九月(壊始)
「しかし永田よぉ、お前本音じゃとんでもないところに出向になったなと思ってるだろ。」
俺は本家の永田を連れて東台に来ていた。
藤村を殺られた返しの為だ。
東台でたまたま見かけた不良から、大原連合の山田が潜伏している山崎荘の場所を聞き出した俺は、永田の運転する車で山田の元へ向かっていた。
「まぁ…正直言ったらそうですね。今回の草心会襲撃で、本家も警察のガサが続いてますから。総長の事を思うと何とも言えない気持ちです。」
永田は俺の子分ではなく秀成の子分だ、だから全く俺に気を遣わない。
「おいおい、一応俺も本家の元若頭補佐だぞ?少しは気を遣えよ。」
親父が居た頃に俺は小沼一家の若頭補佐をしていた事がある。今年に入って親父が死に、秀成の体制になってから俺は補佐を外された。
俺はため息をつくと煙草を口にやる。
「草心会はいつもあんな手を?」
俺の注文を無視するかのように、永田はさっきの大島と斎藤に対するヤキの入れ方が草心会の常なのかを訊いてきた。
「ああ、そうだよ。草心会は喧嘩だけでのし上がってきたようなもんだ。相手がカタギだろうがあんな調子だよ。
梅津は変態だからな、俺よりタチが悪いぞ。」
永田は草心会のやり方を聞いて秀成に逐一報告するんだろう。
それもあって俺も細かく教えてやるつもりはなかったが、永田とは長い付き合いになりそうだ…。
このくらい教えてやっても良いだろう。
「お前はどうやって総長んとこ入ったんだ?」
永田は俺の問いかけに少し笑って応えた。
「元々、飯田の兄貴の紹介なんですよ。当時は自分もチンピラやってまして、街で声かけられたって訳です。」
「そうか。宮川もそのクチか?」
永田はまた少し笑うと応えた。
「あいつはね、詐欺師だったんですよ。宮川は総長が土地の売買関係で知り合って本家に。」
なるほど宮川は頭は良さそうだが、喧嘩は弱そうだ。
「あ。会長、山崎荘です。」
軽い自己紹介もそこそこに、俺は永田に言われた方を見向いた。
「オンボロだな、ありゃ。」
東台の商店街の近場だと言うから、さぞ小綺麗なアパートかと思えば、見るからに人気の無い化物屋敷のようなソレはひっそりと佇んでいた。
「ずいぶん明るくなってきましたけど、見るだけにしておきます?」
永田の提案を俺は拒否した。
「いやダメだ。いいか永田、本家じゃ中々教えてくれないだろうけどな、戦争ってのはスピードが命なんだ。行くぞ。」
少し興奮していた俺に永田は一瞬呆れ顔を見せつけてきたが、足早に車から降りた俺の後にすぐに続いた。
「そう言えば、部屋がどこかは聞きませんでしたね。」
山崎荘は二階建ての建物だが、俺は最初から山田の部屋に見当をつけていた。
「あの二階の端だ。」
角部屋は万一逃げるなら最適だ。
それに二階なら階段を上がる足音の数で何人来てるかが判る。
山田は左右どちらかの角部屋に居る。
(右の角は洗濯物が干してあるな。なら左か…。)
大原から逃げて来た不良が呑気に洗濯物なんか干さない。
俺は永田を下に待機させて、ゆっくりと階段を上がり左の角部屋を目指した。
(?)
山田が居るであろう部屋の前で俺は察知した。
すぐに立ち止まって下からこっちを見上げる永田に合図した。
永田は俺が首を真横に切る仕草で察したのか、すぐに車へ戻った。
たぶん山田は死んでる。
部屋の小窓にはびっしりとハエが集っている。臭いも尋常じゃない。これは死人の臭いだ。
(遅かったか…。)
そうは言っても見てみないと判らない。
俺はノブに手をやるが当然だが鍵がかかっている。
「あの〜。」
"か細い"声に俺は少し驚いた。
「ん?」
俺は平然を装って応えた。
「そちらの方、お知り合いですか…?」
俺はノブから手を離すと、声の主を凝視した。
(シャブやってんな…。)
そこにはおそらくシャブ漬の女が、痩せ細った体で俺の真正面に立っている。
「あぁ、ちょっとね。お宅、あそこの部屋?ここに住んでる人どうしたか知ってる?」
女の背後を見ると、反対の角部屋の扉が開いている。
どうやらこいつはそこの住人らしい。
「多分…殺されてると思います…。」
急な女の言葉に俺はこの化物屋敷の全てを悟った。
「永田!下の階に人が住んでるか確認しろ。」
永田は郵便受けを確認している。
「いえ、表札なんかの類は全然無いですね。」
俺が永田と上下でやり取りを続けていると、女は再びふらふらと自分の部屋に歩き出した。
「おう!姉ちゃん待ってくれ。」
俺が停めると、女は顔だけをこっちに見向いた。
「ここはアレだな。桑子組が大家だろ。」
俺の指摘に女は顔を歪ませて言った。
「あなた、桑子さんの所から来たんじゃ…?」
山崎荘は桑子組の管轄内でどうにもならなくなった"ゴミ"を溜めて置く場所だろうと俺は察したのだ。
「桑子の連中はここに来るのか?」
俺が訊ねると女は不思議そうな表情を浮かべて逆に訊ねてきた。
「刑事さんじゃないんですか…?」
何を今更トンチンカンな事を言うのか、第一俺達を見て"刑事"に見えるのか。
(まぁ…。永田みたいな派手なシャツ着込んでるのが、大原署には居るには居るが…。)
「いや、俺達は草心会だ。訳があってな、ここの住人に話がある。」
女は俯いて気を落とす表情をする。
「なんだ?俺達が刑事じゃなかったのがそんなに残念なのか?」
女は少し考えるとその場で座り込んでしまった。
訳があると見た俺は女の前まで行ってしゃがむ。
「私…。桑子組の人とお付き合いしていて…。」
よくある話だ。
「風俗に売られてシャブまで食わされたと。」
俺はのろのろ話す奴が嫌いだ。この手の話の結論は推測できる。
「はい…。捕まるのも怖くて、それでここで生活してるんです。でも、もう疲れたんです…。だから警察から来てくれるなら良いな…って。」
俺はもう一度訊ねた。
「桑子の連中はここに毎日来るのか?」
女は身体を震わせながら答えた。
「用がある時だけ…。夜になると来ます。あそこの部屋の人はしばらく見ていないので…てっきり…。」
「死んだと思ったと。」
「はい…。」
この女は自分が"用済み"なのを分かっている。
次は自分ではないだろうかと身体を震わせている訳だ。
「永田!なんか道具よこせ!」
永田は車からバールを取り出すと階段をかけ上がり、俺に渡した。
女は自分が殴られると思ったのか這って部屋の前まで移ると、ガタガタ震えてこっちを凝視する。
「会長。早く行かないとそろそろまずい。」
「分かってるよ。」
俺はバールを片手に山田の部屋の前まで行くと、扉をこじ開けた。
古い扉は簡単に開いたが、開けた瞬間からとてつもない臭いとハエの大群が飛び出してきた。
「ヴゲェーーー!!!」
臭いは反対側に居る女にも届いたようだ、女は嗚咽した。
俺は上着を脱ぐと、それで鼻と口を塞ぎながら部屋に入った。
部屋の中は物で溢れかえっている。
辺りを見回すと、ハエの"家"と化した山田が座敷に横たわって居た。
顔はウジまみれだったがまだ原型を留めていて、それは写真で見た山田本人だった。
「山田ぁ。ウチの人間よくも弾いてくれたよなぁ。」
俺は思い切り山田の頭を蹴り上げた。
(バチ!!)
首と胴体が離れる音がした。
(ぶぉーーーーー!!)
衝撃に驚いたハエが一斉に山田から飛び立つ。
「会長!行きましょう。遠くでサイレン鳴ってます!
うわっ!」
扉をこじ開けてるのを誰かに見られたんだろう。
俺は部屋を引き上げるとゲロで顔を汚した女の髪を引き、嫌がる女ともう一度山田の部屋の前まで来た。
「ヒィィィィ…!!」
声にならない声をあげる女に、俺は顔を近づけて告げた。
「お前が第一発見者だ。俺達の事は知らないと言え。」
女は充血する目で俺を見つめると、黙って部屋の中を目で見回った。
永田はエンジンをかける。
俺は足早にその場を立ち去ると、しばらく走ったところで数台のパトカーとすれ違った。
「あの女、喋りますかね?」
永田はチラチラと俺をミラーで見ながら言う。
「警察もバカじゃねぇからな、どのみちサツは事務所に来るだろ。山田が大原連合のアタマだってのは知ってるから。」
永田は窓を開けると車内の空気を入れ替えた。
「しかしまぁ、とんでもない臭いだったよ。」
俺はそう笑って煙草を咥えた。
「でも会長。これで桑子が関わってる事は解った訳です。総長に後は預けましょう。」
俺はまだ腹の虫が収まらなかったが、永田や宮川の顔を立ててやる事も必要だろう。
返しはまた作戦を練る事にして、秀成に報告する事にした。
「ああ、わかったよ。」
永田はホッとした表情を見せたが、助手席に放りなげてあったポケベルからの音でまたすぐに強張った顔つきに戻った。
「至急…。」
永田がそう呟くと、俺は煙草を表に投げ捨て永田の声に耳をやる。
「なんかあったのか?」
「分かりませんが、宮川からです。」
永田はそう言うとアクセルを踏み込んだ。
「緊急用のポケベルです。宮川と俺が持たされてます。」
大原では祭りの最中だ。
俺達は事務所には寄らずに自宅に車を停めると、そこから永田が宮川に連絡を取って宮川と合流した。
「ご苦労様です。」
宮川はウチに着くなり俺に向かって呟くように言った。
「梅津さんがパクられました。」
秀成に報告しようとどのみち桑子とは戦争になるし、俺は腹を決めていたが…ここでそれは正直不味い。
「チッ。」
俺の舌打ちに永田は気まずそうに宮川に言う。
「何があった?」
宮川は眼鏡を一度拭くと、ため息混じりに眼鏡を掛け直して応える。
「あの後梅津さんが帰って良いって言うんで、草心会の事務所まで行ったんだ。そこで待ってたらサツが来て知ったんだ。」
俺は黙って天井を見上げていた。
「サツは会長にアポを取りたいようでした。」
どっから通報が入ったかは分からないが、多分梅津たちは現行犯でやられたんだろう。
サツのところで事情聴取を軽く済ませてから、その場に居なかった俺を訪ねるつもりだったんだろうと俺は推察した。
「文屋にはこれから発表するだろうが、その前に俺んとこに来るだろうな。家にも一度来てるハズだ。お前ら総長に説明しておけ。」
俺は2人に事の経緯を秀成に説明させて、自分も場合によってはパクられる事を想像していた。
宮川は電話を取ると本家に電話をかけた。
今更騒いでも仕方がないので、俺はソファに寝転んでこの後に考えを巡らせていた。
(ドンドン!)
しばらくするとドアを叩く音が部屋を響かせた。
「張ってやがったか。」
おそらく警察は俺の家に役者が揃うのを待っていたんだろう。
「俺が出るよ。」
俺はそう言って自分で扉を開けようとする永田を押しのけた。
宮川は説明が済んだようで、電話を切ると玄関を見つめる。
「大原署!開けて!」
俺は扉を開けると、そこには刑事が8人突っ立っていた。遠くでは祭囃子が聴こえる。
「何?」
俺はぶっきらぼうに応えると、いつもの奴が顔を覗かせた。
「おう、草野。どこ行ってたんだ?」
お馴染みの鉢屋はニヤニヤしながら俺と、その後ろに立っている永田と宮川をぐるりと見回す。
「どこって、ちょっと仕事だよ。」
鉢屋は馬鹿にしたように笑うと、すぐに本題を切り出した。
「梅津、パクったから。知ってんだろ?」
鉢屋は梅津と、あの場に居たウチの組員15人を逮捕した事を告げた。
「ああ、今聞いたよ。」
「殺人だよ。お前がやらせたんだろ?」
「知らねえよ。身柄持ってくなら持ってけよ。」
「そのつもりだよ。署で話聴くわ。」
淡々とやりとりを済ませ、俺は2人に一旦本家に帰るように指示した。
「こりゃあ、お前ら草心会も終わりかもな。カタギ相手に目玉まで抉って。」
鉢屋は嬉しそうに笑う。
祭囃子が大原を木霊する中、俺はパトカーに乗せられて大原署で事情を聴かれる事になった。




