第120話 水分補給
「さあ、出発しようか!!グラン、小さくなって」
「はい!!」
グランが体を小さくして俺の胸に抱かれる。
『あぁ!?ちょっとズルくない!!』
みんなが抗議の声を上げた。
「ふふふっ、みんなグランに嫉妬して、困ったものだね」
俺が苦笑いをしていると『私がグランを抱いていく!!』と争奪戦が始まった。
「………目的はグランかいっ!!」
グランが俺の胸からアレグリアに飛び移った。
アレグリアが嬉しそうにグランを抱きしめるが、少し勝ち誇ったような顔をしているのが子憎たらしくも可愛らしい。
俺たちは馬車に乗り込み出発する。
「ところで、黒影猫族のみんなの姿が見えないんだけど…」
「彼らは森の中を移動して進みますから心配はいりません。先行して異常や盗賊が待ち伏せていないかを探ったりして、影ながら馬車を守ると張り切っておられました。それから…こんなものをハヤト様にと…」
リスグラシューがそう言って、果物を差し出した。
「馬車で待っている時に、偶然見つけたそうです」
「見つかる時は見つかるんだよね。オレンジかな?温泉に入って汗をかいたから、水分補給をしないとな。リスグラシュー、搾ってジュースにしてくれる」
「ふふふっ、どうぞ」
リスグラシューは、まるで分かっていたかのように、グラスに入ったオレンジジュースを差し出してきた。
(さすがリスグラシュー、できる女だ)
俺は感心しながらオレンジジュースを口にする。
「美味い。でも、少し濃いかな。そうだ!!」
俺は炭酸水をつぎ足す。
「グラン、氷を作れる?」
「できると思う」
グランがグラスの中に氷を作り出した。
俺は軽くかき混ぜ、オレンジジュースと氷を馴染ませる。
一口飲む。
「うめえぇぇぇ~~~!!」
俺は味に満足し、みんなの分も作る。
『何これ!?美味しい!!』
シーザリオとメサイアも驚いている。この二人が驚くという事は、どうやらこの世界には炭酸飲料が無かったようだ。
全員、一気にオレンジジュースを飲み干した。
『おかわり!!』
「いや、待て、待て。グラン、このオレンジの果汁をカチカチに凍らせるんじゃなく、凍る寸前で止める調整はできるか?」
「う~ん、やってみる!!」
みんなの注目がグランに集まる。
グランはグラスの中のオレンジジュースを見つめ集中する。
『あっ、少し固まってきた』
「もう少し、もう少しだ。よし、グラン。止めて、リスグラシュー、スプーンを」
分かっていたかのようにリスグラシューがスプーンを渡した。
俺はグラスの中にスプーンを差し込むと『シャリッ』という音がした。
『それ絶対美味しいやつ!!』
俺はそのまま口に運ぶ。
「ムッチャ美味い!!アレグリア、あ~んして!!」
アレグリアに食べさせると『冷たくてシャリシャリした歯ごたえもあって…始めての食感で美味しい!!』とご満悦。
「ハヤト様、これはレストランで使えるかもしれません。申し訳ありませんが、私にも一口頂けませんか?」
「おっ、そう思う?いいよ。食べてみて」
みんなの分のスプーンを用意しているリスグラシューにグラスを差し出した。
「………いえ、ハヤト様」
「うん?」
リスグラシューが恥ずかしそうに口を開き『あ~ん』と言う。
(ヤベー、可愛すぎる!!)
ニヤけた顔をしながら、リスグラシューの口にスプーンを持っていった。
「こ、これは!?改善の余地はあると思いますが、間違いなくレストランのお口直しとして使えると思います」
「そうか、リスグラシュー、研究を頼む」
「お任せください」
リスグラシューと会話をしていると『ハヤト様、ハヤト様!!』とみんなが期待に満ちた顔をして見つめている。
「分かってるって、メサイアから」
俺は順番に『あ~ん』と言って食べさせてあげる。
「それにしてもこの子は天才ですね。こんな微妙な魔力量の調整ができるなんて…」
シーザリオが唇を『ペロッ』と舐めながら感心する。
「本当だよ。俺、初めは全然調整できなかったのに…。グランはさっき進化したばかりなのに、もうこんな微妙な調整ができるんだからな」
どうしたのだろう?
シーザリオが『ギョッ』とした顔をする。
「ハヤト様、さっき進化したと…言いましか?」
「そうだよ」
「進化した状況を詳しく聞かせてください!!」
「は、はい」
シーザリオが険しい顔をして俺に迫って来るのであった。
【ストーム視点】
「あんなに探しても見つからなかった食べ物が、こんな簡単に見つかるなんて…」
たくさんのオレンジの実をつけた樹を前にして、何ともやりきれない気持ちで呟く。
「族長…こんなものです。今はハヤト様に出会えた事を喜びましょう」
「………ふふっ、そうだな」
タバスコに言われ、苦笑いを浮かべながら答える。
「喜んでもらえるか分からないが、熟したオレンジの実をハヤト様にお渡ししよう」
『は~い!!』
元気一杯に答える子どもたちを見て、俺は心の底から安堵する。
必死に背伸びしながらオレンジを収穫する子供たち。
しばらくして、各方面に散らばって警備していた仲間たちが集まってきた。
「リバティ、異常はなかったか?」
「はい。大丈夫です。それにしてもお父さん、凄い!!このオレンジを贈り物としてハヤト様にお渡ししましょう!!」
「ふふふっ、そのつもりだよ」
「今の私たちにはこんな事しかできないけど…でも、喜んでくれるかしら、少し心配だわ」
「そうだな。ハヤト様たちからしてみれば、ただのオレンジかもしれないが、黒影猫族が今できる精一杯の事をするだけだ。俺たちの気持ち、きっとハヤト様なら分かってくれるはずだ」
「そうね。きっとそうだわ!!」
「リバティ、お前にはハヤト様とのつなぎ役を任せるつもりだ。俺たちは警戒のために散る。このオレンジを届けてくれ。届けたら、俺を追ってくるんだ」
「つなぎ役を私に!?分かったわ!!」
リバティは両手一杯にオレンジを抱え走り出す。
俺は頼もしく成長した愛娘の後ろ姿を見送る。
「よし。俺は先に行く。タバスコたちは後方を。ディスクリートたちは左右に散れ!!女子供はハヤト様の馬車の近くで周りを警戒しながら移動しろ」
『承知!!』
元気になり、身軽になった仲間たちが、木の枝から枝へ飛び移り、気配を消しながら移動していく。
「よし。俺も行くか!!」
俺は懐に忍ばせた短剣を握り締め、颯爽と駆け出していくのであった。




