第118話 ずっと一緒だ!!
手の平に溜めたお湯から湯気が消える。なんとなくお湯が冷めた感じがする。
「う~ん、どうだろう?まだ、自然に冷めた範囲内の気もする。グラン、イメージ、イメージするんだ!!」
「してるけど…むずいのよ」
「んっ!?」
俺は微妙ながら、手の平に溜めたお湯の変化を感じたので、顔を洗うようにそのまま手の平のお湯を顔にかける。
「冷たい!!グラン、凍ってはいなかったけど、お湯が冷水に変化している。もう一息だ」
俺は再び手の平にお湯を溜めた。
「ちょっとタイム!!」
グランがそう言って俺に飛びかかって顔を舐めまくる。
「いやいやいや、グラン、今は顔を舐める時じゃないんだよ」
「違うの。私の体の中の魔力が少し減っちゃったんで、こうやってご主人様の体から溢れ出ている魔力を体内に取り入れてるの」
「えっ!?俺の体から、そんなに魔力が溢れているのか?」
「ご主人様、ダダ洩れだよ!!そして、無茶苦茶美味しい!!」
グランはひたすら、俺の顔を舐める。
俺は諦めてジッと動かず、グランの好きなようにさせる事にした。
しばらくすると『あぁ、美味しかった!!』と、グランは満足そうな顔をして離れた。
「グラン、俺に出会った時から、体から魔力が溢れ出ているのが分かってたのか?」
「ううん、ご主人様が温泉に入って来た時は、異様な雰囲気をした人間が入ってきたとしか思わなかったよ。でもテイムされた時から、美味しそうな魔力の匂いが感じられるようになったの。それから名前を付けてもらったでしょ。そしたらなんだか今までに見えていなかったものが見えるようになってきたの」
「テイムされ、名づけされた事により、獣から魔獣に進化した事が原因だろうな」
「ふふふっ、ご主人様、ありがとう!!」
グランがキスをするように俺の唇を舐める。
「本当に良かったのか?テイムされたって事は、自由を奪われたって事と同じ事じゃないのか?」
「いいの。おかげで強くなれたんだから…」
グランは少し寂しそうに下を向いた。
「どうした?」
俺はグランの頭を撫で聞く。
「………私ね、群れから追い出されたの」
「追い出された?」
「…うん。弱い個体は群れの足かせになるから間引かれる。私は弱いから………群れの仲間たちに、崖から突き落とされたの」
「足の怪我はその時のものか」
「そう、群れに帰るわけにもいかず、足に大けがを負って絶望していた時に、ご主人様と出会う事ができた。もし、ご主人様と出会えなかったら、私は…」
俺はグランを優しく抱きしめる。
何も言わず、ただ抱きしめるだけ。
グランは俺の胸の中で震えている。
俺は震えが止まるまで、無言で抱きしめ続ける。
「グラン、もしお前が望むのなら、テイムを解除して群れに戻ってもいいんだぞ。魔法を使えるようになった今のお前なら、群れも受け入れるんじゃないかな」
「…ううん。群れには戻らない。戻りたくもない。恨みとかは無いけど、もう…元には戻れないよ。私を殺そうとしたのよ。もう一度、信頼関係を築く事なんてできやしないわ」
「…そうか。じゃあ、ずっと俺と一緒にいよう。俺はグラン、お前の事を裏切る事はない!!約束する」
「ずっと一緒、ずっと一緒!!」
グランは嬉しそうに尻尾を振った。
鋭い目つきで俺を見つめるグラン。
「ご主人様、なんかできそうな気がする!!」
集中するグランはジッと俺の手の平の中のお湯を見つめる。
「おっ!?」
表面に変化が現れたかと思うと、一気に凍った。
「うわっ!!」
俺は『まずい。このままだと俺の手まで一緒に凍てしまう』と思い、慌てて氷を手から離した。
おおよそ直径10㎝の氷球が、俺の足元に転がる。
「凄い。大成功だぞグラン。とんでもない才能だ!!」
「えへへへっ、本当にそう思う?」
「あぁ!!こんなに早く魔法を使えるようになるなんて、グランは天才かもな!!」
「天才?よぉ~し!!」
グランが温泉を見つめる。
「ピキッ、ピキピキッ」
温泉の表面が凍り始めると『凍っちゃえ!!』と、グランが叫ぶ。
「………グラン、やり過ぎだぞ」
「えへへへっ、嬉しくなっちゃってね!!」
魔法を使えるようになったグランは大喜び。
「ふふふっ、分かるよ。俺も似たような事をしてしまったからね」
目の前には、しばらくは凍り付いて入れそうにない温泉跡が無残に残っていたのだった。
【リスグラシュー視点】
(…グルーヴ様がハヤト様の子を望むかもしれない。これは今後の戦略を練っていく上で、かなり重要な情報である事は間違いない。しかも娘であるメサイア様からの情報。信憑性を疑う余地は全くない。私が今、するべき事は…)
目を閉じ、のんびりと温泉に浸かり、何も考えてない振りをしながらも、頭の中で何通りかのシュミレーションを行う。
(出来得る事なら、グルーヴ様をエアディドール家から引き離し、完全にハヤト様の影響下に置いてしまう事が望ましい。ただ、現当主はシャカール様だが、実質的な権力はグルーヴ様が持っているという話。グルーヴ様が全てを捨てて、エアディドール家から離れる事は現実的じゃない。どうしたものか…)
私は考えをめぐらす。
「すべてはハヤト様の器次第よ」
「………何の事でしょうか」
シーザリオ様がいつの間にか私の背後に忍び寄る。
お互いに背中合わせで、ささやき合う。
「あなたが考えている事は、ある程度分かっているつもりです。今更、隠さなくてもいいわ。私もリスグラシュー、あなたと同じような未来。ハヤト様を一国の王にと考えています」
「それは分かっています。しかし、シーザリオ様。ハヤト様の器次第とは、どういう事でしょうか?」
「そのままの意味よ。だけど…グルーヴ様をエアディドール家から引き離すには、力だけではダメだと思うわ」
「それでは…ハヤト様がグルーヴ様を倒しても………」
「そうね。ハヤト様の子を望むかもしれないけど、エアディドール家を離れる事は無いと思うわ」
「……………」
「何百年も続いてきた公爵家から離れるには、それ以外の感情が必要ね」
「それ以外の感情?」
「ふふふっ、グルーヴ様の女としての感情。ハヤト様の男としての器。グルーヴ様は男を繁殖相手としか見ていない。わたしも、そしてあなたも女。私はハヤト様と出会って、一生この人と一緒にいたいと思っています」
「私もです。誰よりもハヤト様の事を思い、愛しています!!」
「でしょ?ハヤト様の男としての器が、グルーヴ様を魅了し、女としての愛情を引き出せるかどうかなのです。あなたにも分かるんじゃないかしら…貴族がその特権を手放す事が容易ではない事を…」
「確かに『すべてを手放さなくても、子供だけ欲しい』という可能性が高いですね」
「そこでグルーヴ様の心の奥底に眠っている女の感情を引き出す、それがハヤト様の男としての器次第という事よ」
「…問題無いと思います。私はもちろんですが、ここにいる皆さんもハヤト様に心酔していますし…グルーヴ様だって…」
「甘い!!40歳手前の権力を持った公爵家の女が、そう簡単に考え方を変えるはずがない!!権力や金、そして名声をも思うがままなんですよ。それを一人の男のためだけに捨てる事など、普通ではありえないのよ!!」
「確かに…歳を取ると考え方を変えるという事ができなくなると言いますから…」
「私も何人もの貴族夫人を見てきましたが、まあ、醜いのなんのって…見てはいられないほどの醜態をさらしていますよ」
『…はあ~』
私とシーザリオ様は思わず同時にため息を付いた。
「40手前の女性が、そんなに醜いですか?」
「………い、いえ…別に何も…」
いつの間にか黒いオーラを纏ったジュリアさんが、私の目の前にいる。
「醜いと言ったのはシーザリオ様で…あっ!?」
シーザリオ様の姿は最早どこにもなく、私はジュリアさんからガン詰めされる。
「申し訳ありませんでした!!」
私はそう言って、温泉から逃げるように上がったのでした。




