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リビンクのドアを開けると、電話が鳴っていた。
浩二が慌てて電話に駆けよる。
「はい。あぁ慎一郎さん。お久しぶりです。浩二です。
父のことでは御迷惑をおかけし、すみません。
はい、かなり良くなって来ています。
ありがとうございます。
えぇ、居ますよ。
はい、大丈夫です。節子さんに代わりますね」
浩二は、由紀子に手を取られながらリビングのソファに腰をかけた節子に受話器を渡す。
「慎一郎さんからですよ」
甥の慎一郎からの電話に、節子は嬉しそうに受話器に耳を寄せ、声を弾ませた。
「慎君、いつになったらこっちに来るの?」
その話し声を節子の横で聞いていた由紀子は、思いついたように立ち上がる。
「ちょっと外に忘れ物をしてきたから、とってきます」
小声でもごもご言いながら、足早に玄関を出ていった。
婚約者からの電話だというのに、慌てたように立ち上がった由紀子の行動に、浩二は少し違和感を覚える。
節子は、由紀子の声が聞こえなかったのか、電話に向かって弾んだ声で話し続けている。
「そう。本当にそうよ。ユキちゃんはよくやってくれてるわ!毎日、楽しくて!
こっちに手伝いに来てくれてすごく助かってるのよ!ありがとう。
でも、慎君は、長く離れて寂しいわよね~!もう少しだけ、我慢してね!
あら、ゴメンね、私ばっかり話して、ユキちゃんに代わるわね」
節子は受話器を持ったまま、叫んだ。
「ユキちゃん!!!ユキちゃん!慎君から電話!ユキちゃん!」
由紀子の返事がなく、かわりに浩二が応える。
「節子さん、彼女は忘れ物をしたとかで外にいったよ」
「え? もう!
慎君、ユキちゃんはちょっと外に行っちゃったみたいなのよ。
すぐに戻ってくると思うけど。
え、時間ないの?後でかけるように言いましょうか?
えぇ、わかったわ。えぇ、伝えるわ。じゃあね」
節子から受話器を受け取りながら、浩二は何気ない口調を意識した。
「慎一郎さん、いつ来るんですか?」
「それが、当分は来られないらしいのよ」
「来られない?」
「えぇ、仕事が忙しいらしくて・・・。さっきも会議の休憩中にかけてきてくれたようなの。
だからってユキちゃんとも話さずなんて。
会議の終わる時間が読めないから、折り返しもいらないって。
ホント仕事仕事って。
愛想つかされても知らないから。」
「そうですか」
浩二はホッとした気持ちが声音に現れ、節子に見透かされていないかとその表情を探る。
リビングのドアが開いた音で、由紀子が戻ってきたのに節子は気付いた。
「どこに行ってたの?」
節子の声には、少し、非難めいたニュアンスが含まれていた。
「叔母様の杖を外に忘れていたので・・・・。」
「そんなの後でもよかったのに。慎君からの電話、もう切れてしまったわよ」
「そうですか・・・。で、彼はなんて?」
由紀子の口調が、探るような感じに浩二は受けとれた。
「仕事が忙しくて、当分来れないんですって」
その言葉に、なぜか由紀子が安心したようなホッとした表情を見せた事にも、
浩二は先ほども抱いた違和感を再び感じた。
「そうですか。お仕事なら仕方ないですね。
慎一郎さんしか出来ない事が多いですもの」
「だからと言って・・・」
「でも、彼がいない分、それだけ早く叔母様と仲良くなれた気がします」
「それもそうね。あの子がいたら、ユキちゃんとこんなにゆっくり時間を過ごせなかったわね
婚約者を独り占めするなって文句を言われたかもね」
「・・・・そんな事は無いかと・・」
浩二は、慎一郎が来れない事を全く残念と思っていないような由紀子の表情に、
訝しげに思いながらも、わざわざ口にして節子に知らせるつもりはない。
今の様子では、慎一郎と由紀子がうまくいってないのではと浩二は思っていた。
浩二は、この状況を喜ばしく感じてしまっている事に、少しばかり申し訳ない気持ちがあったが、考えすぎないようにして、明るい声をリビングに響かせる。
「さぁ、釣ってきた魚は、半分は刺身に、半分は天麩羅にしてみようか」
「お刺身に天麩羅!私、どっちも大好き!
あぁ、でもまた、太ってしまう」
由紀子の可愛らしい悩みを話す少し困った口調が微笑ましいと節子は感じ、口を開こうとした時、
先に浩二の声が聞こえた。
「ユキちゃんはそんなに太るのを気にしているの?」
「もちろんです。でも食べるのは大好きなので、痩せれないんです」
「ユキちゃんはぜんぜん太ってないよ」
「浩二さん、ありがとう。でも、慰めてくれなくてもいいです」
「いや、気にする必要なんてないと思うよ」
「この話をすると、大体の人はそんなふうに言ってくれるんですけど……」
「僕は、痩せている女性より君ぐらい少し、、、
いいや健康的な女性の方が好みだな」
「言い直したくせに…」
浩二の言葉に、由紀子は顔が赤くなり、それが浩二の笑い声を誘う。
節子は2人の弾む会話や浩二の言葉が気に入らなかったが、声を荒げるような事はしたくなかった。
ただ、2人に釘を差すように割って入る。
「私も、ユキちゃんの手が大好きよ。柔らかくて暖かくて安心するわ。
きっと慎君もそう思っているわよ」
その言葉に、お互いを見つめ合っていた由紀子と浩二は、ギクリと節子を見た。
サングラスの下の瞳はまるで、二人の様子が見えているのだと、言わんばかりの微笑みを口元に浮かべていた。
「ユキちゃん。貴方の良さは他の誰よりも慎君が一番分かっているわ。
なんと言っても、婚約者なんだものね」
「えぇ・・・・」
節子の得意げな口調に、浩二は口をつぐみ、由紀子は小さく口ごもるように返事をした。




