↓ ↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
身代わりの君  作者: くれぱす


この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

26/28

26



ここ数日の穏やかな二人の雰囲気を肌で感じ、節子は安心していた。


慎一郎がやってきた時は、婚約者同志が久方ぶりにあったというのに、

ぎこちない、いや、敵同士かと思えるほどいがみ合っているかのようにさえ、感じられたのだ。

自分の世話に来る事で、二人に諍いが生じたのではないかと心配していた。



だが、今は、二人の間に穏やかな空気が流れているのを感じる。

二人とも口数が少なく、会話しているのを聞く事もあまりないが、

黙ったまま同じ空間に共にいれる相手というのは、

貴重な人だと節子は思っている。


そして、これ見よがしではないが、慎一郎がユキを気遣っているのも節子は感じていた。




祐希はスピーカーから流れるピアノ協奏曲に時折、ハミングしながら、朝食の後片付けをしている。

節子は、リビングでゆっくりコーヒーを飲んでいた。


慎一郎が2階の客間から降りてきて、節子の肩にそっと手を置いた。



「叔母さん、ちょっと戻ってきます」

「あら、急じゃない?」

「少し用事を思い出したので」

「そう、ユキちゃんも?」

「いや、彼女はまだここにいますよ」

「いいのよ。連れて帰っても。そろそろ高崎も戻ってきてくれるだろうし」

「いや、俺もすぐに戻ってきますから。

ユキは高崎が戻ってくるまで、ここにいる様にさせるよ」

「でも、最初の予定より、長くなるわよ」

「ユキが帰る時は、俺が連れて帰るよ。

それまでは、叔母さんと一緒にいるよ」



慎一郎の言葉に節子は笑った。



「さすがの慎君も、一人でバスにのって来させた事に罪悪感があるのね」



祐希は節子に何か訂正の言葉をと、言いだす前に、慎一郎の言葉がそれを遮る。



「あの時は、まさか、こうなるとは思ってもみなかったからね。

まさかユキがこうやっているなんてね」



節子にはわからないが、祐希はその言葉を言われなくても自分が『身代わり』で

ここにいると言う事を、忘れた事はなかった。



祐希は慎一郎と節子のやり取りに神経を集中して聞いている。



「という事だから、叔母の事よろしく頼む」

「はい」


その後は節子に聞こえる様にわざと大声を張り上げている。



「じゃあ、叔母さん。行ってきます」

「慎君、気をつけてね」

「ユキ、車まで送ってくれるか?」



祐希は、自分の事を『ユキ』と呼ぶ慎一郎にまだ慣れなくて、とっさに返事ができない。



「あらあら、私の前では、恥ずかしくて何も言えないものね。

二人っきりで、しばしの別れを惜しんでらっしゃい」



節子のはしゃいだ声で我に帰る。



「そんな、惜しむだなんて」

「送ってくれる?」


慎一郎は繰り返す。


仕方なしに、後をついて家の外にでて、車の傍で向かいあった。

祐希は慎一郎に何を言われるのであろうかと、少し緊張していた。



「俺がいない間、何もするなよ。俺が戻ってくるまで、待っていてくれ」

「・・・・」

「叔母をむやみに煩わせたくない」

「分かりました」

「じゃ、頼んだぞ」

「・・・・あの・・・」

「何だ?」

「いつ、帰ってくるんですか?」

「俺がいないと寂しいか?」


慎一郎は皮肉気に口元を歪めている。

祐希は、ただ彼のいない間の、束の間の休息の時間が知りたかった。


「いつ、お帰りですか?」

「何か企んでいるのか?」

「いつ?」



祐希の少しいらだった繰り返しの質問に、慎一郎は憎らしげに笑う



「君が俺の顔と俺の婚約者だという事を忘れる前に」



言うなり、祐希の顎を掴み、噛みつくような乱暴なキスをした。

唇を離すとぼーっとした表情の祐希の両頬にそっと両手をあて、

今度は優しく、唇を啄ばんだ。



どれくらいそうしていただろう。


祐希は何も考えられず、ただ、されるがままだった。

この時が夢の中の出来事のように、フワフワとしていた。


ゆっくりと慎一郎が唇と手を離すと、心もとなく感じ、彼の眼を見つめた。



慎一郎もじっと、祐希の眼を見つめた後、

左手の薬指の付け根をギュッと掴み、ぶっきらぼうにつぶやいた。



「指輪しとけよ」



祐希の返事も待たずして、慎一郎は車に乗り込んだ。



評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。