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節子との電話を切った後、慎一郎はすぐに由紀子を事務所に呼び出した。
彼女とは、数ヶ月前にパーティで出会い、最近、結婚の約束をした。
慎一郎にとっては、約束というより契約という言葉の方が近いと思っている。
結婚など必要ないと思っていたが、周りからの催促や不躾な問いかけ、また自信満々のあの手この手のアプローチから逃れ続けることに疲れ果て、どこかで手を打とうと考えてた矢先に由紀子と出会ったのだつた。
慎一郎は、由紀子が、自分の結婚相手として、手を煩わせたりしない種類の女性であることを初めて会った時から感じ取っていた。
彼女が何に一番重きを置いていて、それを得るためなら、何でもするだろうという事を。
まさしく、彼女は、自分が良く知っている類の女性だった。
彼女は、慎一郎の煩わしいと感じているすべてをうまく処理してくれるだろう。
そして、その代わりに由紀子が華やかだと思っている場所へ、少しばかりは連れていかなければならないことも対価だと思っている。
事務所のソファに向かい合わせに座るなり、慎一郎は、用件を手短に伝える。
「叔母を手伝ってほしい」
お願いともとれる言葉だが、
有無を言わせない、人を従わせることになれた者のいい方だという事に慎一郎は全く気付いていない。
由紀子が、返事するのをとまどっている事に、慎一郎は眉をひそめる。
由紀子は、慎一郎の表情を伺いながら、慎重に言葉を選ぶ。
「叔母様?お話を聞いた事がなかったわ」
「あぁ。少し離れた別荘に住んでいるからな。
いつもは通いの人が助けてくれているんだが、その人が急病で入院した。
出来るだけ早く行ってほしい。いつ行ける?」
「離れた別荘って・・・・・。日帰り?
それとも向こうに泊まりがけで行くの?」
「ここから通うのは難しいだろう」
「どれくらいの間、お手伝いするのかしら?」
「1ヶ月ぐらいだろう」
「1ヶ月・・・・」
「何か不都合があるか?確か、仕事はしていなかったよな」
「・・・パパやママにも相談しないといけないし・・・」
慎一郎は、由紀子の煮え切らない言葉を相手にせず言い切る。
「ご両親は、俺の親戚の世話をする事に、反対はしないはずだ」
慎一郎は由紀子の両親がもろ手を挙げてこの結婚に賛成していると彼女から聞いている。
「俺は仕事があっていけないかもしれないが、君は行ってほしい。
叔母を助けてやってくれるよな」
自分と結婚したければ、由紀子はYESというしかないだろう。
そして、由紀子がNOというはずがないのを、慎一郎は分かっていた。
ぐずぐずと返事をしない事に彼は苛立ってきた。
うなずくことのない由紀子の態度に、それならば、別の婚約者を探してもいいとさえ思えてきた。
慎一郎にとって、婚約者である由紀子より節子の方が大事だった。
「手伝うって・・・。私のようなまだ、お目にかかった事のないものがお傍にいるより、1ヶ月ぐらいなら、お一人で生活できると思うけど・・・。」
慎一郎の(はぁ~)と大きなため息に怯みながらも、由紀子はウダウダと繰り返す。
「それに、叔母様だって、他人同然の私と一緒に住むのは気詰まりじゃない?
かえってご迷惑かも…」
「あぁ、言ってなかったな。叔母は目が不自由なんだ」
「目がお悪いの?」
「あぁ、まったく見えない訳じゃないが、人の手をかりないと生活するのに不自由だろうし、危ない状態だ」
由紀子の今までの難しい表情が、考え込んだ物へと変化した事に
慎一郎は見逃さなかった。
「だから、俺の婚約者である君が手伝いに行ってほしい」
慎一郎は、ここぞとばかり『婚約者』を強調した。
「目が悪いって・・・・・じゃあ、人の顔もあまり見えないの?」
「そうだな、ぼんやりとした輪郭が見ているかもだが、どちらかというと気配を感じるというのが正解かもしれないな。かなり近づいても、見えていないと思う」
「・・・・そう。それじゃ、ご不便ね。
・・・・私、お手伝いに伺うわ」
さっきの由紀子の表情といい、急に叔母の所へ行く事にいい返事をしたのが、不思議だったが、それよりもこの話がやっとケリがつき、仕事に向かえる事が何よりだと
慎一郎は、すぐに今後の事を事務的に伝える。
「叔母には連絡しておく。住所はこれだ。
出来れば、明日夕方までには到着するように。
それじゃ、俺はこの後、会議だから、必要なものがあったらこれで買うといい」
ポンとクレジットカードと住所を書いたメモを由紀子の前に置いた。
由紀子がササッと慎一郎のそばに駆け寄りその首に手を回す。
それが合図とばかりに、慎一郎は、由紀子の腰を抱き寄せ、約束の印のようなキスを交わした後、そのままの体勢でウットリと見上げてきた由紀子の手をあっさりと首から外した。
「頼んだぞ」
振り返りもせず言葉を残し、部屋を出ていった。




