第138話 貴族は刺激に飢えている
シャカール様が何度も髪をかき上げながら歩いて行く。その仕草だけで機嫌がすごぶるいい事が分かる。
(ポーションを飲んで髪の毛が生えたんだろうけど、この短い間でいつ散髪までしたのだろうか?)
俺は疑問に思うのだが、細かい事は完全スルーを決め込んだ。
応接室に入り、シャカール様がドッカリとソファーに座る。
「公務のとき以外に私に気を使う必要はないぞ。遠慮などせずに座るがよい」
「ふふふっ、お父様は庶民派と言ったでしょ?さあ、どうぞ!!」
メサイアに促され座ると、メイドがすぐに紅茶を用意してくれた。
シャカール様が香りを確かめてから紅茶を飲み、続いてメサイアも口にする。俺たちはそれを確認してからぎこちなく頂く。
(緊張して全く味がわからないけど、それにしてもこの光景は…)
執事の白髪男性以外、美少年の小姓と美少女メイドがずらりと並ぶ姿に絶句する。しかも、その美少年と美少女がアパパネやブエナよりも歳が下に見えるのだ。
(………シャカール様、ロリコン貴族じゃねぇか!!なにが庶民派だよ。こんな事が許されるのか!?)
俺は隣に座るシーザリオに小声で話しかける。
「なあ、シーザリオ。小姓やメイドさんがやけに幼く見えるんだが…」
「はい。シャカール様は親を亡くした孤児を引き取っていると聞いています」
「………そうなのか。でも…なんと言うか、肉体関係があるというのか、ぶっちゃけ………愛人なんだろう?」
「………そこは…察してください。ハヤト様ももう少し若ければ、公爵様の毒牙に引っかかったかもしれません」
「………娘が連れてきた男を寝取るのか?」
「貴族は刺激に飢えています。戦争でも起これば刺激もあるのでしょうけど、平和な時代ともなると、平凡な日常に飽きて、より刺激的な事を求める傾向があるようです。公爵様は小児性愛の方向にいったという事でしょうか…。まだ公爵様はまともなほうだと思います。決してぞんざいな扱いはしませんからね。噂ですけど…ある貴族は、息子の嫁を孕ませるのが楽しみという変態行為を好み、ある貴族は、嫌がる部下の妻を強引に手籠めにするという話も聞きます」
「とんでもない世界だな」
「基本、弱肉強食ですから…この世界では珍しい事ではありません」
「公爵様が幼い子を好むようになり、妻であるグルーヴ様と疎遠になったという事なのかな?」
「難しいですね。跡取りが生まれた事により、グルーヴ様が修行僧のような節制した生活をするようになった事が原因かもしれませんし、刺激を求め、元々の公爵様の性癖が表に現れただけなのかもしれません」
「どちらにせよ、俺には分からん。庶民でよかったと心から思うよ」
苦笑いする俺を複雑な表情で見るシーザリオ。
「どうしたの?」
「………アレグリアとジュリアさんの母娘、ファレノプシスとブエナ姉妹。言いにくいのですが、ハヤト様も庶民とかけ離れていると思われます」
「………そだね」
俺はシーザリオの指摘に言葉を失う。
「性癖は理解できませんが、先ほどの兵士とのやり取りを見ても分かる通り、公爵様は部下から大変慕われています」
「…だね。ある程度この世界の事を理解できてきたと思っていたけど、まだまだのようだったよ。『郷に入っては郷に従え』これがこの世界の普通なら、俺も慣れないとな」
「ハヤト!!メサイアがお前に惚れた理由が分かったぞ。お前は唯一無二の天才だな」
シーザリオとヒソヒソ話をしていると、シャカール様から声がかかる。
「ありがとうございます。自分が天才かどうかは分かりかねますが、俺はメサイアを愛しています。もし、シャカール様が俺とメサイアの仲に反対するのなら、戦ってでもメサイアを奪っていく覚悟です」
「私と戦ってでも…、正気なのか?」
「はい!!」
俺はシャカール様に覚悟を見せる。
「ふふふっ、貴族としては失格かもしれんが、正直、私はメサイアが幸せになってくれればそれでいい。だが………グルーヴは違うぞ!!恋だの愛だの、そんな戯言は一切通用せん。ハヤト、お前がエアディドール家の利になるのか、ただそれだけでメサイアを嫁がせるかを決めるであろう」
シャカール様がメサイアを見る。
「メサイア、ハヤトと二人でグルーヴを納得させられる事ができるのか?」
「はい。間違いなく!!」
「………では、私からはなにも言うまい」
『ありがとうございます』
俺とメサイアは頭を下げる。
「今日は宴だ。それまでは旅の疲れを癒すがいい。私は宴の用意ができるまで出かけてくる」
シャカール様は『ふさふさ』になった髪の毛をかき上げ、軽やかな足取りで部屋から出ていたのだった。
「ふうぅぅぅ~、疲れた!!」
「毛生えポーションの効果抜群でした。今から『ウキウキ』で知り合いの貴族仲間に見せに行くんだと思います」
俺はソファーの背もたれに体を投げ出し、メサイアは微笑みながら紅茶を飲む。
「くくくっ、今から宴の時間までの間、髪の毛が薄い貴族の屋敷を回って見せびらかすのでしょう。正直、二人の事なんてどうでも良かったのでは?」
シーザリオは意地悪な笑みを浮かべ言ったのだった。
【シャカール視点】
颯爽と髪をかき上げ馬に飛び乗る。
愛馬・サイレンスを促し、友人のランセット伯爵の屋敷まで駆けていく。
(ふふふっ、メサイアの奴、面白い男を連れてきた。ポーション売りのハヤトか…実に面白い。あの小僧がメサイアを娶れば、エアディドール家と繋がりができる。そうすれば毛生えポーションを安定的に入手できるだろう。ただ…グルーヴをどうやって説得するのか…だな。そして………あ奴からは何か異質なものも感じる。なにやらまだ隠し事があるのかもしれん。まあ、それは追々わかる事であろう。今はそれよりも!!)
手綱をしごく。
サイレンスが反応し、スピードを増していく。
髪の毛がなびく感覚が蘇る。
(ふふふっ、ランセットの奴、このふさふさの髪の毛を見て、どんな顔をするのか?楽しみでならん!!)
自然と笑みがこぼれ、さらに手綱をしごく。
(あいつも俺と同じく、髪の毛の事で悩んでいた。俺には『仕方が無い。抜けるものはどうしようもないので、自然に任せるよ。シャカールも気にするな』と口では言っていたが…、幼い時からの付き合いだ。俺には分かっている!!ランセットが人一倍、髪の毛の事を気にしていたのを!!ふっ、ふふっ…ふはははっ!!)
俺はウッキウキでランセットの屋敷に突撃した。
「ランセット!!ランセットはおるか!!」
静止する門番を蹴散らし、騎乗したまま中庭に…
「侵入者かっ!?であえ、であえ!!」
花壇を鑑賞していたセシル夫人付のメイドが、俺の姿を見て叫び声を上げる。
慌てて屋敷の中に逃げ込もうとする夫人に『セシル殿、俺の顔を見忘れたのか?』と、声をかける。
「よく見よ。俺だ、シャカールだよ!!」
「えっ!?シャカール………様?」
「はははっ、なんて顔をしているのだ!!まるで化け物でも見ているような顔をしているぞ!!幼馴染のくせに、失礼な奴だ!!」
俺はセシルの反応に、ご機嫌で言い放つ。
顔は堪えようと努力するが、笑みが抑えられない。
「ランセットはいるのか?」
「は、はい」
セシルが驚きの表情をして答えるその後ろから、大男が飛び上がり、俺に向かって大剣を振るう。
素早く反応し剣を抜く。
「キイーーーン!!」
剣が交わり、甲高い音が中庭に響き渡った。
「何者か、名を名乗れ!!」
「だから俺だよ!!シャカールだ。お前もセシルも幼馴染なのに、俺の顔を見忘れるなんて、冷たい奴らだ!!」
「シャ、シャカール!?」
俺は髪をかき上げる。
嫌味全開でかき上げる。
煽るようにかき上げる。
そして『ハゲ伯爵、ごきげんよう!!』と、言い放つ。
「そ、そ、その髪は!?」
ランセットはハゲ伯爵と言われた事にも気づかない。
驚愕の表情で俺の頭部を見つめている。
「なんの事かな?」
「い、いや、なんの事かなって、どうしたんだ?その髪の毛は…ヅラだとしても、自然すぎるぞ!!」
「ヅラとは失礼だな!!地毛だよ、地毛!!お前と一緒にするんじゃない!!」
「地毛だとっ!?馬鹿を言うな!!」
「本当だ!!」
「馬から降りて見せてみろ!!」
「ふふふっ、必死だな!!悪いが俺は忙しい。今からネイチャやアートの屋敷にも行かねばならん」
俺はサイレンスの手綱を引き反転させる。
「わはははっ、騒がせたな。ランセット。それにセシル。さらばだ!!」
「ま、待てっ!!」
俺は唖然としながら見送るランセットとセシルの反応に満足し、サイレンスと共にランセット邸を後にしたのであった。




