六月(激震)
「総長!準備ができました!どうぞ。」
天気予報では曇りだったが、良い意味で裏切られた。
夏を先取りしたかのような日差しに、俺は子分達に車内での待機を指示された。
「準備くらい俺もするよ。」
組のトップに立つとどうも自由が利きづらいのが困ったものだ。
「永田、悪いな。」
俺は永田の用意した椅子に腰掛けると、優雅に流れる川の水を眺めた。
俺は先月、ヤクザ組織の血生臭い修羅場に遭遇していた。
高階組の内紛の現場に居合わせた俺は、「親分」と「子分」の関係性に疑問を抱くと同時に、「組」を「家」にしていく事を固く決意したのだ。
「今日はどんくらい来るんだ?」
俺の問いかけに飯田が紙を取り出して応える。
「えーっと、40人です。傘下が5団体です。」
小沼一家なら誰が来ても良いとは言ったが、さすがにこの5団体はいつも見る顔ぶればかりで、所謂「二次団体」というやつだ。ヤクザは大きくなると本家が一次、その下が二次…というように広がっていく。
本家からは俺と飯田、若頭補佐の永田と宮川、若い衆が3人で、残りの33人が二次団体からの参加だ。
しかし数えてみれば6人足りない。草野達だ。
俺は「出席」と言いながら顔を出さない草心会に多少の腹立たしさを覚えたが、開始の時間がきた。
「さて、始めるか。」
俺の号令に宮川が音頭を執る。
「皆様、本日は遠方よりお集まり頂き、衷心より感謝申し上げます。昨今、我々の業界も当局の圧力や、悲しい事件が相次いでおります。しかしながらせめて小沼一家だけでも「家」とせんと、その一環として総長のお心遣いでのバーベキュー大会の開催となりました。
日頃から中々親睦を図る機会がない訳でありますから、今日は一家内の親睦を各組、本家、分け隔てなく深めて頂きたいと思います。
それでは皆様、総長のご健康は元より、小沼一家益々の発展を祈念して、乾杯!」
俺は子分達には自分の理想を伝えていた。
本家の皆んなは俺の考えに賛意を示してくれたが、傘下の組の奴らはどう思っているか分からない。
そのための今日だ。
宮川は小沼一家内でも知略に長けた男で、俺に株式や債券を教えてくれた奴だ。
学生時代は経済学部に属していたらしく、弁も立つこの男を拾ったのはずいぶん昔の事だ。
乾杯もそこそこに、川に飛び込んで若い衆と戯れてるコイツは永田だ。
運転手として先日の高階組の継承式に同行させたが、運転技術は舌を巻く程だ。
持ち前の運動神経と"気の短さ"は草野を彷彿とさせるが、草野ほど言う事を聞かないという事はない。
コイツも少し前に飯田が拾ってきて、今じゃ飯田の右腕だろう。
「みんな今日は悪かったな。たまにはどうかと思ってな。」
俺は残りの連中が座る席に自ら歩いていって話すようにした。
普段下の連中がどんな事を考えているか、こんな時でないと話せない。
最初は俺に遠慮していた奴らも酒が進んでくると、自由に話すようになってきた。
女の話、金の話…他の組織の悪口や愚痴なんかも聞く事ができた。
時には明らかに俺に対する批判めいた事を言う奴もいたが、それで良いと俺は思う。むしろそれが目的だ。
この考えを飯田に話した時は猛反対された。
親に尽くすのは子分の勤めだと言って、アガりを親に渡すのは当たり前だからわざわざ遜る必要はないとの考えだった。
しかしそれでは親子の信頼関係はどう築くのかという問いに飯田は苦悶していた。
最後は俺に任せてくれるという事で解決したが…飯田をふと見るとたまに見せる表情はいつも固い。
まぁこれはいつもの事だが。
「そうかぁ。シノギも大変だなぁ。いつも悪いな。」
大抵の連中の愚痴といえばシノギの話だ。
やっとありついたアガりを半分近く本家に上納する事に傘下の連中はあまり良く思わないだろう。
親分子分の「精神論」だけではこれからはやっていけない。
俺も若手の頃は親父に「出向」させられて部屋住みを経験した事があるが、自分の実父ながらになんでアガりを渡さなくちゃいけないのかとよく不機嫌になったものだ。
「お前らがよく働いてくれるおかげで、小沼一家も安泰だよ。」
俺の労いに傘下の連中も笑みが溢れる。
その後も背中の刺青を見せ合ったり、どこの彫り師は腕が良いだのと俺達はそこそこ盛り上がった。
(ピリリッ!ピリリッ!)
誰かの携帯電話が鳴る。
「ん?あぁ、俺か。」
俺は上半身裸で丁度背中の阿弥陀如来を子分らに見せていた。
電話を入れた上着は少し離れた自分の椅子にかけてある。
「飯田。取ってくれ。」
飯田は駆け足で俺の携帯電話を取りに行くと、また駆け足で俺の元へ戻ってきた。
表示を見ると「クサノ」と出ている。
(あの野郎、今頃欠席の連絡か。)
「はい。」
「………。」
「なんだってんだ。はっきり喋れ。」
電話の向こうはざわついていて、よく草野の声が聴こえない。
「総長。」
やっと聴こえた草野の声は、なんだか意気消沈としているような気もする。
その後も草野は黙っているので俺は怒鳴った。
「だからなんだってんだよ。はっきり喋れ!」
俺の怒声に周りの連中は一瞬で静かになり、川から永田達も這い出てきたようだ。
あっという間に川の音しか聴こえなくなった。
「総長、抗争になるかもしれません。ウチの若いのが殺されました。」
(!!!)
「おい、お前そりゃどういう事だ?」
草野は意気消沈ではなく、完全に激昂しているという事にその時気づいた。
至って草野は冷静で、成行を淡々と話し始めた。
「場所はクラブアルファっていう大原のクラブなんですが、そこでウチが飲んでいたところをやられました。おそらく大原連合っていうチンピラの集まりです。すぐに返しする予定なんですが、一応連絡しておこうと思って。」
今度は俺が激昂した。
「お前それ今日の話じゃねぇな!なんですぐ知らせねぇんだこの野郎。」
俺は心配そうにする飯田に手を振った。バーベキューはお開きだ。
俺はひとまず草野を本家に呼び出し、本家で今後の対策を練る事にした。
「いいかバカ野郎。返しはまだするな。相手がちゃんと判ってからだ。とりあえず今すぐこっちに来い。」
俺は草野を「破門」する事を頭に過ったが、それはまだ決断するのは早いだろう。
草野はサツの監視があるから先ずはサツと話をつけてから向かうと言い残し電話を切った。
俺は携帯電話をしまうと、飯田に向かって声をかけた。
「死人が出た。すぐ戻るぞ。」
「草野の所ですか?」
飯田は分かっていたかのように俺に訊ねた。
死人が出るようなトラブルを起こすのは草心会くらいだろうと思っていたらしい。
「そうだ。皆んなも今日はお開きだ!抗争になるかもしれない。各自待機してくれ。」
俺の命令に全員が真剣な目つきに変わる。
「永田!車!」
飯田は永田に車を持って来るように伝えると、永田は濡れたまま走り去って行く。
俺は若い衆に片付けを頼むと、飯田と車に向かって歩き出した。他の連中も後に続く。
「小沼一家で死人が出るなんぞ、ここ何年もねぇぞ。」
俺は少し焦っていた。
高階組の継承式で、升田会の高橋会長が言っていた事を思い出していた。
(高橋会長、桑子がガキ使って悪ささせてるって言ってたな。噂が本当なら下手すりゃ桑子と戦争になりかねない…)
俺は桑子組との戦争だけは避けたかった。
小沼一家もそこそこデカいが、桑子組はさらに巨大だ。勝ち目はない。
俺は永田の運転する車に飯田と乗り込むと、本家に向かった。
車内では誰も何も言わなかった、ただあるのは緊張感だけだった。
本家に着いたのは夜の8時を回っていた。ちょうど草野が着いたのはその30分後くらいだ。
俺は永田に、草野をいつもの執務室ではなく俺の部屋に案内させた。
草野も事が事だけにいつもの気だるさはなく、むしろやる気に満ちた表情をしている。
こういう顔をしている時が一番危ない。
「悪い飯田、ちょっと外してくれ。」
飯田は草野を舐めるように睨みつけると、俺に返事もせずに静かに外へ出て行った。
俺の部屋と執務室は隣に位置していて、飯田や永田、遅れて戻ってきた宮川は執務室で待機している。
「バチ!」
草野が何かを喋ろうする前に俺の拳は草野の顔面を捉えた。
「まずお前は小沼の代紋背負ってんだよ!それがなんで今更になって連絡してくんだ!いつやられたんだよ。 」
「昨日の晩です。」
倒れた草野はやや気だるそうに応えた。
「ドン!」
俺の蹴りが今度は草野の腹に当たる。
「ゲホッ!ゲホッ!」
部屋に草野の咳だけが響く。
「お前今まで何やってたんだ?相手の調べに入る前に親に連絡するのが筋じゃねぇのかコラァ!」
俺は草野を怒鳴ると煙草に火を着けた。
「すみません。でも調べてた訳じゃないです。死んだ奴に家族が居ないもんで、遺体の扱いなんかをサツと相談してました。」
俺は淡々と話す草野に苛立ちながらも、草野の「親」としての振る舞いに少々感心したが、怒りがそれを上回る。
「大体調べてもねぇのになんでその"大原連合"って分かるんだお前?」
草野はゆっくりと立ち上がるとこれまでの草心会と大原連合の摩擦について話し始めた。
「はぁ?それでお前、本家に相談もなしにチンピラ1人殺して、キンタマ送りつけたって、頭イカれてんじゃねぇのかぁ!」
俺の鉄拳に再び草野は倒れ込む。
「やらなきゃこっちがやられてました。」
草野の反論もいつもより勢いはない。
「…。で、サツから連絡がこっちに来るんか。」
「はい。明日には来ると思います。聞屋にも今日には言ってると思うんで、明日には新聞にも。」
聞屋とは記者の事だ。それはどうでもいい。
俺は桑子の動きを見極めてから対応したかったが、仮に桑子とは無関係だった場合、チンピラの集まりにヤクザが一方的に攻められている今の構図はうまくない。当然返しはしなきゃならない。
「フー、で、大原連合だって確証はあんのか?」
俺はため息をついて草野に訊いた。
「確証はありません。」
草野は短く応えた。
「そうか、で、やられた奴は若い衆か?」
「はい。俺を庇ってやられました。ほぼ即死です。」
段々と草野の声に震えが混じってきたのが俺には分かった。草野の目には涙と思しきものが浮かんでいる。
「草心会はただのヤクザじゃねぇ。俺は"家族"だと思ってる。家族が殺されたんだ。頼む、やらせてくれ。」
草野は急におよそ親に向かって取る態度ではない姿を見せた。
俺は何年ぶりかの草野のその言葉遣いに少々驚いたが、なんだかこっちの方が自然で話しやすい気もした。こんなの飯田に聞かれたら撃たれるかもしれない。
俺は草野の"家族"という言葉にしばらく考え込んだ。
「まだ待て。しばらく考えたい。やられた奴の葬式はいつやるんだ?」
俺は草野の態度には触れず、まずは傘下の若い衆を弔ってやるのが先だと説明した。
「葬式は明後日を予定しています。」
草野はまたいつもの言葉遣いで、震え声で、それでいて短く応えた。
「分かった。まずはそれを済ませよう。」
俺は草野にちり紙を渡すと、ゆっくりと草野の肩を叩いてやった。
「警察も目光らせてる。明日にはここにも事情聴きに来るだろう。お前ら草心会は葬儀まで待機、分かったな。」
俺の指示に草野は頷くとその日は解散となった。
俺は部屋を出る草野に大事な事を訊いていなかった事を思い出した。
「なんてやつなんだ?やられたのは。葬式、花出すからよ。」
草野は天井を見てまた震えた声で応えた。
「藤村友樹です。役職はありません。」
草野はそう言うとため息を一回、袖で顔拭くと執務室に出て行き、他の連中には特に挨拶もせずに帰って行った。




