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3人で囲む、最初の夕食は、息が詰まった。
節子の華やかな声に慎一郎と祐希がポツポツと答えるという、
何ともいえない、時間だった。
だが、二日三日と経つうちに祐希は慎一郎の存在にも少しずつ慣れてきた。
節子との、午前中の散歩に慎一郎もついてくるが、
女性二人の会話に入ってくる事はない。
後ろから守るかのように、急かすことなく、ただ無言で歩いているだけだ。
朝昼晩の3回の食卓を囲む時も、二人の会話に耳を傾け、
ときには相槌を打ちながら、もっぱら聞き役に徹している。
慎一郎は祐希の作った料理を、すごい勢いで食べる。
残す事も、文句を言う事もない。
これまで、男性に自分の作った料理を食べさせた事がない祐希は
彼の気持ちの良い食べっぷりに驚くばかりだ。
あっという間に、料理が胃袋に消えて行くのを見るのは、初めてでもあり楽しかった。
自分の料理を、こんな風に美味しそうに食べてくれるなんて・・・・。
叔母がお昼寝の時は、慎一郎はリビングのソファでクッションを枕代わりに寝転び、
書類や台本やらに目を通したり、起き上がっては、パソコンに向かうなど、仕事に没頭しているようだ。
自分は少し離れたダイニングテーブルに座り、読みかけの単行本の話の続きを楽しんだり、晩御飯の仕込みをゆっくり始めたり、自分のペースを邪魔されることなく過ごしていく。
同じ空間にいるのに、聞こえてくる音は、鳥のさえずりと風の音、
そして、二人がそれぞれめくるページの音とパソコンを打ち込むタイピングの音だけ。
自分以外が奏でる音があっても、なぜかそれが心地よいとさえ感じる。
同じ部屋に他人がいることへの抵抗感とわずらわしさなどなく、かえって、誰かが傍にいるという安心感さえ、湧いてくる。
その存在が慎一郎だという事に少々の戸惑いを覚えながらも、
祐希は、この空間が今までになく、自分にとって居心地のいいものに
なっているという事を認めない訳にはいかなかった。
初対面の時以来、慎一郎は祐希を責めるような言動は一切なく、この別荘で暮らしている。
彼は時折、思い出したように、何かを考えるような表情で、じっと祐希の左手の指輪を見ていた。
不愉快なのだろうか?
不本意ながらも話の流れで祐希に指輪をつけるようにと言ったのは、叔母の前だったからかもしれない。
外すべきだろうか?
これがきっかけでまた、節子の前で喧嘩は、したくなかった。
指輪をはめているのが気に入らなければ、慎一郎が何か言ってくるだろう。
あと数日すれば、高崎が戻って来る。
祐希は、気にするのをやめた。
最近の慎一郎は、荒々しい一面は影をひそめ、物静かな顔つきをいつもしていた。
彼が見せる叔母への優しさと自分へのほんの少しの気づかいがこの生活をより、穏やかな、楽しいものにしている事にも祐希は気付いていた。
そして、由紀子が言っていた、彼と叔母の関係は全く思い違いである事が分かった。
『あまり会わない』というのは、
映画の仕事が忙しくなると疎遠になるというだけで、 比較的余裕のある時は、電話はもちろん、
たびたびこの別荘にも足を運んでいるようだった。
“ピーピーピー”
オーブンの音が鳴り、リンゴケーキが焼き上がった。
いつもは宅配で済ませていた買い物を、昨日は、慎一郎の車で買い出しに出かけた。
あれもこれもと、買い物の楽しさを味わいながら、慎一郎は、そんな祐希の後からカートを黙って押しながらついてくる。
ウロウロしすぎるとまた、怒られるかと振り向く。
「何?」
「ごめんなさい。カートは自分で押すから、買い物が終わるまで、どこかでコーヒーでも飲みに行ってください」
「邪魔か?」
「そんな事ないけど、退屈でしょ?」
「いや、面白い。いつもはスーパーなんて、自分が必要とするのを買えば、即終了で、滞在時間5分なんだが、一つ買うのに、こんなにあれこれ吟味しなごら買うのを付き合うのは、新鮮な驚きで面白い」
祐希は、慎一郎が本当に楽しんでいるのか、それとも馬鹿にしているのか、判別しかねたので、気にしないことにして買い物を続けることにした。
そんなスーパーで、めずらしく紅玉林檎が手に入ったので、焼いてみた。
お菓子作りは、祐希の趣味の一つでもあり、今は、節子という
厳しくも温かい試食係がいてくれるので、この別荘に来て毎日といっていいほど、
作っていた。
慎一郎が来てからお菓子を作るのは、お休みしていたが、せっかくだからと、焼くことにした。
リンゴケーキは、亡くなった母から初めて教わった、大好きな思い出のケーキだ。
冷めた方が生クリームのホイップを添えて食べられるので、格段に美味さが増すとは分かっていたが、祐希は待ち切れない。
小さめの1カットを切って、ふと、包丁をとめた。
もう一切れ、今度は少し大きめにカットする。
ゆっくりとドリップで落としたブラックのコーヒーとケーキをお盆にのせ、リビングへ向かう。
匂いに気付いたのか、声をかける前に、慎一郎が台本から目を離した。
「ごめんなさい。お仕事の邪魔をするつもりはないんです。
昨日買った林檎を使ってケーキを焼いたので、3時のおやつにいかがかと思って・・・。」
緊張していたのか、自分の声が少し上ずっているのに気付く。
祐希は自分の行動に少し、いや全く自信がなかった。
彼が甘いものが好きかどうかも知らない。
仕事の邪魔をされて怒っているかもしれない。
慎一郎はケーキを見て目を丸くしている。
どこから見ても、手作りだと丸わかりの素朴なケーキにあきれているかもしれない。
「あぁ、ありがとう。腹が減ってたんだ」
驚いているからなのか、少し、ぶっきらぼうに答えが返ってきた。
お昼は、焼き飯だった。
自分では、多すぎるかと思ったぐらいの量を作ったつもりだ。
その大部分を慎一郎の皿に盛ったのに、もう、お腹が空いただなんて・・・。
「食事の量が少ないですか?」
「?」
「こんなにすぐに、お腹が減るなんて・・・。
もう少し増やしますね」
「いや、大丈夫だ。作るの大変だろ?」
「でも・・・・」
「俺に気を使う必要ないさ」
今晩から、もう一品おかずを増やす事にしよう。
祐希は冷蔵庫の中身を思い浮かべた。
「昨日、同じような林檎を驚くほど真剣に、いくつも長い間見比べて買ってた林檎か」
慎一郎が久しぶりに祐希にニヤリと笑った。
「君は食べないのか?」
「え?あぁ、食べますよ」
「それじゃ、ここで一緒にどうだ?」
出来るだけ、関わらない方がいいという事は解っていた。
祐希は今の休戦状態のような関係を壊したくなかった。
断るべきかどうか悩んだ。
慎一郎はそんな祐希の考え込んだ表情を口の端をあげて笑う。
「そんなに、悩む事もないだろう。
同じ家で、同じ時間に同じものを食べるのだから、
一緒に食べても差し支えないだろう?」
リビングのセンターテーブルに散らかしている書類を
慎一郎は片付けながら、祐希を誘う。
祐希も、その通りだとおもいながらも、意を決して自分のケーキとコーヒーを運んだ。
二人の穏やかな日々はいつまで続くのでしょうか?




