八月(走)
「おーう、姉ちゃん。"ヤマザキソウ"って知ってるか?」
俺は大島が吐いた山田の居所のアパートがどこにあるか、道端で訊いて回っていた。
車の後部座席の窓を開けて突然話しかけられ、訊かれた人間は一瞬驚いた表情を見せるが、すぐに"知りません"と口々に応えた。
「しかし会長、ヤマザキソウって言っても一つや二つじゃないでしょ。一旦引き上げたらどうです?」
斎藤の持っている自動車工場で大島と斎藤をシメた俺は、永田の運転する車で東台まで来ていた。
「ここまで来たんだ。場所だけでも調べとかねぇとな……お、アイツに訊いてみるか。ありゃ不良だな。」
俺は集団で歩く若い連中を見つけると、車から降りて近寄って行った。
「おうお前ら。」
俺の声に反応して連中は振り向くと、何やら反抗的な眼差しを俺に向けた。
「なんだよ。ヤクザもんか?」
ここは東台だ。草心会は知っていても草野義一は知らない奴もいるだろう。
「悪いな、ヤマザキソウって所探してるんだけど、知らねえか?」
俺の質問に連中の一人がバツの悪そうな顔をした。
(当たりかな。)
「ヤマザキソウ?知らねえな、何の用だよ?」
連中の一人は俺にそう言うと煙草を吹かす。
「"知らねえ顔"じゃねぇな?その様子だと何の用かも知ってんだろ。」
俺の表情を見て連中は血の気が引いた顔を見せた。
「あんたドコの組?東台は桑子さんのシマなの分かって来てる?」
どうやら話が通じないようだ。
相手は5人、なんとかなるか…。
(ドン!!!)
俺は思い切り一人の腹を蹴り上げた。
「アグッ!!」
「てめぇ!」
倒れ込む仲間を見て一人が食ってかかってきた。
(ザッ!!!ブォン!!)
横から素早く永田が割って入ると、永田はそいつを一本背負いで投げ飛ばす。
「いっってぇ!!」
早朝の道端で仲間が突如として目の前で転がっているのを見た他の連中は、顔を見合わせる。
「もう一度訊くぞ??」
俺が訊ねる前に一人が口を開いた。
「しっ……駅前商店街の近くの山崎荘ってとこに、大原の不良が飛んで来てるって話は聞いた。」
そいつの足を見るとガタガタ震えているように見えた。
5人でも勝てないと思ったんだろう。
倒れ込む連中含めて誰もそいつのチンコロを諌める奴は居なかった。
「ああそう。悪かったな。」
俺達は車に乗り込むと、商店街に向けて走り去った。
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鉄サビの匂いに混じって香るのは何だったか。
腐った魚の匂いとでも言ったら分かりやすいか。
油の匂いもするーー。
気づけば菜っ葉のような華奢なガキと、足元にはブルブルと振動を続ける太った豚のような男が転がっている。
男はほぼ全裸で、周りには白い粒やら何やらが散らばっている。
俺の後輩はこの"ガキ"と"豚"の仲間に殺された。
そいつは藤村と言って、ヤクザ稼業の似合わないその辺の小僧だった。
藤村はある時街でパチンコ屋で働いているところを俺が拾ってきた。どうして拾って行こうと思ったのか…。俺の若い頃に似ていたんだろうか。
冗談じゃない。それなら俺もヤクザに向いてない事になっちまう。
でもたしかにパチ屋で働く藤村の目を見て俺は、自分と被る物があったように感じたのであった。
"やってやる"
不遇な自分に抗う…気力を感じる目だった。
「ヤクザやってみる気は無いか?」
そんな俺の誘いに藤村の目はまるで銀河のように輝いて見せたのを今でも覚えてる。
それから部屋住みにさせて、たまにはヤキを入れる事もあった。
でも藤村はその輝きを絶やす事は絶対に無かった。
むしろ日に日にその輝きは増していき、親分の下で本気で極道に磨きをかけていくつもりだったのだろう。
それは親分もそう感じていたに違いない。
でもあっけなく藤村は死んだ。
死んだあいつの目は輝きが無くなっていて、目の黒い部分は吹き出す血に木霊するかのようにみるみる内に暗闇になっていった。
俺は足元の男の顔を掴んで目を凝視した。
男の目にはまだ輝きがある。
「たっ…たふ、ふっ…。たふけて。」
どうしてこの野郎は目の輝きを失っていないのだろうか。俺の後輩から輝きを奪ったこいつらが、輝きを保っていられる資格はない。
そうか、まだ生きているのか。
(ぷちゅ。ぷちゅ。)
俺は男の片目に自分の指を突っ込んではかき混ぜた。
もう一方の目が段々と暗闇になっていくのが、この薄暗い場所でも判った。
「これでよし…。」
俺はこないだ知り合った宮川とかいう眼鏡に言った。
「もう帰っていいですよ。」
眼鏡は俺を不思議そうに見つめると、他の組員を見回して、小さい扉から外へ出て行った。
俺はしばらく男の暗闇を見つめると、黙ったままの若い衆に指示した。
「そっちのガキ連れてこい。」
組員がガキの首根っこを掴んで連れて来た。
「いっ…!ひっ!」
ガキは俺と豚、それに周りの連中を見渡すと、諦めたかのような表情をして下を向いた。
「これからこの野郎片付けるから、お前ノコギリでコイツ切れ。」
ガキは片目を押さえながら俺をもう一度向いた。
親分に刺された片目は潰れた梅干しのように見えた。
「大丈夫だよ。お前は殺さない。」
ガキは安堵したかのように若い衆からノコギリを渡されると、俺達の目の前で男を解体し始めた。
時折ガキはゲロを吐いたり、疲労からか、手が止まったりしたが、なんとか解体を終えると、眠ったように気を失った。
草心会も何人かは匂いに耐えられずにゲロを吐いていた。
俺は解体を見届けると、バラした身体を若い衆に袋詰めにさせて、海岸に向かおうと席を立った。
時間は昼を回っていた。
真昼間でバレる訳にもいかないので、一旦どこかに袋を隠して、夜にでも捨てに行こうかと思案していた。
その時だ。
(バン!!!!!!)
正直俺は眠かったが、どデカい音は眠気を覚ました。
「警察だ!!!!!」
「動くなぁ!!!」
俺は一瞬状況が掴めなかったが、これで極道としての人生が終わったんだとすぐに気づいた。
他の若い衆も次々と手錠をかけられているのを見て、俺は突然夢から醒めたかのように辺りを見回した。
今回の事が警察にバレた。万が一、親分や永田の言うように桑子組が一連のドンパチに加わっていたとすると、これは単なる不良相手の殺人では済まなくなる。
そう考えると急に言い知れぬ恐怖が俺を襲った。
八月の暑苦しい中で、俺の手首にかけられた手錠は冷んやりと冷たい、しかしソレとは違う冷たさが俺を芯から冷やした。




