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上質な皮のソファに祐希を座らせ、由紀子は目をいつも以上に大きく瞬かせ、お得意の下から見あげ、お願いの視線を投げかけてきた。
「彼の叔母様が住んでいる別荘へ、お手伝いで行かなければならなくなったの」
「・・・・・」
「お世話をしている人が急病になったらしく、私に行くようにって言われたわ」
「・・・・・」
「1ヶ月ぐらいなんだけど・・・・。私、約束があるのよね・・・。」
ここまで聞いただけで、今まで彼女の勝手に振り回され続けていた祐希は何を言いたいのか、すぐにわかった。
しかし、こんな重大な事に巻き込まれるのだけは、避けなければならない。
由紀子に先を言わせないように、慌てて言葉を出す。
「行くっていったの?」
「うん。嫌とは言えなかったの」
「それなら由紀子が行かなきゃ。あなたの婚約者の叔母様でしょ。」
「でも、私、行けないのよ」
「無理だって、そういえばよかったじゃない。どうして行けないって、用事があるって言わなかったの?」
「そんな事言えないわ。そんな事言おうものなら、彼、すごく機嫌を悪くするはずよ」
「機嫌を損ねるから言わないなんて由紀子らしくないわよ!」
「…彼、忙しいから煩わせたくないの」
「でも、貴方の都合も聞かないで、押しつけるなんて、おかしいわ!」
「おかしくても、なんでも行かなきゃダメなの!」
祐希は不思議だった。
これほど由紀子が下手に出る事なんて、稀な事だ。
今までは、自分が第一で、相手はいつも由紀子に従っている、そんな、男性ばかりだったのに。
だが、そこまでして、その相手と結婚したいのだ。
その人の事が、本当に好きなのかもしれない。
「それなら、やっぱり貴方が行くべきよ」
「私は無理なの。だから、祐希、お願い。あなたが、行ってほしいの」
祐希は首を大きく振った。
「私には、仕事があるわ」
「あら、アルバイトでしょ」
「アルバイトといっても、仕事には違いないわ」
「でも、週に数日、働いているだけでしょ。
前は、ほかの方が1カ月怪我で休むのを代わってあげたりしてたわ。」
「それは!」
「それに、ちょくちょく、旅行に行く人もいたはずよ。
簡単にスケジュールを変更できて、長期のお休みも取りやすい、
便利でお気楽なお仕事だって、私、知っているわ」
ひどい言われ方だ。
だが、自分では一生懸命、仕事に向き合っていても、
由紀子の便利屋のような状態を続けている限り、悔しいがその通りだ。
祐希が務めている図書館は、正規雇用の司書が数名とサポートする登録スタッフで構成されていて、急な休みや長期の休暇にも柔軟に対応できるようになっている。
子育て中の人、介護中の人などに優しい職場と言える一方、見方によっては、これで食べていこうと思うには、少々心もとない。
そして、館長は、叔父の旧知の仲ということもあり、祐希は由紀子の用事に振り回され、シフト通りに働くこともできず、戦力として見なされていないだろう。
周りには迷惑のかけ通しだった。
だが、すこしでも、由紀子を疎かにすれば、叔父から職場へすぐに苦情が伝えられ、 周りのスタッフに通達された。
その為、自分がお願いすれば、都合をつけてもらえる事は充分に分かっていたが、そんな事は口が裂けても言いたくなかった。
「でも、由紀子が約束してきたんだから、あなたが行かないと。私は無理よ」
「私は、行けないんだって!」
「どうして、行けないの?何があるのよ?」
「私・・・・。実は、・・・・映画のオーディションがあるの・・・。」
祐希は開いた口がふさがらなかった。




