第137話 グランのいたずら
翌朝、ムムルーズを出発して、その次の日には、王都が間近に迫ってきた。
「これを持って、先にシーザリオ島に渡ってくれ」
「ありがとうございました。つなぎ役として娘のリバティを置いていくので、なにかありましたら、なんなりとお使いください」
エアディドールとの分かれ道でクロカゲたちにシーザリオ直筆の手紙を持たせて別れる。
「リバティ、よろしく」
「よろしくお願いします。ハヤト様」
リバティが加わり、一段とにぎやかになる。
アレグリアと同い年で、クロカゲ変化の舞の振付指導のおかげなのか、二人はとても仲が良い。今も『ちびグラン』の取り合いではしゃいでいる。
「もうそろそろ王都に到着します」
「早かったね。でも…気が重い」
「何度も言いますが、シャカール様は気さくな方なので、心配しなくても大丈夫だと思いますよ」
「………そうか?可愛い娘を奪われる父親の気持ちは分からないけど、大歓迎する事なんて無いんじゃないか?」
「どうなんでしょうか?私にも経験が無いもので…」
俺の愚痴にシーザリオは苦笑いを浮かべる。
「手っ取り早く認めさせる方法があります」
「………シャカール様とも戦えって言うんじゃないだろうな?」
「正解です!!エアディドール家は武闘派。戦闘力が正義なのです。戦ってハヤト様の強さを見せつけた後で、これを渡せば上手くいく事間違いなしです!!」
メサイアが毛生えポーションの瓶を持ち『にっこり』と微笑む。
「はぁ~………どうだかね」
俺はため息を付きながら窓の外を見ると、いつの間にか城壁が姿を現していた。
「高っ!!リーズの城壁とは比べられないくらいの高さがあるな」
「まあ、王都なので、防御力はそれなりに備わっています。ただし、一度も攻め込まれた事が無いので、実際にどれだけの防御力があるかは未知数です」
「実際に攻め込まれてら、案外もろいという可能性もあるのか…」
「…はい」
シーザリオとメサイアと話をしている間に城門に到着する。
多くの馬車が順番待ちをしているが、当然のようにエアディドール家の馬車は素通り。待ち時間無く城門をくぐり、王都の中へと入っていく。
「メサイア様、ホンマおおきに!!ウチの馬車まで特別扱いしてもらって助かりましたわ」
「構わないわよ。ゼニヤッタ、あなたにはこれからバリバリと働いてもらわないといけませんからね」
「せやな。ウチ、頑張りまっせ!!」
「ふふふっ、期待しています」
「それじゃあ、ウチはやる事があるさかい。一旦これで失礼しますわ」
俺たちはゼニヤッタと別れ、エアディドールの屋敷へと向かう。城門からかなりの時間を移動し、ようやく屋敷に到着した。
(…いよいよか)
俺は覚悟を決めて気を引き締める。
メサイアとシーザリオ以外、みんな顔が引きつっている。
馬車が中庭で止まるとグランがアレグリアの腕からすり抜け、一番に馬車から飛び出した。どうやら体を小さくするのにもストレスがかかるらしい。
「ぐおおおっ!!!!!」
体を元の大きさに戻し雄叫びを上げ、気持ちよさそうに伸びをするグラン。
俺たちも順番に馬車を降りたのだが、エアディドール家の使用人やメイドが腰を抜かし、恐怖で顔をこわばらせている。
「メ、メ、メサイアお嬢様…この生き物は!?」
「この子はフェン………いえ、プラチナウルフのグラン。頭が良くて大人しい子よ。危害など加える事はありませんので安心しなさい」
「そ、そ、そうですか…」
「ところでお父様は?」
「シャカール様は稽古中で…」
メサイアが使用人と話をしていると…
「何事だ!!」
剣や槍などを持った大勢の人が駆けつけてきてグランを取り囲むが、その中でもひときわ屈強な男がグランに向かって剣を振るった。
「なになに?遊ぶの?」
グランはじゃれ合うかのように軽い氷魔法を放った。
『!?』
男を見て、周りの人間が凍り付く。これはグランの氷魔法の効果で凍り付いたわけではなく、男の薄い髪の毛が見事なまでに凍り付いていたからである。この光景を見て絶句してしまったのだ。
「お、お父様!?か、髪の毛が!!」
「メサイア、髪が薄いとは何事か!!私の髪の毛は薄くは…」
男はそう言って、左手で髪をかきわける仕草をする。
すると…
凍り付いた髪の毛が『パラパラ』と根元から抜け落ちていく。
「あららっ!?ただでさえ少ない髪の毛が、無残に抜け落ちちゃったね!!」
グランが陽気な口調で言う。
「な、なんじゃこりゃあぁぁぁ~!?」
男は剣を投げ捨て、大慌てで両手で髪の毛を触る。しかし、これが最悪。残った髪の毛も、ものの見事に抜け落ちてしまったのだった。
「髪の毛が!?私の大事な髪の毛が!!」
手の平に付いた髪の毛を見つめて叫ぶ。
俺はその男…いや、メサイアの父親、シャカール様が激怒するのではないかと身構える。
しかし…
「うわあぁぁぁ~~~!!!!!」
手で頭部を隠すようにして、建物の中に入って行ってしまった。
誰も動けず言葉も発せられない。
「なんで逃げちゃうの?もっと遊ぼうよ!!」
グランだけが空気を読めずに言う。
(…なんともおいたわしい。男として、その気持ちが痛いほど分かりますよ。どんなに強くて地位が高い人でも、コンプレックスは必ずあるものだから…)
俺はまるで自分の事のように心を痛める。
「メサイア、ポーションを!!」
「は、はい!!」
メサイアが大慌てでシャカール様を追いかけ、建物の中に入っていく。
「グラン……めっ!!」
「えへへへっ、ごめんなさい。でも、ちょっとおもしろかった!!」
「私は寿命が縮んだわよ」
アレグリアがグランを叱る。
「貴様ら!!なんて事をするのだ!!」
俺たちは公爵家の精鋭たちに取り囲まれて剣を向けられてしまった。
メサイアが離れた状況では、俺たちはただの狼藉者という事だろう。敵意むき出しで俺たちを睨む。
シーザリオが前に進む。
「私を知っている者もいるだろう。王家筆頭魔術師のシーザリオである。剣を納めよ!!」
「………できぬ!!ここは公爵家の屋敷の中。王家筆頭魔術師のシーザリオ様とて、容赦はせぬ!!」
「そうか…ならば、魔人に生まれ変わったシーザリオの魔法、味合うがよい!!」
シーザリオの雰囲気が変わり、威圧感が増す。
水魔法で出来た無数の輪が、公爵家の精鋭たちを拘束する。
「うわあぁぁぁ~!?手と足が動かんぞ!!」
体の自由が奪われ立っていられなくなる。
「凄い!!シーザリオ様。やっぱり私と戦った時は、かなり手加減をしてくれていたんですね」
「ふふふっ、手加減をしていたのは事実ですが、やはりハヤト様の魔力を取り込んだ事が大きいですね。私、一段と…いや、五段くらい強くなりました。驚きの魔力量です!!」
「げっ!?今までよりも五段階も強く!!そんな人…いや、魔人に追いつくなんてムリゲーよ!!」
「そんな事ないわ。アレグリア、あなたも魔人になればいいだけの事。今以上に精進しなさい!!」
「今以上って…」
アレグリアが呆れつつ、兵士を拘束している水の輪を槍でつつく。
「ぐわあぁぁぁ~!!」
水の輪が凍り付き兵士が絶叫する。
「あっ!?ごめんなさい」
アレグリアが謝る。
『うわあぁぁぁ~!!やめてくれ!!』
「おもしろ~い!!」
グランが鋭い爪で水の輪をつついて凍らせ始める。
「グランちゃん、弱い者いじめをしてはダメですよ」
「えへへへっ、ごめんなさい」
グランは小さくなり、ジュリアの胸に飛び込んだ。
そんな時…
「ハヤト!!我が義息のハヤトよ!!」
金髪をなびかせシャカール様が建物から飛び出してきた。
『!?』
全員がシャカール様の頭部に注目して、再び固まる。
シャカール様は手櫛で髪をかき上げる。その仕草は、同性の俺から見てもカッコ良く、まさにイケオジというのに相応しい姿だった。
俺と目が合う。
シャカール様は満面の笑みを浮かべ俺の前まで歩いてくる。
そして…
「君は天才だ!!メサイアをよろしく頼む!!」
そう言って、俺に熱い抱擁をした。
「いいんですか!?毛生えポーションを献上しただけですよ?」
「献上しただけ?こんなポーションをだれが作れるというのだ!!誰にも作れない。歓迎しよう!!さあ、屋敷の中に入られよ。…んっ!?お前たち、何を転がっておるのか?」
シャカール様は、ここでようやく足元に転がっている公爵家の精鋭たちに気づいた。
「水魔法…いや、氷…これは一体…」
「申し訳ありません。私が一時的に拘束しました」
「シーザリオか…」
シーザリオは頭を下げ『パチンッ』と、指を鳴らす。
水魔法が解け、氷も砕かれた。
「シーザリオも娘と同じく、ハヤトに執心していると聞いている。ここにいる皆もそうか。歓迎しよう。屋敷に入られよ。何をしておる。歓迎の準備だ。最大限の歓迎をしようではないか!!」
使用人とメイドが慌ただしく動き出す。
「しかし…公爵家の精鋭がシーザリオ一人にこの有様か…。お前たちは稽古続行!!私が『良し』と言うまで稽古を続けておれ!!」
『………はい』
兵士たちは立ち上がり、肩を落としながら駆け出して行こうとする…が、シャカール様は続けて『…と言いたいところだが、私は今、大変機嫌がいい』と言い、執事に向かって目配せをする。
執事が懐から麻袋を取り出しシャカール様に渡す。
『ニカッ』と笑うシャカール様。
「この金で遊んでくるがいい。街へ繰り出し酒を飲み、女を抱いてくるのだ!!」
『うおぉぉぉ~!!!シャカール様、最高です!!』
「わはははっ、私もお前たちと一緒に行きたいが、そうもいくまい。今日一日は羽目を外し、楽しんで来い!!飲んで歌って、ヤリまくってくるのだ!!」
『ありがとうございます!!』
俺は公爵という立場の人間が、しかも、娘の目の前で言う事なのかと唖然とする。しかし、兵士たちの表情を見ると、シャカール様への信頼感や忠誠心が見て取れる。
(まあ、慕われているという事は、間違いなさそうだ)
満面の笑みで駆け出していく兵士たちを見送るシャカール様。そのシャカール様も満面を笑みを浮かべているのであった。
【毛生えポーション】
(なんて事だ…なんて事になってしまったんだ)
自らの頭皮を見つめながら、シャカールは鏡の前で立ち尽くす。
(一本たりとも…一本たりとも残ってはいないではないか!!)
シャカールは心の中で悲痛な叫び声を上げる。
「お父様!!」
「メサイア………お前の連れはなんて事をしてくれたんだ!!私のふさふさな髪の毛をむしり取るような事をしよって!!許すわけにはいかんぞ!!全員、厳罰に処す!!」
「ふさふさって、馬鹿言わないでください!!元々、スカスカだったではありませんか!!部下も愛人のメイド達も、目のやり場に困っていましたよ!!」
「言うでないわ!!」
「いえ、いい機会なので言わせていただきます。お父様は禿げていました!!」
「………メサイア。過去形なのだな」
「はい。今は禿げどころか…髪の毛が残っていません」
「絶対、厳罰に処す」
「私怨で人を罰するなど、公爵のなさる事ではありません。そんな事をすれば、人々の気持ちが離れていきます。どうぞ、お考え直しください」
「できぬっ!!」
「では…これをお飲みください」
「ポーションか…こんなものを飲んでも、髪の毛は元には戻らない。精神的には参ってはいるが、ポーションを飲んだところで………」
「いいから飲んでください!!!!!」
「……………」
メサイアのあまりの迫力に、シャカールはたじろぐ。
(いつから親に向かって、こんな態度を取るようになったのだ!?もしかして、ハヤトという奴のせいか。ならば…髪の毛の事と共に、絶対に許すわけにはいかんぞ!!)
シャカールは渋々ながら、メサイアからポーションの瓶を受け取り、一気に飲み干した。
「ただのポーションだな。特に美味しくもない。こんな物がなんだと………」
ポーションの空瓶をメサイアに渡し、ふっと鏡のほうを見る。
「なっ、なっ………なんじゃこりゃあぁ~~~!!!!!!!!!!」
鏡の中には、若かりし頃の自分の姿が映し出されていた。
いや、若干老けている。
ただ、そんな事はどうでもいい。
「メサイア、メサイア。これは一体、どういう事だぁ!!」
メサイアはそんな父親の姿を見て『ニンマリ』と笑う。
そして…
「これがハヤト様が開発した『毛生えポーション』なのです!!」
空になった毛生えポーションの瓶を天に掲げて、メサイアは得意げに言う。
「毛生えポーション!?本当に毛生えポーションなる物を、ハヤトという男が開発したのか!?」
「はい。証拠はお父様の頭でございます」
「た、確かに…。しかし…触ったら…また抜けてしまうのではないか?」
「お父様、手櫛をしてみてください」
シャカールは恐る恐る、髪の毛に指を通していく。
「おおぉ~…おおぉぉぉ~!!この感覚、若い時の事を思い出す!!」
前髪が目にかかり、シャカールは首を『スッ』と上に向け、少し首を振り整える。
「ふふふっ、お父様。娘の私が言うのもなんですが…カッコいいですよ!!」
「メサイアよ…ありがとう!!」
「さあ、ハヤト様にお会いください」
「うむっ!!ハヤトは我が義息。盛大に歓迎しようではないか!!」
シャカールとメサイアは急いで屋敷から中庭に向かうのだった。




