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浩二は慎一郎の突然の出現に驚いていた。
節子からは、慎一郎と電話で話すたびに、仕事が忙しくて来れないと言っていると聞いていた。
いつもなら、彼女に声をかける前に、その見慣れた筋肉質の背中で慎一郎の存在に気付くはずなのに、
いつになく困った顔の彼女を見つけ、思わず声をかけてしまった。
「叔母の事では、随分と世話になっているようで、感謝してるよ。」
「いいえ。・・・そんな事は・・・
こちらこそ、父が休んでしまい、すみません」
「親父さんの具合はどうだ?」
「えぇ、良くなってきています。今は、リハビリを頑張っています」
「......良かったな。仕事は復帰してくれるんんだろう?」
「..........ええ。医者のOKが出たらすぐにでも再開したいって言ってます」
国枝の屋敷に勤めている高崎の息子の浩二と慎一郎は、年が近いこともあり、
小さいころから、祖父の屋敷でたびたび顔を合わせていた。
大人になってからもお互い、相手の仕事への興味もあり、
また、節子がこの地に移り住んでからも高崎もすぐ近くに引っ越して来てくれて
世話をしてくれているので、浩二とも顔を合わす機会が幾度もあった。
いつもは、会えば話が弾むはずのだが、今日は、会話が思うように続かない。
浩二は気まずさに視線を彷徨わせると手に持っていた野菜を思い出し、祐季に差し出した。
「さっき、近所の農家の方からもらったんだ・・・。
新鮮なうちにと思って・・・・・。」
「いつもありがとう。採れたてなんて。嬉しい……」
用事は終わったが、浩二は慎一郎の不機嫌な表情に気付きながらも、
祐季が自分を明るい声で迎えてくれた事もあり、また、先ほどの彼女のいつにない
困った表情を思い出し、この場を立ち去り難い。
慎一郎は、祐季と浩二の顔を交互に見ながら、もっともらしい口調で告げる。
「親父さんの経過も良好らしいし、もうすぐ復帰できるってことだから、
そうなるとユキチャンはお役御免だな。
叔母の世話係として、彼女は役に立ったか?」
祐季は、慎一郎がいろいろと皮肉を込めて言っている事に気付いた。
《嫌な男!嫌な男 !!嫌な男!!!》
祐季は、頭の中で何度も繰り返す。
慎一郎の微妙な言葉のニュアンスと祐季の少し強張った表情に
浩二は自分が二人の邪魔をしてしまったのだろうか?
それとも二人の間で、何か問題があったのだろうかと思いながらも、
気付かないふりで心の内を素直に述べた。
「えぇ、すごく、節子さんは助かっていますよ。
ユキちゃんがいてくれて、節子さんは本当に明るくなりました。
世話係だなんて、そんな言葉はおかしいくらい、本当の親子みたいで、
見ている僕まで、嬉しくなりました。
彼女が来てくれて本当によかったです」
自分の婚約者が人から良く言われると嬉しいはずだが、
慎一郎の自分を睨む視線で、余計な事を言ってしまったのかと心配になった。
彼女の立場が悪くならないようにと、浩二は取り成すように慌てて続けた。
「慎一郎さんは、本当にラッキーですよ。
こんな素敵な人が婚約者なんだから!
どうすればこんな素敵な人と出会えるのか、教えてほしいですよ」
慎一郎は、浩二が祐季をそんなに誉めるのが不思議だった。
スタイルにしても、顔立ちにしても平凡で地味な彼女のどこに、そんな魅力があるのか?
だが、自分の気付いていない魅力に浩二が気付いている事が、面白くない。
慎一郎は、口元を歪めた笑いで浩二に返した。
「ラッキーかどうかは、本人達次第だろ」
慎一郎なら当然だと言わんばかりの、言葉がかえってくると思っていたのに、
その言葉の真意が、浩二には分からず、頭の中で考えを巡らし、
今回の節子の世話に慎一郎の婚約者が来ると聞いた時の驚きを思い出した。
これまで、嫌悪さえしていた結婚を慎一郎に踏みきらせた女性に対して、良い意味でも悪い意味でも興味を抱かずにはいられなかった。
父親からの催促もあり、節子から婚約者が着いたと連絡があり、すぐに会いに行った。
そこには、驚くほど普通の女の子がコロコロと節子と笑っていた。
会うたびに、彼女が持つ穏やかさと温かさ、優しさ、会話に混ざるユーモアのセンスにどんどん惹かれ、毎日でも会いたくなった。
彼女から醸し出される、癒されるような、包み込まれるような
それ 暖かさと穏やかさに慎一郎も気付いたから
結婚を決意したと思っていたのに、自分の考え違いだったのだろうか?
洞察力と人間観察が鋭い慎一郎だからこそ、祐季となら何年たっても、
笑ったり怒ったりして、自分を飾ることなく偽ることなく、
素直に自分を見せても許されるおおらかさと優しさがあることがわかり、
慎一郎の特異な日常から解放される安寧の場所を彼女となら作れると考えたはずだと思ったのは、買い被りだったのだろうか?
若い時の表面だけの美しさではなく、内面から湧き出る豊かさが、
年数を経て素敵な皺を作り、その笑顔が、年老いた自分を癒してもらえることまで
浩二にはわかる気がしたのに、慎一郎は、彼女をどう思っているのだろう?
そして、そんな彼女の良さが失われる事がないよう、
丸ごと自分が守りたいと決心したからこそ、
結婚への道を選んだと思っていたのは、自分勝手な解釈なのだろうか?
浩二は、一瞬の間に頭の中が疑問だらけだった。
何ともいえない沈黙が、3人の間に漂う。
だが、ここは自分が立ち去るしかないと浩二は笑顔を作った。
「え---と、それじゃ、僕は」
「えぇ、いつもありがとう。浩二さん」
「ユキちゃん、また、伺うよ」
「ありがとうな。でも、浩二にばかり手を煩わせないようにするから、安心してくれ。」
祐季の返事を待たずに立ち去れと言わんばかりに、慎一郎は浩二を見て言い放った。
もう来るなと暗に釘を刺されたような気もしたが、あえて確かめることなく
浩二は後ろ髪を引かれるような思いで、帰っていった。
「さてと、君の騎士もこの窮地から救いだしてくれなかったようだな」
浩二の小さくなる後ろ姿を見ながら、祐季は、拳をギュッと握った。
本当に、この男、国枝慎一郎にはムカついてばかりだ。




