二十 悪意
「この山、他にディールがいるかもしれないから警戒してくれ」
山に足を踏み入れた愛桜が、後ろを歩く四人にそう言うと、四人の声が重なって返って来る。
『了解』
百蝙の駆除は、本来ならハンター十人以上で当たらないと数に押されて喰われてしまうような仕事だ。愛桜たちの処理を決定した上層部は、五人しかいないならこの仕事で死ぬだろうと高を括っているのだろうが、そんな甘い考えだけとも思えない。死なせることが目的なら、生き残った時の策を用意しているかもしれない。山にいる他のディールを使って不意打ちで―――、という事もある。
「そういえば、監督官は愛桜が起きてるのに何も気づかなかったのかしら?」
ふと、梗香がそんなことを言って、愛桜も違和感を覚えた。
「そういえばそうだな。『意識を失っている間はウェンディゴは身動きできない』っていう情報を知っていれば、俺が起きているのを見た時点でウェンディゴが出てきていないか警戒しそうなものだけど」
「本部に状況報告したから、その情報は監督官にも伝わってるはずなのよね」
呆れたように言った梗香。
「嫌がらせをすることで頭がいっぱいなんじゃないか?」
愛桜も。梗香と同じ気持ちで言った。
監督官としては、忌み嫌う愛桜たちが処理されることになって清々していたことだろう。嬉しさで高揚して、ウェンディゴへの警戒なんて忘れ去っていたのかもしれない。
そこまで人の心がないとは思いたくないが、普段の扱われ方だと否定はできなかった。
******
「ここか」
百蝙の巣まで辿り着き、愛桜が足を止める。
今いる場所は、山の中腹あたりだ。
岩穴から続く空洞、ここが百蝙の巣らしい。
愛桜は静かに近寄って、空洞を覗いてみる。中は暗闇で、どこまで続いているか分からない。百体以上から成る群れが入れるほどだから相当広いはずだが、見た目からではディールがいるかどうか分からない。
「巣の場所が分かっていたのはありがたい」
監督官から貰ったメモは二枚。一枚は仕事内容について書かれていて、もう一枚は百蝙の巣の場所が書かれていた。山の中を捜索する必要がない分、体力的にも精神的にもかなり楽に辿り着けた。
「爆破するか?」
灰鳴は聞いたが、様子を見終えて岩穴から離れた愛桜は首を横に振る。
「いや、今回はやめておこう。山に大物がいるとしたら、衝撃でこっちに来るかもしれない。灰鳴、毒って持ってるか?」
「持ってきてるよ」
腰に掛けたポーチに手を置いた灰鳴に、愛桜は頷く。
「よし、巣に放り込もう。百蝙は夜にならないと活動しないから、日が昇っている今はちょうどいい」
昼の今は巣に籠って眠っているはずだ。うまくいけば、毒で全滅させられるかもしれない。
「生き残りが外に出てきたら、俺と灰鳴と梗香で仕留めよう。取りこぼしは、灯、頼む」
「俺はっ?」
愛桜が手短に指示を出すと、名前を抜かれた炎が前のめりに聞いてくる。
「炎はとりあえず待機。怪我してるんだから休んでろ。俺たちが本当に危なくなったら助けてくれ」
「そんな状況は想像できないけど、了解!」
炎は好戦的ではあるが、向こう見ずではない。自分も仲間も負傷しないように心得ているから、愛桜の言うことは素直に聞いてくれる。
「よし、行こう」
愛桜の言葉と共に、五人はそれぞれ目を合わせて行動開始の意思疎通をした。
炎は近くの木の陰に背を低くして待機し、灯は全体が見渡せるように木に登って遠距離攻撃の準備、他の三人は百蝙の巣に近づく。
その時だった。
ピーッ。ピーッ。ピーッ。
と、高い電子音が鳴り響いたのは。
「ッ!」
予想外の出来事。
音源に最も近かった愛桜はあまりの不快さに耳を覆った。
「なんだ?」
「なに?」
灰鳴と梗香も、大音量に顔を顰める。
音源から遠い炎と灯は、聞こえた異常に警戒する。
愛桜は、音源を探った。
小刻みに鳴る音は、止まる気配がない。早く止めないと音で百蝙が目覚めてしまう。
そう思って、気が付いた。
「あぁ、どおりで親切なわけだ」
人の冷酷さを思い出して、フッと笑みが零れる。
愛桜たちを死なせようとしている仕事なのだ。簡単に終われるわけがなかった。
音源は近い。近すぎる。
これが、愛桜たちを死なせるために仕組まれたことだとしたら――。
そう考えた愛桜は、監督官から渡された二枚のメモを重ねて地面に置き、短刀で突き刺す。
すると、
ピーッ。ピーッ。ピッ――
あれだけ不快だった音は途切れ、もう鳴ることはなかった。
メモから短刀を抜くと、メモの断面から黒い破片が滑り落ちるのが見えた。恐らく、薄型のスピーカーだ。
なぜ受け取った時に気づかなかったのだろうか、と愛桜は己に苛立つ。
紙は厚手で硬く、何かを隠すにはちょうどいい。
そもそも、紙を使うこと自体の違和感に気づけたはずだ。死ぬような指令を出した証拠を残したくなければ、仕事内容はメモではなく口頭で伝えた方がよかったはずなのだから。
「ごめん。俺のミスだ」
普段は仕事の伝達でメモなんて使わないから、厚手の紙の違和感に気づけなかったのかもしれないが、それは言い訳にならない。仲間の命まで危険にさらす羽目になっていて、言い訳なんてできない。
愛桜は、岩穴の中で蠢く気配を感じた。
音を止めた時には既に遅かった。
あの不快な音が鳴った時点で、百蝙は目覚めてしまった。
巣の中から、湧いて出てくる。
それを見た炎はすぐに駆け寄って来た。
「俺の出番だな!」
灰鳴は、暗い顔の愛桜の肩に手を置いた。
「愛桜、そんな顔するな。俺たちなら、これくらい余裕だろ」
「あぁ、そうだな。灰鳴、いつも通り行こう。俺は囮だ。合図したら、頼む」
こうなってしまえば毒はもう使えない。毒を撒けば広範囲に広がるから下手をすれば自分たちも危ないし、百蝙は毒に気づいて逃げるだろう。
一体ずつ殺していくしかない。
五人は各々武器を構え、愛桜と炎が、百蝙の群れの中に入って行く。接近戦を得意とする二人にとっては、数が多かろうが宙を飛ぼうが関係ない。接近さえできれば殺せる。だから手が届く場所まで行くことが勝ちに繋がる。
灯は木の上から全体を見渡して矢を放ち、数を減らしていく。
梗香の武器は杭で、投げて仕留めるが、手持ちの杭の数は限られている。武器を無駄にしないため、落ちている石を投げる。
灰鳴は、医療に長けているが戦闘を得意としない。ディオディールは『角』を破壊しないと絶命しないため、四人が仕留め損ねた百蝙の『角』をナイフで破壊して仕留めていく。
五十体くらい倒した頃、炎は息を切らせて叫ぶ。
「集まって来たな!」
百蝙は、愛桜の方ばかりに寄って来きている。
だから炎は、愛桜を囲む百蝙を斬る形になっていた。百蝙に群がられて、愛桜の姿はほとんど見えない。四方八方から襲われて、いくら強い愛桜でも一人では対処しきれないはずだ。百蝙がひしめき合う僅かな隙間から見える血しぶきは、愛桜のものか、愛桜が斬った百蝙のものか、もう分からない。
「炎、そろそろ離脱してくれ! 灰鳴! 閃光!」
百蝙を一体でも多く殺そうと必死な炎に、姿の見えない愛桜から声がかかる。
愛桜が離脱と言うから離脱するが、言いたいこともある。
「全く、いっつも無茶なことばかり!」
愛桜を犠牲にするようなやり方だが、何もしなくても愛桜にディールが寄って来るのだ。それなら、囮にして一気に仕留めた方が効率がいい、と馬鹿な事を言い出したのは一緒に仕事をするようになってすぐのことだった。
「それ、俺のことか?! それとも炎?!」
「愛桜のことに決まってる!」
炎は離脱しながら、自分の事だと思っていない様子の愛桜に、やけくそになって叫んだ。
「お前ら、話してる余裕なんてないだろ!」
灰鳴も叫ぶ。
こんな時によく会話ができるものだ。愛桜と炎は接近戦を得意とするだけあって、肝が据わりすぎている。本当の意味で焦ったり弱腰になるところは見たことがなく、頼もしくあるが、炎は離脱するなら無駄口を叩かず急いでほしい。そうでないと巻き添えになる。
「目瞑れ!」
灰鳴は声と同時に、百蝙が群がる中央めがけて白い球体を投げた。
閃光弾だ。
それは空中で弾け、愛桜の頭上で光る。
百蝙は、光に弱い。閃光を浴びて動きを止めた百蝙が地面に落ちていく。
落ちた百蝙を、灯が一気に叩く。木の上にいる灯には、全体が見える。動きそうにない百蝙と、すぐにでも回復して動き出しそうな百蝙、閃光を受けても飛び続ける百蝙、角を出現させる百蝙。灯はよく目を凝らして全ての動きを把握する。そして優先順位を決め、殺す。
灯が一度に引ける矢は三本。だから一度に仕留められるのは、三体。数の多い百蝙相手には分が悪いが、二秒ごとに三本の矢が放たれ、一矢も外さないその技術は正に神業だ。
閃光を浴びても動ける百蝙もいて、それらは愛桜を襲う。
愛桜は投げられた閃光弾の至近距離にいたから、視界が少しチカチカしていた。しかし、この程度であれば問題なく百蝙の動きを感じ取ることができる。襲ってくる百蝙を避けては斬っての繰り返し。ただひたすら殺し続ける。
炎からは、おおよその百蝙が地面に落ちたことで視界が開け、愛桜の姿が見えるようになっていた。そして、目に映ったのは血に濡れながら百蝙を斬る姿だ。返り血もあるのだろうが、明らかに愛桜は所々喰われていた。
だから、手に力が籠る。飛ぶ百蝙を我武者羅に斬って、斬って、斬りながら愛桜の元に進んでいく。愛桜のことだから援護しなくても問題はないのだろうが、少しでも怪我が減らせるならそうしたい。
梗香と灰鳴は、片っ端から落ちた百蝙の角を破壊する。梗香は杭で、灰鳴はナイフで刺していく。
愛桜は寄ってくる百蝙を殺し、炎は愛桜に寄って行こうとする百蝙を殺し、灯は角を出現させようとする個体、仲間の死角から襲おうとする個体から優先的に殺し、梗香と灰鳴は残りの百蝙を殺す。
そうして、百蝙は残らず殺し尽くされていく。
******
一体も動かなくなった死体の海の中、灰鳴はそれを見渡して座り込む。
「ハァッハァッ……百以上、いなかったか?」
炎は大の字になって寝転がりたかったが、死体ばかりでそのスペースがなく、座るだけにして汗を拭う。
「ハァッ、つ、疲れた……三百はいたような」
「……ハッ、ハァッ、ハァッ」
愛桜は息を切らしながらも、歩こうとして足元が滑った。
「くっ……」
あまりの疲労でそのまま倒れ込む。
愛桜の周りは百蝙の死体で埋め尽くされ、足の踏み場がない。だから死体で足を滑らせて、倒れた先にも死体だ。死体ならクッションになりそうなものだが、百蝙は肉付きがよくなく、ゴツゴツした骨を強く感じる。痛みはないが、気持ちのいいものではない。
「はぁ……」
愛桜は、起き上がる気力もなく、ため息が出た。
戦っている最中も、ウェンディゴは出てこようと必死だった。気を抜けば抑え込むことができなくなるため、ウェンディゴへの意識は強く持ったまま動いていた。だから、百蝙だけに集中することができず、いつもより雑な戦い方になってしまった。
「愛桜くん、大丈夫?」
死体を踏みながら駆け寄って来た灯が、手を差し伸べる。
「なんとか」
愛桜は灯の手を取り、起き上がる。
「みんな、満身創痍ね……」
梗香は死体の山と力尽きている仲間を眺めて呟いた。
故郷を壊し、家族を奪った百蝙。その悲しみや憎しみは時間と共に薄れて、殺したところで何も感じない。
今はただ、仲間が死なずに済んでよかった、と穏やかに思うだけだ。




