は出来ぬ。わたくしは女帝・グルーヴ・ド・エアディドール。膝などつかぬ!!)
そう思った時、首にイカズチを当てられた。
「…俺の勝ちですね」
わたくしを見下ろし、少年は静かに言う。
「ふっ…完敗じゃ」
自分でも驚くくらいに、自然と言葉が出てきた。
わたくしに勝った唯一の男。ハヤトの瞳を見つめていると、今まで背負ってきた期待や重圧が、すべて消えて無くなった気がした。
メサイアの顔を見て、もう一度、ハヤトの顔を見る。心の中で『メサイアを…愛娘を頼みます』と言い残す。
そして…死を覚悟し、部屋を後にしたのであった。




