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祐希のあまりの反応の無さに、由紀子は眉間にシワを寄せる。
「なあに?その反応の薄さは?」
「・・・・・」
「あの国枝慎一郎よ!くにえだしんいちろう!」
「・・・・・」
由紀子がだんだん、イライラしてきているのがわかる。
「祐希、もしかして、知らないの?」
「何を?」
「国枝慎一郎よ!」
「由紀子の婚約者でしょ?」
「それはそうだけど・・・。やっぱり、彼が誰だか知らないのね。
あなたがそんなに世間知らずだったとは・・・・」
由紀子は、口の端をあげて、馬鹿にしたように笑っている。
祐希は、由紀子の婚約者を全員が知っていると考えている方がおかしいと首を傾げた。
「本当におバカさんね。
国枝慎一郎といえば、世界に誇れる日本の映画監督よ」
由紀子はそこで、含みを持たせるためだろうか、
たっぷりと間を空けた。
「学生の時から彼の監督としての手腕は高く評価されていて、
彼がこれまで発表した作品は、どの映画も海外の映画祭へ出品の要請があるのよ。
昨年は最高の金賞を獲得したわ。
各国のプロデューサーから監督として招聘があったり、そうそうたる俳優からも監督の映画に出演したいってオファーがあるのよ。
去年、ハリウッドでの初の監督作品を撮り終わり公開を皆が心待ちにしていて、今年のマカデミー賞作品賞の最有力候補よ」
「・・・・・・」
「もう!じれったいわね。彼はそれだけ有名人であり、
世間からも大注目されている人なの!」
そこまで言われれば、さすがの祐希でさえ、思い当たる。
自分も映画は見るが、もっぱら家でサブスク派だ。
映画もストーリー重視で選び、監督の名前など気にした事ない。
だが、そんな自分でさえ、国枝慎一郎の映画は見たことがある。
そして、そういえば日本の俳優はもちろん、海外の俳優でさえも彼の監督作品に一度は出てみたいと熱望されているという話も、SNSで見た気がする。
そんな人が由紀子の婚約者だなんて・・・・。
祐希は彼女の大胆さに驚くばかりだった。
自分なら、決して考えられないだろうし、近寄ろうとも思わない。
所詮、世界が違う。
そんな華やかな世界に身を置きたいなど、さらさら思えない。
まぁ、出会うはずもないのだが・・・・。
「彼と結婚すれば、私も一躍セレブの仲間入りよ。
海外の授賞式に出席したり、レッドカーペットを歩いたり、
レセプションの主賓として招かれるの。
その上、私が女優となると、ハリウッドの映画にも出演してしまうかも!」
由紀子はウットリと夢見心地で話している。
「オートクチュールのドレスに身を包み、レポーターにマイクを向けられ、
待ち構えたファンからサインを求められ、カメラのフラッシュを浴びる・・・。
あぁ、夢みたい」
その言葉を言いながらも、由紀子は見せつけるように左手の薬指を
祐希の顔の前にかざした。
宝石に興味のない自分でさえも、高価なものだとその輝きと繊細なデザインから分かる。
「まだ、公にするなって言われているから、人には言ってないけど、
彼の婚約者だって言えば、オーディションなんて受けなくても映画に出れるだろうに!」
不満そうに由紀子は口を尖らせる。
これも、鏡の前で研究した、由紀子のお得意の拗ねた表情だという事を祐希は知っている。
「いいじゃない。二人の間で、約束ができているのなら」
「そういうものじゃないわ。世間に認められて、メディアに公表されて
やっと国枝慎一郎の婚約者として、扱われるんだから!」
祐希には理解できなかった。
なぜ、世間に認めてもらわないといけないのだろう?
自分達と親しい身内の了解と祝福があれば、充分なんじゃないのだろうか?
「私にはわからないけど・・・」
「あぁ、じれったい!早く、記者会見を開きたいわ!」
由紀子が、華やかな事が大好きだとは知っていたが、
これほどとは思わなかった。
そして、彼女が結婚の意味をわかっているのか気になった。
「それより、相手の事を由紀子はどう思っているの?」
「慎一郎の事?もちろん、愛しているに決まっているじゃない。
だから、祐希。愛するダーリンと結婚できるように協力してね」
祐希が身代わりとして行くことが由紀子の中では、いつの間にか決定事項となっていて、これを覆す事は、これまでの経験からできないことはわかっていた。
いや、由紀子が祐希の手を握ったときから、決まっていて、これまでのやり取りは時間の無駄だったのかもしれない。
だが今の由紀子の婚約者に対する言葉に、少しだけだが、救われた気がした。
そして、祐希は自分の敗北を受け入れ、明日からの事に思いを馳せ頭を抱えた。




