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「私、映画のオーデションを受けることになって」
『オーディション』
その言葉をキャンディのように甘く舌の上で転がすように発音し、
嬉しそうに顔を輝かせている由紀子に、祐希は『何を言ってるんだろう』と半信半疑だ。
「オーディション?映画に出るの?」
「まだ、分からないわ。でもこの間、パーティで声をかけられて、
オーディションを受けてみないかって!」
「でも、結婚するんでしょ?」
「もちろん、結婚もするわ。
だからって、オーディションを受けてはいけないなんて法律ないでしょ?」
「それはそうだけど」
「女優になるのは私の夢よ。うまくいけば、女優への道が開けるわ。
関係者から直々に誘われたってことは、受かる可能性が大有りだと思わない?」
「そんなうまく」
「女優デビューが独身最後の記念になるかもしれないわ。だから、ねぇ、お願い」
「デビューって・・・」
由紀子は、祐希に手を合わせているが、全く心が伴わっていない風に見えた。
これも、演技なのだろうか?
だが、こうなったら、由紀子は絶対に諦めない。
祐希にだって、夢を掴んでみたいと願う気持ちはわかる。
ましてや、チャンスが目の前に転がっているなら、掴みたくなるのは当たり前だ。
出来るなら、応援してやりたい。
だが、どうすればいいのだろう。
祐希は、ギリギリの譲歩を示した。
「分かったわ。あなたが来るまで、先にお手伝いに行くから、
終わり次第すぐに来てね。向こうの人にあなたの代わりに私が行く事を伝えて」
「祐希!何言っているのよ!」
「え?」
「私の代わりに行くつもり?」
「え?それはそうでしょ、だから」
「あなたが、由紀子として行くのよ」
祐希の驚きは、半端ではなかった。
いつになく大きな声が出る。
「何言っているの!」
「当然よ」
「そんな・・・・。どうして……どうして、そんな事思いつくの?」
「あら、だって、婚約者が行かなければ、叔母さまだって気を使われるだろうし、
何よりも私に行くように言われているんだから。
他の人が行った事がばれたら、それこそ、この結婚なくなっちゃうわ」
「それなら・・・」
「だから、あなたが、由紀子としていくのよ」
どうあっても頷けない。
「だめよ。無理よ!」
「なぜ?」
「なぜって?だって騙すことになるのよ?」
「大丈夫。わかりっこないわ」
肩をすくめる仕草が芝居じみている。
もう、女優になったつもりなのだろうか。
だから、こんな荒唐無稽な事を考えついたのだろうか?
「わかるに決まってるわ!
私が身代わりにいっても、うまくいくはずないわ。」
「どうして?」
「どうしてって、叔母様に、別人だってばれるに決まってるわよ!」
「私だって会ったことないのよ。絶対に、ばれるはずないわ」
「なに?その自信は!」
「だって、叔母様、お目が悪いんだって。誰が行こうと分からないわ」
「は?」
「それに、人嫌いらしく、山奥に引っ込んでいるの。
世話をしている人は入院してるし」
由紀子は何を勘違いしているのか、得意げに話し続ける。
「だから、1ヶ月ぐらい、貴方が世話に行っても、だれも別人だって分からないわよ」
「でも、その婚約者が尋ねてきたら?」
「間違っても、そんな事はないわ。
彼、一旦仕事にかかるとそれに没頭して、他の事はどうでもいいのよ。
いつもそうよ。私とだって、こちらから電話を数回かけてやっと短く言葉を交わすぐらい。
ほとんどがメッセージでのやり取りよ」
「でも流石に、顔を見に来るでしょ」
「ないない。彼に言わすと、新しい企画が始まるから、忙しくて行けないって。
これまでも、叔母様とはあまり会っていないっていっていたわ。だから、今後もきっと会うことはないだろうしね」
「でも、親戚なのよ」
「親戚だからって親しいとは言えないでしょ。」
だんだん、まわりを固められていくのを感じる。
「でも、声とかきっと、代われば気付かれるわ」
「大丈夫だって。私と今度、会うのは、せいぜい結婚式の時よ。
すぐに私と会う訳じゃないから、少しぐらい変だと思っても気のせいですむわよ。
私も当日は嬉しくて、涙声だろうしね。」
由紀子は、いたずらっ子のように華やかに笑う。
「由紀子。人に嘘をついたり、騙したりするのはいけない事だというのは、
小さい子だって知っている事よ」
「あら?でも、バレなきゃいいのよ。それに私の幸せがつぶれてもいいの?」
「・・・・・・」
「行かないと、きっと彼は私との結婚を考え直そうとするはずよ」
一瞬、祐希は、戸惑った。
もうすぐ、この束縛された生活から逃れられるというのに、
それが自分の返事でひとつで消え去ろうとしているなんて・・・・
でも・・・・・。
祐希は弱々しく、抵抗を示す。
「それに、名前を呼ばれても私、返事できないわ」
「『ユキ』って呼んでもらえればいいのよ。
貴方は祐希だし、私は由紀子だから、
ちょうどいいじゃない」
何をいえば、由紀子が自分からこの計画の取りやめを納得してくれるのか分からない。
でも、何か言い続けなければ・・・・。
「オーディションに受かって映画にでたら、見つかるじゃない」
「オーディションは以前受けていたといえばいいだけよ。
あぁ、映画に出れるなんて夢みたい」
まだ、受かってもいないのに、すでに自分は映画のヒロインのつもりなのだろうか?
由紀子のうっとりとした表情に呆れるしかない。
確かに、彼女が昔から女優を夢見ていたのは知っていたが、
この期に及んでこんな事をするなんて・・・・。
そして、騙しておいて、素知らぬふりをするなんて・・・・。
「あなたが、協力してくれれば、彼は何も気付かないわ」
「キャンセルすべきだわ」
「どっちを?映画女優? セレブの奥様? だめよ。どっちも諦めたくないわ。
絶対に諦めないわ」
由紀子の行動とその考え方には、自分は全く賛成できない。
だが、祐希はこれまで、彼女のように誰に迷惑をかけても手に入れたいと
望むものがあっただろうか?
祐希は自分の夢はなんだろう?この、事態から一瞬思考が飛んだ。
由紀子の声に、考えていた事を中断させられた。
「それに、彼だって、私が女優になれたら喜んでくれるはずよ」
「なぜ?」
「あら、言ってなかったかしら?」
「?」
「婚約者は、国枝慎一郎なの!」
由紀子の、【どう!】とばかりの勝ち誇った顔が、祐希には不思議だった。




