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慎一郎が目の前のケーキを大きく頬張ったとおもったら2口で無くなった。
コーヒーも一気に飲み干す勢いだ。
祐季はびっくりして、口ごもりながら尋ねる。
「もう少し食べますか?」
「まだ、あるのか?」
「えぇ」
「じゃ、今の倍の大きさを」
遠慮なしにリクエストしてくる慎一郎にあっけにとられながらも、
ケーキは言われた通りの大きさにカットして、珈琲もポットにドリップして テーブルの上に置いた。
やはり、何言わず黙々と食べる。
祐季のケーキを気に入ってくれたのだろうか?
甘すぎることはないが、甘い物も好きなのだろうか?
ふと、脇に置かれた本に目をやる。
「次の作品の本ですか?」
「あ?あぁ。そろそろ話を決めないといけない頃なんだ」
「候補は幾つもあるんですか?」
「やっと2、3本に絞ったんだが・・・・・・。映画は見る?」
唐突に問われた。
「えぇ。でも、家でがほとんどですけど。」
祐季は少しすまなそうに答えた。
「サブスクでもレンタルでも一向に構わないけど、出来れば、映画館で見てもらえれば
作っている方としては、嬉しいね」
「・・・・・・」
「映画館で見るのは、家で見るのと全く違うと思わないか?
チケットを予約するときから、映画を見るって始まると思わないか?
どの映画にしようか?どの映画館で上映してるだろう?席はどのあたりが見やすいか?
そして当日、上映の時間に映画館に足を運ぶ。
ポップコーンと飲み物を手に会場に足を踏み入れると、あの少しうす暗い場内で自分の座先を探し、席につくと気持ちが一気に日常から離れる。
始まる前の、他の映画の予告、お知らせ。そして、場内が暗くなり、
ブザーとともに、スクリーンが広がり、耳をつんざく始まりの音楽。
考えるだけで、ワクワクしないか?
オープニングを目にした途端、映画の世界に没入したことないか?」
祐季の目の前で、慎一郎は、映画への情熱に目を輝かせ、言葉がとめどなく紡がれる。
そんな、彼の言葉に自分まで体が熱くなってくる気がする。
「映画館という場所は日常から離れて、
全く別の空間に連れて行ってくれる事はない?
自分もその映画の中にいるかのように、いろいろな場所でいろいろな体験ができた気がしたことないか?
全く違う自分になって、映画館をでたあともその余韻が体に残るなんてなかったか?」
慎一郎はきっと、いつまでも映画への自分の熱い思いを語る事ができるだろう。
彼のその生き生きとした瞳を見つめながら、祐季の口元に自然と笑みが広がる。
慎一郎は、祐季の顔を見つめ、ハッと我に返ったように言葉をとめた。
「ちょっと、力入りすぎた」
バツが悪そうだ。
慎一郎がきまりが悪そうに窓の外を見る。
「いいえ。私、帰ったら、ぜひ、映画館に足を運んでみます」
素直に心から、祐季は言う。
慎一郎は、その言葉に祐季を見つめ笑った。
「あぁ・・・・。ぜひ、行ってみて」
慎一郎の少年のような笑顔を初めて見て、
祐季は悔しいながらも、その笑顔をハンサムだと認めない訳にはいかなかった。
二人とも見つめあったまま、その後の言葉がでてこない。
ついに、慎一郎が名残惜しそうに、その沈黙を破った。
「ご馳走様。料理が趣味か?」
慎一郎が、さっきまでまとっていた雰囲気をかえて聞いてきた。
まるで、一線を引かれた様に感じ、祐季は、少し寂しかった。
「趣味といえばそうなのかもしれないです。
そのうえで、食べてもらいたいって思える人に食べてもらえて、そして美味しいと言ってくれたらなお、うれしいですよね」
「そんな奴はいるのか?」
「・・・・・別に関係ないでしょ・・・」
「おっと失礼!でも、こんなに長い間、この場所にいる事ができるのは、いないって事だな」
「黙秘します」
祐季のその態度に慎一郎はクツクツと笑った。
「その言葉で、いない事を認めたようなもんだぞ。
で、人に食べさせて何が楽しい?」
「人に食べてもらうこともですが、何より美味しい物を食べるのって楽しいでしよ?
趣味っていうより、気が向いた時にただ、単純に自分の食べたいものを作る時間って感じかしら。特にお菓子は、ご褒美って思いませんか?」
「ご褒美ねぇ・・・で?」
「でって・・・・。
お菓子って作っている時も楽しいですけど、出来あがりを待つ時間も楽しいです。
だんだんと甘い香りやスパイスのいい香りが部屋中に匂って来て、
玄関を開けるだけで、あぁ、今日はこんなケーキを焼いて待っていてくれたんだって・・・」
祐季は、母が生きていた頃はお菓子を作って自分を待っていてくれていたのを
思い出し、うっすらと涙が浮かんだ。
少し鼻をすすり、慎一郎を見ると驚いたように自分を見ていた。
自分のセンチメンタルな気持ちに気付かれないように急いで続けた。
「お菓子は楽しい時間を演出してくれるし、
辛い時は慰めてくれて、私にいつも寄り添っています」
慎一郎は祐季の言葉に頷きながらもテッシュの箱を祐希の方へ押しやり、言葉を添えた。
「お菓子以上に、寄り添ってくれる人を君は見つけるべきだ」
祐季は彼が自分の返答をまっているのか、迷った。
「あなたは見つけたから簡単に言えるんでしょうけど、難しいんです」
「見つけた?」
「えぇ、だから、由紀子と結婚するんでしょ?」
彼は可笑しなものを見るかのように祐季を見る。
「そうきたか・・・・・。」
言うなり、『この時間は終わり』とばかりに、
ソファに横になり、横に避けていた本を読みだした。




