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じゃんけん  作者: 冬花
12/16

六月(弔)

 梅雨に入り朝から降り出した雨は次第に強くなり、大粒の水滴が地面を叩きつける。


「オス!」


若い衆は土砂降りの中、葬儀に駆けつけた本家の人間や傘下の面々に挨拶をする。


若い衆の声と雨音の響き渡る会場の控え室で、俺と梅津、秀成と飯田のカシラは今後について話し合っていた。






「で、状況をもう少し詳しく教えろよ。」

カシラは前のめりになって俺に当時の詳細を訊ねた。



秀成には連絡が遅いとの事で本家で散々殴り飛ばされた。

俺は秀成に付けられた目の上の傷を摩りながら当時の状況を詳しく語った。

梅津は俺が話始めるとちょっと、と言って席を立った。便所だろう。


あの日俺達は大原の大規模工事関連の仕事を受注してその祝いをかねて飲みに出かけていた。

まぁもっとも"仕事"の受注に喜んでいた訳ではなく、桑子組の大原侵攻を食い止める事ができた事の祝いだったが…。





「おい、もっと飲めよお前。祝い酒だぞ今日は。」


俺はまだ半分も空いていないコップに日本酒を注ぐ。


「親分!もうこれ以上飲めないです〜。」


藤村が赤ら顔で俺に"命乞い"をする。


「おい、藤村。親分の酒なんだから有り難く頂戴しろ。」


梅津もいつになく上機嫌だ。

俺と梅津は桑子の大原侵攻を見据えての仕事の受注だということは分かっていたが、藤村はじめ若い衆にはそこまでの事は言っていなかった。


「おら、お前らも飲め飲めッ!」


俺は若い衆一人一人に酒を注いでいった。


「やぁ〜!親分!もうこれ以上はっ!」


若い衆も次々と"命乞い"をし始めた。

そのままゲロを吐く奴もいた。


「でも親分。"アルファ"で良かったんですか?他に良いクラブありますよ。最近だと岡田市にもデカいクラブできたみたいですし。」


梅津が酒を一気に飲み干すと俺に訊ねてきた。


「いいんだよ梅津。大原は草心会が守ったんだ。大原で祝わなきゃ意味ねぇだろ?」


俺はそう言って梅津にも日本酒を注ぐ。

梅津はありがとうございますと俺に頭を下げると、また一気に酒を飲み干す。

梅津も()()()口だ。


「そういえばカシラと親分はいつ知り合われたんですか?」


赤ら顔の藤村が梅津に訊ねた。


「おう、たしかあれはなぁ。まだ俺らが暴走族だった時代だよ。な!」


俺は有頂天になって、梅津の代わりに俺達の出会いの経緯を藤村に教えてやった。


「俺と梅津は元々違う暴走族だったんだよ。で、合同の集会で知り合って、お互い"走り"より"殺し"って事で気が合ってな、それから草心会立ち上げって訳だ。」


さすがにクラブには他の客も居る。

酒が入るとどうも大声になっていけない。


「ところで藤村ぁ。こないだの田島ってチンピラ、あいつの"始末"お前見てたんだろ?」


梅津は藤村が応える前に奴の頭をひっぱたいた。


「カシラ〜、お願いします言わないで下さい。」


藤村はバツが悪そうだ。


「いえ親分。この野郎イモ引いて見てないんですよ。」


俺は怖気付いてその場から離れた藤村を再びひっぱたいた。


「すいません!ああいうの初めてで…。」


「アハハ!段々慣れていけば良いけどよ、いつかはお前も()()んだぞ?しっかり見て覚えろ。」


全く俺がカタギだったらこんな話聞いていられない。


他の若い衆にも梅津が激を飛ばす。


「いいかお前ら、草心会は大原を今後も死守する。盃もらった以上俺達は親分の為に一意専心、会の為に体かけるんだ。分かったな。」


『オスッッ!!!』


梅津の激に若い衆は皆、興奮冷めやらぬ状態だ。

梅津も久しぶりに酔ってきたようだ。声量は小さいがいつもより熱気が高い気がする。


「梅津。いいよその辺で。」


俺は小っ恥ずかしくなって梅津を制止した。


()()!自分ももっと草心会の役に立てるように精進します!!」


この小僧は話の隙を見計らって俺を「親父」と呼んできた。そういえばいつか親父と呼ばせてとか何とか言ってたか、俺はソレをまだ許可していない。


「ばーか。何が親父だ。親分と同じだってんだろ。」


俺は藤村を小突くと、俺達は声を出して笑った。


「お、そろそろ女呼ぼう。おーいママぁ!女の子呼んでくれよ。」


俺は堅苦しい極道の話は置いといて、クラブの女どもを席につかせるようにママに声をかける。


「お前ら今日来てない奴も居るんだからよ、親分に連れてきてもらったなんて喋るなよ!喋ったら指詰めろよ!」


若い衆のおかげで、草心会も60人からなる大所帯、今日連れてきたのはたまたま事務所に居た連中だ。他の来てない奴らに言ったら妬くと思った俺は、子分達に口止めをした。


こいつらは俺の命令に笑いながらも大きく返事をした。


「よし!今日は朝まで飲むぞお前ら!」


俺はママを横に座らせた。


「良い店じゃねぇかココ。通わせてもらうよ。」


「ありがとうございます。親分さん。」


どうやらここでも俺の顔は知れ渡っているらしい。


「おい藤村、その子に筆下ろししてもらえよ!」


俺は藤村の横に座った女を指差した。


藤村はなおも酒で赤くなった顔で、自分が()()()ではない事を主張する。


「親父、違います。自分もう童貞じゃありません!」


「だからその親父って言うのやめろコラ。次言ったら殺すぞ。」


藤村はそんなぁ、と言ってまた組員達の笑いを誘う。


(カチャン)


入り口の扉が開く。


「ちょっと失礼します。いっらっしゃいませ。」


ママはそう言って来客の方へ向かった。


俺はふと来客の顔を見た。客もこっちを見ている。

直感だ、カタギじゃない。


俺はママを空けて隣に腰かける梅津を見た、梅津も入り口を凝視する。

そんな梅津を見て藤村が背中の入り口を振り返った瞬間だ。


「草野コラァ!!!」


怒鳴り声と同時に梅津が立ち上がる。

咄嗟に藤村は俺に覆い被さった。


(ドン!!ドン!!ドン!!)


物凄い音が店中を響き渡る。

すぐに従業員の悲鳴とウチの怒声が音を追う。


「おら!追え追え!」


梅津の怒声が目立つ。


『きゃーぁ!!!!』


従業員は散り散りに店中を走り回った。


『待てオラァ!!!』


若い衆が総出で相手を追うが、相手もすぐに切り上げた。一斉に店から若い衆は出て行った。


俺は覆い被さる藤村の腕を挙げて間からママに声をかけた。ママはカウンターの椅子の下に伏せている。


「ママ!大丈夫か!」


俺の問いにママは大丈夫と言い残すと店の黒服に奥へ連れて行かれた。


「藤村、もういい!どけ!」


意外に藤村は重い。

というより脱力しているのが伝わってきた。


(?)


俺の顔に丁度、藤村の腹が被るように奴は覆い被さっていたので、俺は藤村の体を下に下げて顔と顔を向き合わせた。

床についた藤村の両足は、力なく膝を曲げた。


「藤村!!!」


俺の呼びかけに藤村は応じない。


(ヒュー、ヒュー)


僅かに笛のような音が藤村から聞こえ、音と同時に俺の顔に水飛沫が飛んでくる。






それが血飛沫である事に気付くのに時間はかからなかった。

火薬の臭いに混じって段々と鉄のような臭いが辺りを立ち込める。


「藤村!!!」


梅津も振り返り藤村を呼ぶが、返事はない。


俺はさっきまで赤ら顔だった藤村がどんどん白くなっていくのを黙って見届けていた。

鼻からは滝のように血が流れ出る。


すぐに俺の着ていたシャツは真っ赤に染まった。


「すみません!逃しました!」


若い衆が続々と店に戻ってきた。どうやら外に停めてあった車に乗り込むと、車は走り去ったらしい。


(ヒュッヒュッヒュッ)


音が小刻みに強くなる。


俺は藤村の首を見ると、ぽっかり空いた穴を見つけた。音はここからしているらしい。

気道が血で詰まるんだろう。


「首撃たれたみたいだな。」


俺は淡々と誰にでもなく、独り言のように呟いた。


「親分!!お怪我は!」


梅津の声にようやく俺は我に帰った気がした。

俺は藤村を床に寝かすと、指示をする。


「救急車とサツ呼べ。」


若い衆の1人が店の電話から救急車とサツに連絡を入れる。


「藤村!藤村!」


梅津は藤村を揺すっているが、藤村の目はもう濁っている。


「梅津。もういいよ、死んでる。」


俺の声に梅津は藤村を揺するのをやめた。

さっきまでしていた首の穴からの音はもうしない、辺り一面血の海で、若い衆は口々に藤村を呼ぶが、しばらく呼んで諦めたかのような顔をする。

俺は煙草を咥えてカウンターに腰掛けた。


「ママいる?」


俺はママを呼ぶと惨状に泣きじゃくるママにあるだけの金を渡した。


「悪かったな。」


差し出した金をママは震えて受け取れないので、隣にいた黒服に金を渡す。


(ウゥーーーッ!)


サイレンの音だ。


「早坂!松嶋!」


俺は組員の早坂と松嶋に先に事務所に戻るように指示した。


「返しすぐやるから組員全員待機。」


俺はすぐに報復の準備に入った。






「はい、動かないでー!」


しばらくしてサツがドッとクラブに流れ込んで来た。


「うわっ!ひでぇなこりゃ。」


鉢屋が部下を大勢連れて入って来た。


「突然ですよ。」


俺はそう短く鉢屋に言うと、空いたグラスにワインを注いだ。


「草心会事務所前に機動隊出して。」


鉢屋はウチの事務所に機動隊を出すように命令している。抗争を止める為だろう。


「そんな大袈裟な。相手がわかんねぇんだから返しなんかしないよ。」


俺は嘘を言ったが、鉢屋は当然信じない。


「おいおい、首から気管が出ちゃってるよ。」


鉢屋の()()()に俺達は終始腹立っていたが、ここでは騒げない。

一部他の若い衆が警官とモメていたが、梅津がその度に制止していた。


「救急車もう来るから。そしたら草野、病院で話聴かせてくれよ。」


鉢屋はそう言ってクラブを出て行った。


俺はその後来た救急車に藤村と乗り込むと、病院で事情聴取となった。

医者は藤村の死亡をその場で確認すると、その後の手続きやなんやらについて俺に指示してきた。



藤村に家族は居ない。

親戚くらい居るんだろうが、俺には連絡の取りようもないのでこのまま葬式、火葬したら無縁仏とする事になった。


自分の若い衆が殺されるのは初めての経験だった。

正直今すぐにでもヤッた奴を見つけ出して弾ぶち込んでやりたい気分ではあったが、それでも意外に冷静な自分に驚いた。


俺は聴取を終えて深夜の病院のソファに1人腰掛けると、しばらく思い出にふけっていた。


「フッ…。あのバカ。」


俺は藤村の「指」の一件を思い出して、1人小さく笑った。

あの指は今頃桑子組のどっかにあるんだろうと考えるとバカバカしくて、俺の小さな笑い声は深夜の病院に軽く響いた。

ただいつしか笑い声は泣き声に代わっていた。


「藤村ぁ…!」


俺は人目が無いにも関わらず、人目を気にするように声を絞って藤村を呼ぶ。

泣いたのはガキの頃以来だろう。


しばらくするとすっかり夜は明けて朝になっていた。

二日酔いか、少し頭痛がする。


俺は公衆電話で梅津を呼ぶと藤村の死体の今後について相談し、一旦事務所に帰る事にした。

梅津は終始俺の説明を黙って聞いていたが、無縁仏にする事には反対した。

梅津も藤村をなんだかんだで可愛がっていたのは俺も知っている。

結局、遺骨はウチの事務所に一旦置いておく事になった。梅津がここまで主張を通して来るのも珍しい。


事務所の前では機動隊が待機していた。こうなると事務所の出入りには身体捜検といって、なかなか面倒な事になる。


俺は身体捜検を済ませると事務所に入り、これまた面倒な秀成への報告をする事にした。

俺の遅くなった報告に、秀成はカンカンになって俺を本家に来るように指図する。


2人以上で動くとサツがうるさいので、仕方なく俺1人で本家に出向く事したが、サツに説明するのに手間がかかり、結局本家に着いたのは夜だった。


秀成は憤慨していて、数発ぶん殴られたが俺ははっきり言ってそれどころじゃなく、ただ行き場の無い怒りに秀成の声なんて耳に入ってこなかったのが実際だ。


ただ秀成が"返しより弔いが先だ"と言った事は覚えている。この時だけは、秀成も立派に"親分"らしくなったと思い俺は感極まった。

俺も()()だ、涙脆くていけない。






 カシラに説明を終えると、秀成はずっと瞑った目を開いて、外の雨を眺めた。


「梅雨かぁ〜。」


そう言って秀成は席を立った。


俺とカシラは黙って秀成の背中を見つめる。


「大原連合って言ったな。そいつらって証拠は無いんだな?」


「はい。」


「ただ、邪魔なのは確かだなぁ〜。」


秀成はそう言うとまたしばらく黙った。


「草野。大原連合潰せ。」


突然の命令に俺は一瞬拍子抜けしたが、すぐに了承した。その言葉を待っていた。


「ただ、桑子が糸引いてる可能性もある。そのチンピラの単独か、桑子が後ろにいるかのどっちかだ。桑子が関わってるのが分かったら中止だ。」


それを聞いた俺は深くため息をついた。

その指示は余計だ、戦争なら桑子だろうが草心会はやる。

やっぱり二代目を継いだ今の秀成の価値観には俺には合わない。


「本家からも若い奴付ける。自由に使え。」


要は俺達の監視だろう。


「いえ、ウチだけで十分です。」


俺が断るとカシラが割って入る。


「総長の指示だ。従え。」


カシラが秀成の手を嫉く俺を嫌っている事はさすがの俺も勘付いている。


「………。分かりました。」


()()()()()()()ので、俺は渋々承諾すると、葬式がそろそろ始まるからと言って席を離れた。喪主は俺だ。


「?」


俺は中々帰って来ない梅津を探しに行くと、梅津は便所の近くの喫煙所から外を眺めていた。


「梅津。時間だ。」


俺は梅津に声をかけるが、梅津は外を見たまま動かない。


「どうした?色々やる事あるからよ。手伝ってくれ。」


「……。」


それでも返事もしない梅津に俺は腹が立ったが、葬式会場で怒鳴る程俺もガキじゃない。

俺は秀成から戦争の指示があった事を梅津に伝えた。

梅津には後で事務所で伝えようと思ったが、俺の士気も高まっていた。


梅津はようやく大きく肩で息を吸うと、外を見たまま呟いた。


「親分。そのお言葉、待ってました。」


「ああ。ただ、厄介なのが本家から若い奴寄越して来るんだとよ。まぁ、説明は後だ。」


俺は梅津を引き連れて喪主の控え室に向かった。


途中、不意に見た梅津の目は赤くなっていた。

「家族」を想うそんな子分の姿に、俺も目頭が熱くなった。ほとほとトシを食うのが嫌になる。







土砂降りの中、俺の"息子"の葬式は始まった。






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